霧の中を歩いて行くと、その向こう側にうっすらと目的の崖が見えた。

 崖に着く前に、……霧はだんだんと濃くなって周囲の風景はよく見えなくなってしまったのだけど、ずっと遠くで海の波の音が聞こえたので、こっちのほうが崖なんだろう、と墨絵はなんとなくおぼろげに理解することができた。

 墨絵は自分の足元を見ながら歩いていた。

 白いサンダルと自分の足と緑色の草の生えている大地だけをずっと見ていた。

 風は崖に近づくにつれて、だんだんと強くなった。

 そういえば、昨日の天気予報で今日は嵐になると言っていた。強い風は、そのせいなのかもしれない。

 それから墨絵は切り立った崖のぎりぎりのところまで歩いて行った。

 そのころには墨絵の周囲は本当に深い(それこそ一寸先も見えないような)霧に包まれていた。

 土地勘のある墨絵でも、『一人では自分の家まで帰ることができないくらいの』とても深い霧だった。

 そこでは今まで以上にとても強い風が吹いていた。

 その風が墨絵の着ている白いワンピースと、自慢の腰まである美しい黒髪を揺らした。

 ずっと近くで海の波の音がした。

 くんくんと匂いを嗅ぐと、とても懐かしい海の匂いがした。(その海の匂いを回で、墨絵は去年亡くなってしまった優しいお父さんのことを思い出した)

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