第21話 昼休憩の話
国を出発してから体感で数時間後、長く続いていた馬車の揺れが、ゆっくりと時間をかけて止まった。
時間帯から察するに、昼食を取るのだろう。俺たちは窓から馬車がきちんと止まっているかを確認し、馬車の扉を開け、地面に降り立った。
馬車に乗っていたときから分かってはいたけれど、この周囲一帯は本当に広々とした草原しかないらしい。
これだけ長い時間移動したのだから、本来であればもう少し周囲の景色が変わってもおかしくはないと思うのだが、この世界に来て1番初めに見た木の一本すら生えていない光景が、あの日とほとんど変わらない形で目の前に広がっている。
いや、あの日見た場所と今いる場所とでは方角が真逆だし、全く違う場所だというのはわかっているんだけど、似たような背の低い草ばかり生えていたりでほとんど見た目には違いがないのだ。
そのせいだろうか、馬車を使ってかなり遠いところまで来たはずなのに、あまり実感が湧かない。
ここまで同じ景色ばかりだと流石に少し不気味だ。前にアルトから偽装魔法の一種だと聞いているからこそ気が滅入らないだけで、この世界に来た初日はかなり精神的にキツかった。
この不自然なまでの同じ風景さえ無ければ、緑が青々として、空の青とのコントラストが美しいと思えるのだろうから、少しもったいないと感じるのは俺のエゴなのだろうか。もちろん、これのお陰で俺たちの国は他国から侵攻を受けずにいられるというのは分かっているのだけど。
ぐう、と伸びをして固まった体をほぐしていると、少し遠くに止まっている別の馬車から降りてきた王女様が手を振り、俺たちに声をかけた。
「皆さん、長い時間お疲れ様でした。昼食にするといたしましょうか」
「マーガレット! ねねね、私、馬車の中で大人しくしてたよ! 偉くない? 褒めて褒めて!」
「ああ? 誰が大人しくしてたって? 馬車が出発するなり酔ったー、吐きそーって騒いでたやつがか?」
「サイカさん! それはシーッて言ったじゃん!」
「はいはい、その話はまた後で。あまりこの場所に長く留まっていると予定が狂ってしまいますから、早めに昼食の準備をしてしまいましょう」
王女様がパンパンと手を鳴らすと、もう一台の馬車から数人のお手伝いさんが出てきて、テキパキと昼食の支度を始めた。
俺も何か手伝おうかと彼らに近づいてみるが、あまりにも統率のとれた動きで働いていて、俺の手伝うことは無さそうだ。むしろ俺が入ることで邪魔になってしまう気もする。
「うーん……。何かすることはないかな……」
「あ、でしたら、私と一緒に来ますか?」
「ああ、アルト。アルトは何をするんだ?」
見ると、アルトは普段の服装よりもカッチリとした、わかりやすく言えば戦闘向きの格好をしていた。
と言っても、先ほど馬車にいたときの服に胸当てと美しい装飾のついた剣を装備しているというだけだけど。
「私はこれから、周辺にいる魔物の処理をしようかと。昼食の最中に寄ってこられても困りますから」
「なるほど、それは大事だな。でも、それって俺が一緒に行っても邪魔にならないか? 正直ろくに実戦経験ないし、アルトの足を引っ張ると思うんだけど……」
「だからこそ、ですよ。この辺りの魔物は比較的弱いですから、経験を積むのには丁度良いかと。これから戦うことは増えると思いますし、戦場に慣れておくのにはいいタイミングだと思います」
「なるほど、確かに……。じゃあ、俺もついて行こうかな」
そうなると、俺も持ってきた剣を装備すべきか。
馬車の荷台に積んである荷物から俺の剣を取り出し、腰のベルトに括り付ける。ただ剣を取り付けただけだけど、これだけでもかなり気が引き締まる。
一応、ジャンプしたり軽く足踏みをしたりして、帯剣した状態できちんと動けるかを確認する。
うん、大丈夫そうだ。少なくとも、訓練のときと違う感覚はない。
「あれ? ヨウスケさん、剣持ってるー! どっか遊びに行くの?」
軽く準備運動をしていると、後ろから声がかかる。見ると、モネがストラさんを抱えて立っていた。察するに、王女様から使用人の人たちの邪魔になると追い出されたのだろう。少し先には草原に寝転がり、また寝始めたサイカさんも見えた。
「ああ、遊びに行くわけじゃないよ。アルトが近くの魔物を討伐しに行くらしくて、俺も実戦経験を積もうか、って話になったんだ」
「えー、なにそれ! 楽しそう! あたしも行きたい!」
「別にいいけど……、さっき酔ったって言ってたよな?もう平気なのか?それに危ないし……」
「吐き気は治った! で、危ないって言うけど、アルトさんがいるんでしょ? それに、あたしが居ればドラちゃんもいるし、むしろ一緒に行く方が安全じゃない?」
確かに、初めてモネと会った日のストラさんはそれはもう強かったし、いざというときも頼もしい。俺たちにとっては初めての実戦な訳だし、戦力は多い方が心強いだ ろう。
まあ、そのいざというときが無いのが1番なんだけど……。
「……わかった。じゃあ、一緒に行こう。ただ、危ないと思ったら絶対にストラさんかアルトを頼ること!」
「イエッサー!」
「よし」
ビシリとモネが敬礼をし、大きな声で返事をする。ストラさんは大きな欠伸で返した。
しかし、あれだな。こうしていると、元の世界での妹とのやりとりを思い出す。
まあ、妹とはもっと仲が悪かったから、こんな風に俺の言うことに反抗せずに聞いてくれはしなかったんだけど……。
こうして、俺、アルト、モネにストラさんの4人……3人と1匹で、昼食中の安全確保係をする事になったのだった。
車に轢かれて治癒の能力をもらったけど、幼馴染を捜しに帰りたい 尾石井肉じゃが @014129jaga-2416
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