金剛山編 下 ~裏の裏の裏~

〇金剛山登山口




 そんなわけで、俺達はバスに乗り金剛山登山口までやって来た。どうしよう。本当にこの2人と金剛山に行かないといけないのか?田口はといえば、そんな事とはつゆ知らず、行きのバスでも2人に積極的に話かけていた。




「いやー。天候もなんとか持ちましたな。そういえば、お二人は金剛山に登った事はあるのでござ…あるのですか?」


「あ、私は初めてです~」


「私も…」




 田口の狙う、美波という娘は聞いていたとおり、ゆるふわ系の話方をする。しかし、その登山ファッションのガチ振とのギャップがかえって猛者感を際立たせている。美波のつれ、可憐という女性はもう少し大人な感じ、こちらはガチにアルプスとかに単独や少人数パーティーで登ってるストイックな印象を持つ女性だ。どっちも多分、俺達2人とは別次元の登山家だろう。いや、俺と田口の差も相当のものなんだよ?本当。




「そうですかー。ならば本日はしょうせ…いや、私に万事お任せいただこう!」




 違うんだよ。バカ。元々低山に登る事自体すくない人種なんだよ。見ろ、目を合わせて困ってるやないか。




「お二人は、普段どこの山に登ってるのですか?」




 それ、聞いちゃダメなやつー。頼むからお前ちょっと黙ってろ。




「今年の冬はあんま行けなかったよね。でも、なんとか独標は行けてさー。楽しかったよね。カレンちゃん」


「え…ええ。」




 冬山いくんかーい!案の定、田口は言った意味が解らず目を白黒させている。




「田口さんは行かれたことありますかー?独標」


「えっと、どっぴょ…どっぴょって…」


「独立標高点」




 だめだ。これ以上フォローできねえ…。独標の意味が解っても、一般的に日本の登山家がそれを言ったら西穂高のそれだと、この田口が解るワケは無い。どうしよう。実は俺も行った事なかったりする…。




「準備も出来たしそろそろ登りませんか?」




 可憐さんが話に割って入ったからなんとか、そこで話が収まった。




「では、皆さん登山道はこちらです。」




 田口には一度自分で歩かせている。そんなに大変な道でもないし、ぬかりは無いはず。




「あれ?こっちも山頂に行けるって書いてあるよ?」




 美波ちゃんが言う。




「あ、ああ…そっちは…」


「千早城という、お城の跡地を通るルートです。石碑一個あるだけで特にこれといって見どころは無いし、通常のルートで良いのではないでしょうか?」




 まあ、これくらいなら助け船を出してもいいだろう。実は日本の城結構詳しい俺。




「えー?せっかくだし見てみたいですよ。普段行く山ではこういうの無いからさー」




 美波の提案に田口が驚く。確かに普段の登山がガチなやつばっかだったら、こんな登山では違う味を楽しみたくなるだろうか?ま、まあ通るだけなら…。地図を見ながら行けば大丈夫だろうと俺は田口に行けると目線を送った。


 そんな訳で、まず千早城への石段へと俺達は向かった。




 千早城…と、いうとぱっと何の城か頭に浮かぶ人の方が少ないかもしれない。その城跡にいくには、まず当時の名残であろうキツイ石段を登らなくてはいけない。 


 普段はガレ場だろうが岩場だろうが、自分の歩幅で歩く事に慣れてる彼女達、ちょっとしんどそうに登っている。よし田口、良い恰好するチャンスだ…と、思ったら案の定、田口はもっとゼエゼエ息を切らし汗びっしょりで登っている。だよねー。まあ、偉そうに言ってる俺も結構きついけど。




「金剛山って結構楽に登れるかと思ったけど、なかなかしんどいですね」




 可憐さんが楽しそうに俺に言った。そっか、明らかに山のチョイスを間違えたって俺のオーラを感じ取って気を使って言ってくれたのかな?もしかして見た目クールそうだけど、結構いい人?




「まあ、当時こんな山城を責め落とそうとするのも大変だったでしょうね」


「あら?何か有名な合戦のあったお城なんですか…?ねえ、田口さん」




 俺が城について説明しようとしたら彼女は不意に田口に話題を振った。そして、俺の方を見た…この人…さっきも田口が苦手そうな話題を切ってくれた。そうか、田口に美波ちゃんの前でいい恰好させてやろうと…。ええ人や。ほんま、ええ人や。よし、田口、お前の歴史知識を今こそ彼女に見せてやるんだ。




「えっと、千早城…でござ…ですな。ええっと…」




 いや、知らんのかーい!お前のそのござる口調はいったい何故だったんだ!?っていうか、登山口の近くにあるのに調べとくように言っとかなかった俺が悪いんだけど。




「あ、ごめんなさい。てっきり、お2人神戸の人だって言ってたから、ゆかりの武将のお城かな?って思ったんだけど」




 可憐さんヒントくれてるー!!やっぱ、知ってるのにわざと聞いてたんだ。この人。楠木正成ね。神戸の湊川神社に祀られてるもんね。でも、千早城で出なかった時点で、そのヒント多分無意味ー。少し上の石碑の横に城の事も書いてあるんだけどな。




「あ…えっと…。当時ここ…奈良?を…せ、戦国時代…かな?」


「鎌倉時代末期…。天皇を守る為に幕府と戦った智将、楠木正成が幕府の大軍をわずかな手勢で打ち破った城って、前教えてくれたよな。田口くん」


「あ、ああ。それにござる」




 口調戻ってる!っていうかここ大阪だからな。




「あ、楠木正成なら、私も知ってるー。有名な城なんですねー」


「は、はは…」




 焦ってる田口を見ながら、俺は少しため息をついた。ふと可憐さんと目があい、彼女はふふっと笑った。




 千早城址を通過したら、はっきり言ってこれといって大きな盛り上がりもない。冬になれば樹氷を見にそこそこ素人でもアイゼンを付けて登れる山だ。道のほぼ全部が公園の遊歩道みたいに段差の薄い階段状になってて非常に登りやすい。あっという間に頂上にたどり着く。




「ねえ、見てこれ、犬も左側通行だってー」




 この山で犬の散歩してる人、実際多い。美波ちゃんは道端に立ってる看板に向かって突っ込んでいる。まあ、この子はどんな山でも楽しんでくれる娘なんだろう。いい子なんだ。きっと。


 そして、頂上横の売店の近くを通りかかる。田口と美波ちゃんは売店を見てくると言って場を離れ俺は可憐さんと2人残される。




「色んな人が登ってるんですね。金剛山って」


「あ、えっと…東京の高尾山と同じでなんていうか、生活に密着した山ですからね。葛城まで縦走したら、六甲全山縦走並のキツイロングトレイルコースになりますよ。」




 不意に声を掛けられドギマギする俺…。相変わらず治ってない、人見知りのあれ。彼女は登った(何百人もの)人達がその回数を記録している巨大な看板の前にいた。多い人は1万超えるくらいいってるんだっけ?一万回って…仕事どうしてたんだろう?この人達の人生。




「登山が趣味…というより人生ですね。私には真似できないな。これでも、ソロ派なんですけど」


「僕もソロ派です。やっぱり無理ですよ。いや、仕事してなくて時間があったとしても…人生を掛けるほど登山が好きかって言われると分からない。」


「色んな登山があるんだなって思います。私ももう少し低山登山もやってみようかな」




 低山登山って言い方が既に…と、思うがまあ気持ちはわかる。




「何かすみません。」


「あら、何が?」


「これだけ登山経験がある人達と分かってたら、もっと違う山を計画したのですが…」


「ご心配なさらず。とっても楽しいですよ」


「そう言って頂けるだけで救われます」


「本当に…私、日本のお城好きなんです。今日来るまで、千早城がこんな所にあるなんて知らななかったし。見れてラッキーでした。」




 普段は城跡がある山なんて登らないって事かな。でも、それは良かった。




「それに、美波はなんというか…。全部人に任せて自分ではあんまり何もしないタイプの子だから…、わりと本当にどの山登っても勝手に楽しんでますので」


「ああ…」




 めっちゃわかる。そういう人、いるし、彼女は確かにそんなタイプだ。




「根はいい子で、私も彼女の事結構好きなんで一緒に山に行く事が多いんですよ」


「田口は…登山に関しては素人だけど、そういう所はしっかりやると思いますよ。あいつ、見た目と性格はアレですけど…登山は素人だし。いや、欠点ばっかりか」


「むしろなんで彼は登山をしようと思ったのかしら?」


「奴は…なんというか、俺達が勝手に登山部…と呼んでるグループに所属してるんですが、その中で登山の経験…ていうか、登山をする動機が他の面子より薄い事をずっと気にしてたんですよ。仲間に入り切れてないって思ってたんでしょうね。まあ、それを気にする人間はうちにはいないですけど」


「その気持ちも解ります。私も昔、地域の山岳会に所属してて…人間関係は色々悩みました。私は結局やめちゃいましたし。」




 彼女は彼女で色んな登山をやってきてるんだなと思う。




「で、そんな時現れたっていう登山趣味の女の子と無理にお付き合いしようっていうなら、それは相手にも自分にもしんどい事になるから…、少し様子を見てやろうと思って今日はついてきました。でも、いいお嬢さんだし、あいつも全然無理してない。安心しました。」


「…そうですか…でも、彼女…」




 可憐さんは、言うと少し目を伏せた…あれ?これは…。




「私も今日は彼女の付き添いです…なぜかと言えば…ですけど…」




 こうして、2人で話している間もたくさんの登山者が横を通り過ぎて行った。


 しばらくすると、田口と美波ちゃんは飲み物を買って帰ってきた。




 後は、さほど書くことも無い。


 頂上に登って、4人で昼食をとった。2人の山ガールが持ってきた超本格的なアウトドア調理器具で素晴らしい料理を幾つも作ってくれた。ジャンバラヤ(だと思われる)定番のご飯ものから、なんとかとかいう名前のスープパスタ、そして出た、謎のインスタ映え料理、アヒージョ…。特に見ていたわけでは無いが、周りの登山者からはかなり羨望のまなざしでこの、ムサイ男2人は見られていたに違いない。




「このくらいの登山なら、食材も調理器具もいっぱい持ってこれるから楽しいよねー」




 と、屈託なく言った美波ちゃんのセリフを聞いてようやく田口も自分と彼女達との登山レベルの差を実感したようだ。田口は一応、用意していたフレンチトーストを(俺が貸した)調理器具で焼いてふるまっていた。登山猛者と分かった2人に対し、すっかりガチガチになって調理した為、若干焦げ目の焼き上がりになったが、充分許容範囲の物が出来ていた。女性陣にも美味しいと好評だった…。でもこの辺りから田口の顔が少し曇り始めていた。まー、昼飯の時、俺と可憐さんは、自分のスマホに入ってる山写真を見せあって勝手に盛り上がっていたのもあったが…。あー、結局この流れかーと、俺は思う。




「わー、凄い綺麗!」




 美波ちゃんが声を上げる。


 金剛山の頂上からは、大阪湾をめぐる景色が一望できる。ちょうど、六甲山とは大阪湾の裏から見た景色だ。いや、彼女達から見たら、六甲山からの眺めが裏なのか?まあ、どちらにしろ綺麗じゃないわけがない。夜景もきっと綺麗だろう。




「あっち側に見えてるのが六甲山だから…いい山ですよ。2人もまた登りに来てください」




 俺は彼女達にそう言った。


 有名な話。この金剛山山頂の標識には定点カメラが向いている。通称ライブカメラ。そして、一時間に2度、このカメラに写っている映像を写真で残し、ライブカメラのホームページに掲載されるようになっている。そのせいで、時間になるとその辺にいる登山者がみんな集まってきて、それぞれ写真に写る。金剛山に登る登山者の定番イベントだ。折角だからと4人で映った。




 その後、山を下りて電車で都心部に出て軽く酒を飲み、食事をして帰る…。俺が一番心配してた会話が途切れた怖い間…になる事も無く、合コンとしてはいい形で終わったと思う。


 少なくとも俺が今まで経験してきた中ではな。けっ。


 別れ際、可憐さんが俺に話かけてきた。




 「さっき見せてくれた、竹田城の雲海の写真…。私も実物見てみたいです。」




 さっき自分のスマホの写真を見せあった時、ついでに見せてた写真。ある年の秋、毎週通い続けてようやく撮れた竹田城…天空の城写真だ。




「良かったら、今年の秋、見に連れて行ってくれませんか?」




 おっと、そう来たか…。彼女、美人だし、かなり魅力的なお誘いだ。そう、アンタその気になったら自分で行けるだろ?って人が「連れてって」とか言うとなかなかの破壊力だ。俺が味わっていい幸運ではない。年の近い山仲間…実はいない。本当に魅力的なのだが…。


 今はまずい。相方できちゃったからね。




「ごめんなさい。」




 と、一言だけ俺は言った。




「そうですか。残念。」




 と、彼女はさして気にしてない様子で言って、美波ちゃんと一緒に帰っていった。まあ、美波、田口の件とで差し引きゼロって事でお願いします。後悔が無かったと言えばウソになる…といえばウソになる…。うん。心の中で自分への言い訳が必死な俺でした。




「小生、彼女の事は諦めるでござる…」


「そっか、ま、いいんじゃねえか?」




 帰りの電車で言った田口に、俺は自分からは何も聞かずにそう言った。


 基準にしていいか分からないが、田口は六甲全山縦走を乗り切った男だ。少々の障害は乗り越える根性はある。俺と違って収入も高レベルで安定してる。正直、美波ちゃんが田口の事をお付き合いする男性として見れないのであれば、ちゃんと告白してフラれるのがいいと思った。それを無下にするような娘じゃない。が…今回は事情が事情だけに仕方ない。


 同じ会社にいるんなら、そのうちわかる。めんどくさいけど言っといてやらないとなー。


 あの時、可憐さんは言った。




「美波、もう結婚してて旦那さんがいます」




 ごめん、田口、それは無理だ…。


 そんな風に見えないうえ、彼女自身思わせぶりな態度をとり、こういうイベントには積極的に参加する…事が多いので可憐さんは、必ずついて来てトラブルが発生しないよう柔らかく誤解を解いているらしい。最初に俺に言ってよ。できれば千早城の下りの時にさあ…ねえ、可憐さん。




「今日、分かったでござる。やはり、自分の足で歩いて自分の目で見た景色に感動しないと、そんなものは虚像に過ぎない。山に詳しい彼女を作り自分がその経験値を横取りした気になる事など…全くむなしい事。同時に小生も色んな景色を見に行きたくなったでござる。自分の足と自分の目で。」


「かもな…」


「シンジ殿…今日は飲むでござる。付き合ってもらうでござるよ」


「了解」




 ま、まあ…、この形で落ち着いたなら、少なくとも田口にとっては良かったのかもしれん。


 さっきも言ったが、ヤマネコ登山部の中で田口を登山経験が浅いから…というか、理由いかんによらず、彼を仲間と思ってない人間などいない。でも、このセリフを聞いてようやく田口は登山家(趣味オンリーだが)…への道に一歩踏み出したのだと思った。






 ちなみに…電車に乗ってる途中に裕美からLINEが入る。




 『距離近い&山好きの美人さんなんだね❤』




 と、メッセージ…。続けて写真が2枚送られてくる。1枚はさっきの頂上のライブカメラで撮った写真…。パソコンの画面をスクショしたのかな?小さく不鮮明だが俺と可憐さんが確かに写ってる。その日会ったばかりにしては少し距離が近いか…。もう一枚は可憐さんと美波ちゃんが2人で映ってる。美波ちゃんの自撮りかな?多分、合コンするにあたり、田口に送った写真だろう…。最後のハートを見て、俺、なんか背筋が凍る。




「おい、田口…。お前今日の事、裕美にどこまで連絡した?」


「と、とりあえず、話してた会話は逐一報告をと言われ、断れず…」




 俺は一先ず黙って田口の首を三角で絞める。


 一応、お誘いを受けた際、ちゃんとお断りしたのだが、あの会話を田口は聞いていない。


 彼女に嫉妬される…なんか、久々に女性と付き合ってるんだという、むず痒い感覚とは別に…彼女、多分、当分機嫌が悪い。どうやってご機嫌をとるか…?




と、田口の必死のタップを無視しながら…俺も必死に考えていた。






金剛山編 完

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関西発 ヤマネコ登山部 活動記録 柴崎 猫 @yamanekoof

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