「墨絵。お前は本当に冷たい子だね」

 と墨絵は小さなころからお母さんによく言われていた。

 ずっと昔におじいちゃんちおばあちゃんが亡くなったとき、墨絵は涙を流さなかった。

 去年、大好きなお父さんが亡くなったときも、墨絵は涙を流さなかった。

 ずっと仲の良かった親友の女の子が病気で亡くなったときも、墨絵はやっぱり泣かなかった。

「きっと私が死んじゃったときも、墨絵は泣いたりしないんだろうね」とお母さんは墨絵に言った。

 墨絵はそんなことない。

 みんながいなくなってしまったとき、私はずっと悲しかった。確かに(理由は私にもよくわからないけど)涙は出なかったけど、心の中ではずっと悲しいと思っていた。

 でも、墨絵は同時にもしかしたら私は『お母さんが死んでしまったときでも、本当に涙を流さない親不孝な娘』なのかもしれない。

 とそんなことを思って、自分でも自分のことが少し怖くなった。

 幸いなことに、今のところ、墨絵のお母さんは元気ですぐに死んじゃうような感じには全然見えないのけど、実際のところはわからない。

 一寸先は闇だよ。

 お母さんは墨絵にそんなことをよく言っていた。

 たくさんの大切な人をなくしてきたのは墨絵だけではなくて、墨絵のお母さんも一緒だった。

 ……一寸先は闇、か。

 霧の中を歩きながら、墨絵はそんなことを頭の中でつぶやいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る