エピローグ

変わるもの、変わらないもの


 あれから、いくつもの季節が流れた。


 高校を卒業した俺達は大学へ進学し、成人し、気付けば卒業も間近に控えている。

 穏やかとは言い難い毎日が慌ただしく過ぎ去っていき、何も変わっていないように思えて、それでも俺達の周囲はゆっくりと、だが確実に変わっていった。


 今だってそうだ。


 俺達がいる空港は喧騒に包まれており、辺りに目をやれば、様々な人が行き交っている。


「りんちゃ、しゅき!」

「あ、あたしも日奈実ひなみちゃんが大好きだよー! おかし食べる??」

「あいっ!」

「凜、日奈実におかしは控えてやってくれ……」

「凜さん、いつも日奈実には激甘ですから」


 目の前ではやたら大きなキャリーケースを持った凜が、3歳の女の子を抱き上げチョコレートを餌付けしている。


 高校で出会ってから5年、凜は随分と大人っぽくなった。

 俺も同じように成長出来ているだろうか? 平折は……その、見た目はあまり変わっておらず、本人はちょっとコンプレックスにしている。

 先日も『うぅ、中学生向けジュニアモデルって……私、21歳なのに……』なんて嘆いていた。一度モデルは辞めたのだが、周囲の声に押されて、学業に差し障りの無いレベルで、陽乃と一緒にちょこちょことこなしている。


 そして俺達は今、アメリカへ留学する凜の見送りに来ていた。


「はぁ、半年は日奈実ちゃんに会えないなんて……」

「りんちゃ、だいじょぶ? さみしくない?」

「ね、平折ちゃんに昴、やっぱ日奈実ちゃん連れてっちゃだめ?」

「めー?」

「ダメですよー、私の可愛いを取らないでください」

「そもそも、日奈実はパスポートもってないぞ」

「うぅ……っ」


 がっくり項垂れる凜を、俺と平折と日奈実の倉井家3兄妹が笑う。


 日奈実は親父と弥詠子さんの間に生まれた子だ。

 俺と平折にとっては、半分ずつだが血の繋がった妹となる。18歳差と考えると、まぁうん、子の立場としては思う事もあるが、凜をはじめ皆にも愛されてすくすくと育っている。


 もっとも、親父も弥詠子さんも40を超えての高齢出産ということもあり、日奈実が生まれる前後ではひと悶着あった。

 リスクを考え、産むかどうかの時には平折と弥詠子さんは大喧嘩をしたし、産まれたら産まれたで平折が大学を休学すると言い出してやっぱり大喧嘩もした。今では初めての母娘喧嘩が妹のことでなんて、と笑い話になっている。


「そういや見送りに来たのは3人だけ?」

「俺達は大学4年で暇だからな。康寅は学費の為にバイト漬け、陽乃は会社の大事な会議だとか。真白ましろ姉さんは……アカツキに入社そうそうやらかしたそうだ。今朝、万里さんから親父に泣きつく電話があった……」

「あ、あはは……真白さんは相変わらずね。さすが昴の従姉なだけあるわ」

「……どういう意味だよ」


 他にもいろいろとあった。

 康寅が家を飛び出して親父の事務所で住み込みながら浪人して大学を受験したり、会社を立ち上げた陽乃は仕事が忙しくて大学初年度留年してしまったりもした。

 俺の母方従姉の真白姉さんがうちに下宿して、平折と揉めたこともあったっけ。今や大の仲良しだけど。


 そうそう、親父はいつのまにかアカツキ灰電の人事部長を兼任することになってたりする。件の人事レポートが評価された形だ。

 本人はデザインの方に集中したいというのに、何故か部下に付いた前廣裕史さんに振り回されて、忙しそうにしている。彼が親父を万里さんとの恩人と慕っているだけに、断り辛いってよく愚痴ってるっけ。ちなみに万里さんとの間に生まれた翔かけるくんと日奈実は仲良しだったりする。親父は物凄い目で翔くんを睨むことがあり、見てるこっちが恥ずかしい。


 こうして振り返ってみると、本当に色々な事があった。

 そして今、凜は海の向こうへと旅立とうとしている。

 みんな、確実に前へ進んで行っている。


「凜さんと離れるの、寂しくなりますね」

「アメリカは流石に遠いし、気軽に会えなくなっちゃうわね。日奈実ちゃんに忘れられないうちに、1年で単位全部取ってやるわ!」

「はは、凜なら本当にやってしまいそうだな」

「りんちゃ、すごい!」


 アカツキと灰電は速やかに統合した。

 だが急速に組織として肥大化してしまったことにより、企業として取れる選択肢も急激に広がってしまった。今は大丈夫としても、近い将来を見据えると改革が必要となってくる。


 凜の留学は次代の組織を担う者として、社長になった凜の親父さんから懇願されてのことらしい。

 あれからも実績を重ねた凜は、これからのアカツキ灰電に無くてはならない存在だ。


『――――航空、ロサンゼルス行、11時15分発、222便は、ただいま皆さまへのご案内中でございます』


 そして凜の搭乗を促すアナウンスが流れた。

 ギリギリまで見送りたいので、俺達は周囲の邪魔にならないよう、チェックインカウンターまで移動する。


 時間のようだった。

 なんだかんだと凜とは高校、大学を通じて色んな事件を共にしてきた。1年かそこらで戻って来るとは言っても、得も知れぬわびしさを感じてしまう。

 そして、凜は別れの挨拶とばかりに思いを吐き出した。


「あたしね、どうせなら向こうでやってみたいことがあるんだ」

「やってみたいこと?」

「ゲーム、作ってみたいんだ」

「ゲーム?」

「VRを使ったやつでね、いつだってなりたい自分になって活躍できるような、そんなやつ」

「そうか」


 凜は大人になってますます魅力を増した顔を向け、イタズラっぽい笑みを浮かべる。


「だから向こうでもよろしくね、昴!」

「昴さん、浮気しちゃダメですよ?」

「…………え?」

「おにーちゃ、がんばえー!」


 そして突然凜に腕を掴まれたかと思うと、平折に勢いよく背中を押され、たたらを踏む。日奈実を見れば、元気な笑顔で俺に手を振っている。


「その荷物、お願いね。昴の分も入ってるから」

「ちょ、どういうことだ?! いや確かに大きいとは思ってたけど!」

「昴さん、凜さんのお父さんがですね、『うちに入社するなら、彼も今のうちに経験を積んでおくのもいいだろう』と言いまして」

「おにーちゃ、おじちゃのお気に入り!」


 どうやら既に話はついているようだった。

 目蓋を閉じて天を仰げば、ビックリした俺をニヤリと笑う凜の親父さんの姿が容易に想像できる。まったく、あの人にも驚かされてばかりだ。


 手を引く凜が屈託なく笑う。平折も日奈実も笑ってる。


「あたしね、女の子としてのパートナーは平折ちゃんに譲ったけど、仕事としてのパートナーは誰にも譲るつもりはないんだからね!」


 そして、俺も笑ってた。


「――望むところだ!」


 これからも色々と変わっていくだろう。

 だけど俺達は、少しずつ関係を変えながらも、いつも笑いあいながら歩いていく。

 それはずっと変わらないに違いない。


 これからも。どこまでも。



                 ――――終わり


※※※※※※


ここまでお読みいただきありがとうございました。

これにてWEB版本編完結です。


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WEB版とは違うルートの書籍も発売中です。

2巻は冬の初め辺りに発売予定です。

そちらもよろしくお願いしますね。


それでは、また別の作品にてお会いいたしましょう。


にゃーん。


                     雲雀湯


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会話もしない連れ子の妹が、長年一緒にバカやってきたネトゲのフレだった【web版】 雲雀湯@てんびんアニメ化企画進行中 @hibariyu

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