金剛山編 上 ~関西おなじみの登山コースを登ってみる~
〇 神戸三宮 スタ〇
「合コン…だと…?」
既に俺の記憶の彼方に消えたはずの遠い悪夢…。そんな言葉をまさかこの歳になって聞く事になるとは。
「知ってるぞ。あれだろ?事前のメールで結構愛想よく受け答えしてくれてたのに、本番で顔を見たとたん、ドン引きされたり、トイレに行ってる間に連絡先交換が終わってたり、今まで無視してた娘が急に話しかけてきたと思ったら…」
「お、落ち着かれよ!シンジ殿。っていうか、合コンやった事あったのでござるな。それが意外…」
「やめろー!俺に年収とルックスと会話が盛り上がる趣味を求めるなー!!」
「シンジ殿、それは過去のトラウマが見せる幻影にござる。早く帰ってこられよ!」
「ちくよう。人の古傷えぐりやがって」
「えぐったつもりは一ミリもござらん!」
三ノ宮のスタ〇、俺は田口とそんな微笑ましい?会話をしていた。
ヤマネコ登山部…なるものが発足してしばらく経つ。六甲全山縦走大会に偶然参加していて、さらに紆余曲折を経て集まった年齢、性別も様々な7名…で発足した登山サークルである。この田口という、見るからにオタクの青年もそのメンバーである。まだ20代後半の社会人。オタクを隠そうとしないみるからに陰の者…なのに、コンピューターの扱いに長け、俺と違い、それなりの会社で頑張ってるそうだ。あ、そんな会社でも陰キャは陰キャらしい。
「合コンではなく、山コンでござる。それに正確にはコンパではなく…」
山コンっていうのは、なんか山でやるネルトンパーティーみたいな印象がある(ネルトンっていう言い方で年齢を察しないのが愛情です)。某登山漫画でもやってたし…。でも、今回は違うようだ。
なんとか、陰キャの御用達アイテム、「本日のコーヒー」(本日のコーヒーに謝る。俺)で心を落ち着けるともう一度落ち着いて、田口の話を聞いてみる。まず、前提として、話さなくてはいけないのは田口に好きな女性が出来た…という事である。ゆるふわ系のかわいらしいお嬢さんらしい。知らんがな。
「小生、こう見えてシンジ殿程ではござらんが、合コンは大の苦手」
一言余計なんだよ。坊主頭。っていうか、こう見えてって、見えてるまんまだから。
「若い独身男性など星の数ほどいる会社でござる。勝ち目のない戦と諦めかけてござったが…」
「彼女が登山趣味だったわけだ」
「さよう。小生もヤマネコ登山部なるものに入ってると話したら…会話が殊の外盛り上がり…一度、一緒に登山しようというまさに、一足飛びでお近づきになれる機会とあいなったのでござる」
「良かったじゃねーか。行ってこいよ。」
「ところが、小生それほど登山は好きではござらん」
「お前、よく俺の前でそれ言えるな」
「しかる故に、シンジ殿にも当日来ていただきたいのでござる」
「デートじゃねえのかよ?」
「だから、向うも女性を一人お誘い頂いている。形式上合コンという…」
「う…やめろ。その単語を…」
「もう、それはいいでござる!あくまでメインは我々2人。シンジ殿は会話を適当に盛り上げて小生の登山知識がハリボテである事がバレないようフォローしてほしいでござる」
いや、ばれるっつーの…。
「会話を盛り上げるとか絶対無理なのはわかるだろ?高松君とかに頼めよ」
「いや、それやったら、楓殿に半殺しに…」
「いや、それを言ったら俺にも一応相方が…」
「そう…。そうでしたなあ。シンジ殿………」
急に、田口の周りを包むオーラが変わった…ような気がした。なんか、ドス黒いアンド目が怖い!
「告白が失敗したと皆に散々心配をかけ…裕美姉様に恐る恐る確認してみれば断ったのは「すぐ結婚する」というその事一点のみ。それも結婚も断ったわけでなく、ゆっくり時間をかけて考えたいという事を伝えてたのに…。勝手にフラれたと思い込んで、裕美姉様を避けて疎遠になって、あまつさえ…」
「怖い。キャラ変わってる…」
「裕美姉様の「私的には、もう付き合ってるつもりだったんだけどなー。」は、俺ちょっとダメージ負ったなあー。心に…」
「やめろ!もう忘れて!せめて、一人称は小生で頼む!」
実際一人相撲で勝手に破局してた恥ずかしさは否めない。
「いや、別にいいのでござるぞ?同じサークルのよしみ…幸せを嫉妬したりはござらん。でも、ちょっとでも人に迷惑、心配をかけ裕美姉様にあのような事を言わせた以上…ちょっとくらい…」
「解った!今回は協力する。だから、この話は以上だ。」
「ありがたき幸せ!」
そんな訳で、山コンに向けた、話合いが始まった。
「うーん。まあ、ある程度簡単な山にして、体力面や道案内でボロが出ないようにするのがいいだろうな。」
「と、すると六甲山でござるな?」
「お前、六甲山を何だと思ってるんだ?どの山にするかはもとより、大切なのはコースと所要時間だ。同じ山でも全然違うからな。この場合彼女の住んでる所に近い方がいい。神戸の人か?」
「いや、大阪にござる、たしか河内なんとか…と」
南の方かな?まあ、何処にするかは後で考えよう。
「あとは、ウェアとギアだな。登山用のそれなりの物をそろえた方がいい。」
「心得た。今度、モン〇ルに行って一式そろえるでござる」
「うーん。別にモンベ〇は悪く無いのだが、あそこは直営の店で自社ブランドしか売ってない。同じブランドで固めるのはなんかな…。〇〇スポーツとか〇〇山荘みたいに複数のブランド扱ってる店に行って一式コーディネートした方がいい。裕美か楓に来てもらうか。スイーツ御馳走するとかで釣ってさ」
「裕美姉様に頼むでござるよ。シンジ殿は浮気にならぬよう事情を説明せねばならんから丁度よかろう」
「お前が説明してくれるんじゃないのか?」
「それはさておき、これだけでは何か弱い気がします。もう一押し何か…」
いや、さておくな。しかし、弱いのはその通りだな
「そうだな。ストーブとクッカーを持って行って何か作るか」
「ストーブ?もう随分暑いくらいでござるが」
「アウトドアの調理用バーナーと鍋だ。何か美味い物を作って食べさせろ」
「おお。確かにそれはポイントが高い。小町的にポイント高いでござる」
言い回しがキモイ。
「まあ、飯を作るのは荷物が多くなるし難易度が高い…故に…何かデザートだな。ある程度仕込んで持って行って現地では焼くだけとか、そんなのがいい」
「焼きバナナはどうでござるか!〇と食欲~でやってたでござる」
「お前、焼きバナナ食った事あるの?とにかく道具は貸してやるから色々家で作ってみろ。ぶっつけ本番だけは絶対やめとけ。得意のネットで調べまくるんだ。」
「委細承知!感謝するでござる。…」
田口は最後のコーヒーをすすると、再び話しだした。
「相手は美波殿と言う方でして…。おっとりとした優しい娘にござる。何より山の話をするときの顔…、否、目がとても生き生きとして魅力的なのでござるよ。拙者、もっとヤマネコ登山部の皆さまと仲良くなるために登山の事を知りたいと思っていた矢先…趣味を共有できる彼女が出来ればこれほど、素晴らしい事は無いでござる。」
田口は楽しそうに、コーヒーカップを手で遊んでいる…。
思わず、長い話し合いになったがまあ、なんとかなりそうだ。正直、上手くいくかどうかは分からんし、どんなに気を付けても登山素人なのは直ぐバレる。それでも、1人の男がここまで色々考えてくれてる事が解ったら、それなりに何かが相手には伝わるだろう。その結果「キモイ」と、思われたのならそれはそれ、次にまた頑張ればいいだけの話…。あと、こういう登山打ち合わせは結構楽しんでしまっている俺ガイルのも事実…。いや、決して合コンする事に…ではないぞ?…また、俺は誰に言い訳を…。
「ああ、そうだ、もう一つ、重要な事を忘れていた。」
「なんでござる?」
「せめて、そのござるだけはやめろ」
まあ、この時、俺は裕美の同意さえ得られれば、若い女の子と登山が出来るワクワクイベント…くらいに考えていた…のだが、案の定この後、手痛いしっぺ返しを食らう事になる。
× × ×
〇当日 河内長野駅前
一気に時は流れ…。山コン、当日がやってきた。
俺達は彼女達と河内長野駅という駅の改札前で待ち合わせをしていた。結局選んだ山は金剛山だ。
そこに現れた女性2人…。を見て、俺は目を丸くする。田口が目当てとする美波と言う娘は、言う通り小柄で可愛い娘だ。彼女が連れてきた、山仲間だという、可憐という名の女性…も、かなり綺麗な人だ。まあ、それはいい。問題は2人の登山ファッション!
俺と裕美で、この登山の為に田口に揃えてやったファッションの数倍はするんじゃないか?っていう、ハイスペックのウェアを2人は身にまとっている。アークのウェアを着てる女性なんて久々に見たぞ。軽登山用に身軽だし、まだ温かい季節だからそんなに目立たないが冬とかならもっと見た目が凄かったに違いない。そして、いつぞや、愛宕山で出会った熟練女性登山家の女の人と同じ…なんというか二人ともその登山ウェアに「着られていない」。かなり使い込んでいるのだ。ベテラン登山家でなくてもわかる。この2人、間違いなく登山ガチ勢だ。当の田口は何もわかっていない様子でニコニコしながら二人に必死に話しかけている。お前…、一番大事な所をリサーチ不足してんじゃねーぞ。こら。こんなガチ勢を金剛山に連れてきてしまったじゃねーか。おい、どうすんだ?これ。どうすんだ?
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