第30話 エピローグ:君とご飯に行こう

帰りの新幹線では、お互い静かに時間を過ごしていた。相葉もようやく落ち着いてきたようで、リラックスした面持ちでぐっすり眠っていた。

僕は何の気なしに彼女の顔を見つめる。

(この子が僕の恋人かあ)

焦がすような充実感が胸中を若干よぎるものの、まだ実感は薄い。

「……焦る必要はない、かな」

ちゃんと恋人になってから、半日と経っていないんだ。実感は後から追いついてくるだろう。

僕は彼女の安らかな表情から顔を逸らし、正面に向き直る。そっと目をつむり、しばしの間眠りに着くことにした。


「やあ……なんだか色々あった気がします」

帰りのタクシーの中。もうすぐ家に着く、という段階でぽつりと相葉は言葉を漏らす。

「そう、かもしれないね。サンドイッチ食べたり、アイスを食べたり、旅館ご飯を食べたり……」

「食べ物はっかりじゃん!」

「ごめんごめん。一番頭に残っているのは、海で急にキスされたことからかなあ」

意地悪な気持ちもないではないが、一番インパクトのあった出来事なのは間違いない。

「ぐぇ……す、すいませんでした……なんか、つい、その、止められなくなってしまって」

シチュエーションの勢いというかなんというか、と相葉はぼそぼそと言い訳じみたものを述べる。

「まあ、悪い気はしなかったよ」

彼女は僕の言葉を受けて、むっとした顔になる。

「悪い気?」

なるほど、ちょっと言い方を間違えたようだ。僕は、丁寧にきちんと言葉を述べる。

「気になっている女の子からそういうことされたから、凄くびっくりしたし、どきどきしたよ」

「で、デレた!」

「おい」

「ごめんなさいって。なんか、そう言われるとホントに恥ずかしくて、つい……」

彼女は照れながら右手を自分の後頭部にまわして『いやあ……』というポーズを取る。

その光景を見て……むくむくとやり返したい、という気持ちが起こるのを止められなかった。

「あ、着きましたよ」

自動運転車両が僕らの家の前で止まる。

「……そうだね」

僕はタクシーから相葉のキャリーケースを降ろしてやり、彼女を部屋の前まで送る。さて、どうしてやろうか。

「じゃ、じゃあまた……あ、明日って空いてます?」

彼女は自分の部屋のドアがゆっくり開くのを確認してから、僕の方を振り返る。

「もちろん。どこかに買い物に行こうか」

「是非!」

彼女はにこっと笑い、「じゃあ詳細はまた後で……」なんて言って部屋に戻ろうとするので、それを呼び止める。

「相葉」

「はい?」

彼女は完全に油断しているのか、特に警戒もなくこちらに顔だけ向ける。

「……ん」

だから、僕は彼女の顔に自分の顔を一気に近づけた。そして、本当に一瞬だけど、彼女の唇を奪った。

「ふぇ……」

間近に彼女の長いまつ毛を見つつ、再度僕は彼女の唇に自分のものを重ねる。今度は少しだけ長く、ゆっくりと。

「ん……」

まだ準備できていないだろう彼女の心臓を再度揺らしたに違いない。彼女の顔はみるみる紅潮していく。

「それじゃあ、また明日ね」

僕はそれを確認したので満足しつつ、さっと身を翻して、早足でエレベータに乗る。

後ろからは、「ふえぇぇ……」という相葉の混乱の声が聞こえてくる。してやったりだ。


その後、自室に戻って端末を確認すると相葉からメールが入っていた。

『せんぱいの馬鹿っ』

それを確認して僕の顔はにやにやと崩れる。意趣返しは十二分に成功したに違いない。

悪戯に成功した充実感に身を浸しつつ、僕はベッドに勢いよく飛び乗った。全く、今回の旅行は色々あった。もちろん悪い気はしない。叔父さんの料理をしっかり楽しめなかったのは残念だけど、また行けばいい。今度は、相葉とちゃんと恋人やりながら、ね。

僕はそんなことを考えながら目を瞑る。まだ見ぬ美味しい料理を二割、相葉のこと八割という心中で、ゆっくりと意識を眠気に委ねていく。とにかく、まずは明日のデートのことだ。

さあ、また君とご飯に行こう。ちょっとだけ進展したこの世界。でも僕らのやることは変わらない。食事を楽しみ、愛情を育む。それだけだ。

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ちょっと未来で君とのごはん みょうじん @myoujin_20200125

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