「そっか」と親友の女の子は墨絵に言った。

「じゃあ、墨絵ちゃんはお母さんのいる家に帰るんだね」とにっこりと笑って親友の女の子は言った。

「……うん。私はお母さんのいえる家に帰る」と泣きながら墨絵は言った。


 夢のなかで墨絵はたくさん泣いていた。

 ずっと泣けなかったのだけど、夢のなかではたくさん泣くことができた。

 そのことが自分でもすごく不思議に思うくらいに墨絵は泣いた。

 涙で、みんなの顔が(よく見たいのに)全然よく見えないくらいだった。(泣きながら墨絵はそうか、悲しいって、涙を流すってこういうことなのか、と思った)


 みんな笑顔だった。(それくらいはわかった)

 みんな笑顔で墨絵に手を降ってくれていた。

「ばいばい。おじいちゃん。おばあちゃん」とおじいちゃんとおばあちゃんを見ながら墨絵は言った。

「ばいばい。お父さん」とお父さんのことを見ながら墨絵は言った。

「ばいばい」

 と親友の女の子のことを見ながら墨絵は言った。


「ばいばい。墨絵(ちゃん)」とみんなが墨絵にそういった。

 そこで墨絵は夢から覚めた。

 

 墨絵のお気に入りのあひるの模様の描かれている枕は墨絵の涙でぐっしょりと濡れていた。そんな自分の子供っぽい趣味の枕を見て、自分の目をうさぎ柄のパジャマの袖でぬぐいながら、墨絵は一人でにっこりと笑った。


 朝からずっと深くなっていた霧は、墨絵がしばらくの間、崖のぎりぎりのところに立っていると、だんだんと薄くなり、その向こう側の風景が見えてくるようになった。

 そこにはとても美しい朝日があった。

 そこにはずっと見たかった綺麗な海があった。

 ……そこには懐かしい記憶の通りの崖があった。


 風は今までと同じようにとても強い風が吹いていた。

 嵐がやってくる前の天気にしては、空は晴れ渡っていた。これからすぐにこの空は暗くて厚い雲に覆われて、とても強い雨を激しい風と雷と一緒に降らせるのだろう、とそんなことを墨絵は思った。


 それは怒りに震える神様の人間に対する罰のような雨だろうか?

 それとも、それは恵みの雨なのだろうか?


 わからない。

 それはきっと私の世界のとらえかた次第なのかもしれない、とそんなことを笑いながら墨絵は思った。


「墨絵!! どこにいるの!!」

 そんなとても大きな声で叫ぶ、墨絵のお母さんの声が遠くから聞こえてきた。


 その大好きなお母さんの声を聞いて「ここだよ!! ここにいるよ!!」と大きな声で返事をしながら墨絵は崖から引き返して、お母さんのいるところまで一生懸命になって(まるで小さな女の子がはしゃぐように)走って行った。


 きっとこのあと、約束を破ったことで、たくさんお母さんから叱られることを覚悟しながら。


 故郷 ふるさと 終わり

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故郷 ふるさと 雨世界 @amesekai

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