「どうかしたの? 墨絵ちゃん」

 と親友の女の子は墨絵に言った。

 墨絵の親友の女の子は懐かしい中学校のブレザーの制服を着ていた。よく見ると墨絵は高校の紺色の制服姿だった。

 親友の十四歳の女の子は墨絵の顔をまっすぐに見ていた。

 その瞳はとても澄んでいて、絶対に嘘なんて言えないな、とその瞳を見て墨絵は思った。

「お母さんがいないの」と墨絵は言った。

「墨絵ちゃんのお母さん?」親友の女の子は言った。

「そう。私のお母さん」と墨絵は言った。

「ここにいないお母さんのことが心配なの?」と親友の女の子は言った。

「うん。心配」と墨絵は言った。

「墨絵ちゃんはお母さんのことが大嫌いなんでしょ? なら、別にここに墨絵ちゃんのお母さんがいなくてもいいじゃない」と親友の女の子は言った。

 確かに墨絵は親友の女の子に「私はお母さんのことが大嫌いなの」とずっと言っていた。その言葉は嘘ではなかった。確かに墨絵はお母さんのことが大嫌いだった。でも……、今は違った。

「違うよ。私はお母さんのことが大嫌いなんじゃないの。『私はお母さんのことが大好き』なんだよ」とにっこりと笑って墨絵は親友の女の子に言った。

「ずっと泣いてばかりいるお母さんのことが?」

「うん。そうだよ」と墨絵は言った。

「墨絵ちゃんのことを叱ってばかりいる口うるさいお母さんのことが?」

「……うん。そうだよ」と涙に滲んだ瞳で、少しだけ言葉につまりながら墨絵は言った。

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