第29話 食事と旅行と二人の関係:割烹『撫子』②

鯛めしは、醤油ベースのお出汁の風味がしっかりとついている。それなのに決して味が濃いというわけではない。そこに薬味の生姜が乗っており、その香りと相まって全然飽きが来ず、ばくばくと食べられてしまう。

「とくにこのお焦げが……最高」

結構な量があったはずなのに、気付けばすっかり空になっている。

「ほんとうに、そういう顔は可愛いんだけどなあ」

相葉は呆れたように僕を見てくる。そういいながらも食べる手は止めていないのだから、彼女も随分お気に召したようだ。

丁度食べ終わったあたりで、ふすまが開けられる。そこにいたのは着物の女性、ではなく紺色の作務衣に白い三角巾を付けた男性。がっしりとした体格にごつごつした手で、ぱっと見は結構な威圧感がある。

「店主でございます。本日はありがとうございます。よろしければ、甘味をお持ちしますがいかがでしょうか」

「こちらこそ本日はありがとうございました……というか、そんな他人行儀はもういいでしょう」

僕がそう声を掛けると、彼はニヤリと表情を崩す。

「正文さん、お知合いですか?」

相葉は不思議そうな顔で聞いてくる。

「ああ……こちら、正木忠正ただまささん。ここの店主です」

「えっ。正木、さん?」

「そう、ぼくの伯父さんです」

「おじさん!?」

彼は僕の父の兄。ここで奥さんと二人で小料理屋というか割烹料理屋というか、まあそういったお店を営んでいる。先程から料理を運んできてくれている方が奥さんの真木美まきみさんだ。

「はじめまして、いつも正文がお世話になっております」

おじさんは深々と拳をつきつつ頭を下げる。相葉は恐縮しながら、「い、いえ、こちらこそお世話になっておりまして……」と小声でもにょもにょと返す。

「忠正おじさん。こちらは相葉アイリさん。僕の会社の後輩で……恋人です」

「ほぁあ!!」

のけぞり、驚愕を示す相葉。そこまで驚かなくてもいいのに。

「ほう、正文の恋人か。それでは、なおさらよろしくお願い致します。ちょっと偏屈なところがあるけれど、真面目で誠実な男だから」

「あ、いっや、その……はあい……」

彼女は恥ずかしそうに縮こまりつつ、しどろもどろになる。

「はっはっは、可愛らしい人じゃないか。おっと、あまりお邪魔しても悪いな。こちら、抹茶と水ようかんでございます。どうぞお楽しみ下さい」

おじさんはすっとお盆を出すと、音も立てずにふすまを閉めて行ってしまった。

「……こ、こいびとですかぁ」

相葉はショートしっぱなしのような。

「君も好き、僕も好き……だからそういう関係になると思っていたけど」

なんとなく自信がなくなってしまうが、大丈夫か。

「い、いえ、そうです!恋人です、らゔぁーですっ」

妙な発音だが……彼女としてもそういうつもりであったようでほっとした。

「そうか、じゃあ……今後ともよろしく」

「は、はい……」

彼女は昨日からジェットコースターに乗っているような心地だろう。彼女が発端とはいえ、色々起こりすぎだ。心なし、相葉の頭から煙が出ているように見える。というか、僕も恥ずかしくなってきた。

とにかく甘味を食べよう。僕は目の前に置かれた盆に手を付け始める。まずは抹茶を頂く。口に含むと清涼な苦味がいっぱいに広がる。その中にどこか甘みのようなものを感じつつ、喉から胃へと落ちていく。その苦味を口中に残しつつ、水ようかんを一口食べる。抹茶に合わせてだろう、比較的強めの甘みがあり、口中の苦味と相互に味を引き立て合う。

「……はあ、ようやく落ち着きました」

相葉は水ようかんをもぐもぐと咀嚼してから、一つため息をつく。

「今日は楽しめた?」

「……正直ぜんぜんですよぉ。私の感情はめちゃくちゃです」

じろっと僕の方を睨んでくるが、僕のせいじゃないだろう。あのタイミングで告白してきたのが悪い。

「まあ、そのうちまた来ようか」

私の提案に彼女はもじもじしながら返答を返す。

「……それは、恋人として、でぇととしてってこと?」

「そりゃ、もちろん」

「うう……それなら、いいですけど」

彼女は「先輩と恋人だもんね……」なんてはにかみながら、自分の頬に手をやり、掌で放熱させようとしている。


なんともぐだぐだだけど……こうして本日の旅行の目的である料理を堪能?した。まあ……どうも心残りがある感じになってしまったので、そのうちまた来ようと思う。次はちゃんとデートして、恋人として、だ。




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