墨絵は自分の故郷を愛していた。

 自分の生まれ育った大地を、空を、海を愛していた。

 故郷には大切な人もたくさんいた。

 でも、みんな墨絵のそばからいなくなってしまった。


 昨日、墨絵はとても懐かしい夢を見た。

 その夢の中にはいなくなってしまった人たちがいた。

 墨絵のおじいちゃんとおばあちゃんもいたし、大好きな墨絵のお父さんもいたし、ずっと一緒にいてくれた墨絵の親友の女の子もいた。

 その夢の中で墨絵は十七歳になっていたのだけど、墨絵の親友の女の子は亡くなった年の十四歳のままだった。

 墨絵の親友の十四歳の女の子は十七歳の墨絵を見て「大きくなったね。墨絵ちゃん」ととても嬉しそうな顔で墨絵に言った。

 季節はたぶん、春だった。

 そこにはとても暖かい風が吹いていて(きっと海から吹いてくる風なのだろう。その風からは少しだけ海の匂いがした)みんなのいる場所は、見渡す限り永遠に続いているように錯覚するくらい、地平線の先までずっと緑色の大地が続いている場所だった。

 そこはよく見慣れた墨絵の故郷の風景だった。

 少し先まで歩いていくと信じられないくらい透明度の高い川が流れていて、その向こう側には深い森と高い山々があった。

 緑色の大地の上にはところどころに綺麗な花が咲いていた。

 墨絵は親友の女の子に手を引かれて、みんなのいる場所まで歩いて行こうとした。

 でも、その途中で墨絵はこの場所に墨絵のお母さんがいないことが気になった。お母さんはどこにいるんだろう? また家の中で一人で泣いているのかな? そんなことを思って墨絵はふと、その足を止めた。

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