SSデート

石黒陣也

デート

この遊園地は、アイツと初めてデートをした遊園地だ。

 そして、今は違う相手とここに来ている。

「はやく、こっち」

 あまり来た事が無かったためか、手を引っ張ってせかす、新しい相手。

「もたもたしないのっ!」

「はいはい」

 思いっきり引っ張ってきたところで、こちらの体重に比べたらまったく大した事の無い力だったが、これ以上かんしゃくを起こされないために、引っ張られるまま遊園地の中を小走りする。

「私これに乗りたい」

 指が向いている方向は、メリーゴーランドだった。

「じゃあ見てるから、行って来い」

 そう言ったとたん、不満の顔を向けられた。

 一緒に乗りたいのだろう。

 昔、アイツと乗った時に、もう十分な赤っ恥をかいてしまったんだ。

 メリーゴーランド……今しがた降りてきた子供達は、自分の腰に届くかどうかぐらいに小さい子供達ばかり。

 アイツと二人で乗ったときも、周りが小さな子供たちだらけで、気まずさでまったく楽しめなかった。

 あの時の恥ずかしさを思い出す。

「ここで見てるよ」

 やっぱり、むくれた顔でにらまれる。

 だが、それでも乗りたかったらしく、なんとか一人でメリーゴーランドの馬へ向かっていく姿を見て、

 ――やはり一緒に乗るべきだったのだろうか……少しばかり後悔。

 しかし、優しい音楽と一緒にメリーゴーランドが流れ始めると、こちらにニコニコした顔で手を振ってくれた。


「次はあれがいいな」

 メリーゴーランドを降りて戻ってきたとたん、次に乗るものを探し始め、また手をぐいぐいと引っ張って向かおうとする。

「あれはやめておこう」

 向かおうとした先は、ジェットコースターだった。

「なんで?」

 自分の調子に合わせてくれないためか、すぐさま不満の声を上げる。

 ――やっぱり気持ちの切り替えが早いな、こいつは。

「乗りたくないなぁ」

「ジェットコースターが怖いの?」

「そうだね」

 さすがに、これ以上は本当にかんしゃくを起こされかねない。そう言っておくのが無難だろう。

「怖がりなんだからもう……」

 諦めてくれるようだ。ほっと息をこぼす。

「あっちにアイスクリームあるよ、食べたくないか?」

「食べる」

 即答だった。

 そのすぐさま返って来た声に、苦笑する。

 

 アイツと一緒に来たときから、あの販売所の場所は変わっていない。

 今日の浮気は、アイツの許可を取って、そしてここにいる。

 本当の相手がいるにもかかわらず、公認のデートだった。

 だけれども、気まずい思いは少しも無い。

 

 観覧車の箱がもうすぐやってくる。

 スタッフの合図で入ろうとするが……

 どうやら動くものに入ろうとするのが怖かったらしい。

 一個飛ばしで、今度は自分がこいつを引っ張り込むようにして中へ入る。

 だんだんと高くなって行く観覧車の中、少しづつ遠くが見えるようになって、こいつはずっと窓に張り付いたように外を眺めている。

 観覧車が高くなって行くが、それよりも遅い速さで、お日様が沈んでいこうとしていた。


 この遊園地は、アイツと初めてのデートで来た場所。

 そして、今目の前にいるこいつは、アイツではない。

 

 これからも一緒に居るにつれて、時間と共に、自分の中でアイツとは違った人間へとなっていくのだろう……

「下に付いたら、もう帰るからね」

 こいつが一人で盛り上がっている所に、そう言ってしまった。 

 ――しまった。

 もしかしたら「もう帰るの?」とかんしゃくを起こされかねなかった。

 だが、以外にも冷や汗とは裏腹に、こいつの気の良い返事がくる。

「お父さん、また連れてきてね」

「はいよ」

 そう、ここは『アイツ』と初めてデートをした場所だ。

 そして今度は、『こいつ』と始めてのデートをした場所にもなった。

「ぜったいまた連れてきてね」

「はいはい」

 次に来るときは、おそらく二人っきりではなく

 『四人』で来る事になるだろう。

 観覧車が上りきって、今度は下へ向かい始めた――

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SSデート 石黒陣也 @SakaneTaiga

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