幼なじみの執着
NTR竹
独占欲
「香子、これを」
手渡されたのは、一通の封筒。なんだろうと思いながら中を見ようとすると、忠明に全力で止められた。
「ばかっ! ここで封を開ける奴があるか!」
「え? わたしへの手紙じゃないの?」
きょとんとすると、忠明はあきらかに目をうろたえさせた。
そして、らしくもなく口をもごもごさせながら
「いやまあ、たしかにお前宛てなんだ。お前宛てなんだがな……。その、だれもいないところで、開けてほしい」
それじゃあ、と、去っていく忠明の背中を見送ると、友達が二、三人よってくる。
「みーちゃった」
「ねーねー香子。それなに? もしかしてラブレター!?」
「きゃあー! ついに香子と忠明くん、付き合っちゃうの?」
「そんなわけないでしょ。忠明が私にラブレターとか、あるわけないじゃん」
間髪なく茶化してくる友人を無視して、もらった手紙をポケットにしまっておいた。忠明の大事なものらしいから失くさないようにと、わたしなりの工夫。こうでもしないとすぐに物を失くすのは昔からだ。
「それで? どうするの?」
「なにを?」
「ラブレターに決まってるじゃん! もちろん返事はOKなんでしょ?」
「だーかーらー! ラブレターって決まったわけじゃないでしょ?」
忠明がわたしに、ラブレターをよこすわけがないというのは、卑下でもなんでもなく、ただの事実である。そうでもなくては、十六年間、ただの幼なじみでいられるはずがない。忠明にとってわたしとは、腐れ縁に他ならないのだ――。
「とはいってもですねー。やあっぱり、期待しちゃうんですよ。女の子はこういうの」
家に帰り、机の上にポケットから忠明の手紙を取り出して、一人呟いた。気分は無論、天にも昇りそうな心地である。
文房具入れから、ペーパーナイフをとりだし中の便せんを破かないよう、そーっと刃を入れる。
「忠明が手紙くれるとか、幼稚園以来じゃない?」
びりびりと紙が裂ける音を聞きながら、昔を思い出した。
忠明は今でこそ、剣道が強いことで有名人の、クラスの人気者だが小さい頃は、それはそれは奥手で、いつもわたしのとなりで、あうあう言っているような子どもだった。わたしはそんな忠明がお気に入りで、遊ぶときはいつも忠明を連れまわしていた。かくいうわたしも、小さい頃はこんな地味で大人しめの女子ではなく、元気いっぱいに外で遊ぶ方が好きな女の子だった。
「かおるこちゃん、これ」
それが、わたしが人生で初めてラブレターをもらったときの台詞だった。
頭の上に、はてなを浮かべながらも、小さな胸をときめかせて白い封筒を受け取ると、忠明は顔を真っ赤にしてぴゅーっと逃げてしまったのは今でも覚えている。
『かおるこちゃんへ
ぼくは かおるこちゃんがすきです。ほかのだれよりすきです。だからぼくとつきあってください
ただあきより』
思えば、だいぶませた内容だったけれど、あの時から忠明は周りより物覚えが早かった。幼稚園生ながら、拙い字だけれど一つも間違えずにひらがなを使いこなしていたのだから。
そして、幼稚園生のわたしはというと、ちょろかった。
「忠明があのころから顔が良すぎるのもあるけど~。なーんでわたしはあんな、こっちが恥ずかしくなるような手紙で好きになっちゃったんだろ」
そう。わたしはラブレターをもらったあの日から、忠明が好きだ。忠明と話すとき、忠明の匂いが鼻孔をくすぐればドキドキするし、忠明の声変わりした低い声で呼ばれたり、体がちょっとぶつかっただけで心臓は跳ね上がるし、なにより、恋愛小説を書くとき、考えるのはいつだって忠明のことなのだ。
そして忠明を意識するようになってから十一年。なんの進展もないまま、わたしはもうすぐ高校二年生を迎える。
「それもこれも、わたしが悪いんだけどね。忠明に返事を書かずに、今日まで放置し続けちゃったんだから」
ピッと完全に封を切り、ペーパーナイフを置くがすぐに中身には手を出さず、過去の後悔に想いを馳せる。
忠明の手紙に返事を書かなかった理由、それは単に照れくさかったから。思えば忠明に手紙をもらったときからかもしれない。物事は白黒つけなくては気が済まない性格だったわたしが、引っ込み思案で少し口下手になってしまったのは。
忠明に手紙を渡されて、恋とか愛とかそんなもの知らなかったわたしは、嬉しいような、どうすればいいかわからなくてちょっと迷惑なような、初めての感情が大量に押し寄せ処理しきれず、結果手紙の返事を保留するという選択肢をとってしまった。あとから忠明のことが好きだと気づいたときには、月日が経ちすぎて手紙の話を蒸し返す勇気など存在しなかった。
「バカだなぁ、わたし」はあ、と大きなため息をついた。
思い出すだけで恥ずかしい。時が解決してくれるだろうと甘えて、人の真剣な告白をなかったことにしてしまうなんて。
それでも忠明は優しかった。
呼び方も身長も二人の距離が少し変わってしまっても、返事をせかさず十一年間。ただの幼なじみでいてくれるくらいには。
まあ、あんな小さい頃の手紙なんて、忠明自身忘れている可能性の方が高いが。
「そういえば、今日の手紙も白い封筒……」
ハッと急いで中を開く。もしかしたら、もしかすると
『香子へ 明日の放課後五時に、体育館裏に来てほしい 忠明』
「……やっぱり忠明は、優しいな」
こんな自分に、もう一度チャンスをくれた。ならば応えるしかない。
「忠明! ごめん。待った?」
「香子」
振り向いた忠明は、首を持ち上げないと顔をちゃんと合わせられないほど背が高い。改めて思うことでもないが。
「待ち合わせは五時だと手紙に書かなかったか?」
「忠明を待たせたら悪いと思って早く来ちゃった……。でも忠明の方が上手だったね」
「改めて言おうとすると……緊張してしまって。気持ちを落ち着かせようと早く来た」
「え、もしかして、やっぱり」
どうしよう、と急に心音が上がっていくのを感じると同時に、忠明は形のいい唇で、フッと美しい弧を描いた。細められた瞳に映っているのは、わたしだけ。
「あのね、忠明。わたし、あやまらないと……!」
「いうな」
突然、忠明の香りがぶわっと全身を包む。頭ごと力強く忠明の胸に押し付けられ、息をするのが苦しいくらい抱きしめられた。
「ちょ、忠明、急にどうしたの」
「好きだ。香子」
その一言で、わたしは抵抗するのをやめてしまった。忠明も、少し力を緩めてくれたが代わりに抱擁する腕がひどく震えている。
「好き、って、その」
「俺はお前に、恋をしている。小さいころ、一緒に遊んでいたときから、ずっと」
「それじゃあ、あの手紙は嘘とか気のせいじゃなくって……!」
「あの手紙? ……ああ、覚えてくれていたのか。初めて渡したラブレター。まったく、いつまで経っても返事をくれないから、てっきり忘れられているのかと思ったぞ」
「本当にごめん。あの時はまだ、忠明のこと何とも思っていなかったから、なんて返せばいいのかわからなくて」
「あーあ。あの時の俺はフラれていたということか。十一年越しとはいえ、ショックだな」
心底残念そうな声で、だけど余裕そうな表情でわたしを見てくる忠明。その目は期待に満ちている。
「ラブレターの返事は今きかせてもらったから、許す。それで? 今の俺の告白の返事はまだきいていないのだが?」
忠明の目を、そらしたくなるのを堪えてジッと見つめ返す。
心臓が、今までで一番うるさい。だけど、そんなの構っていられない。
十一年間、忠明を待たせているのだから。
「……好き。わたしも、好きだよ忠明」
忠明は一瞬、泣きそうな顔になり、そしてとびきりの笑顔で言った。
「その言葉が、ずっと欲しかった」
再びめいっぱい、わたしを抱きしめるが、その腕の温もりは、優しかった。
嗚呼、香子。ずっとこの時を待っていた。
腕の中にとじこめた香子の温もり。長年手に入れたかった温もり。
香子のことはだれよりもよく知っている。天使のようなはにかみも、鈴を転がすような声も、小説家という夢に向かってひたむきに努力する姿も。もちろん、本当は幼稚園の時にわたしたラブレターの返事がどうしても書けなくて今まで放っておいてしまっていたことも全部だ。
それでも、香子のことが好きだから彼女の気持ちを尊重しようと思って、あえて返事は要求しなかった。
あの時までは。
三日前、朝練の為に早く学校に着くと、香子の下駄箱から白い紙の角がのぞいていた。
その瞬間、激しい憎悪と嫉妬心に駆られて、今すぐその紙を引き抜きビリビリに破ってしまいたかったが、剣道で鍛えた精神統一を以て、なんとか平静を保ち、その四角い紙の入口に手をかけた。
『北城さんへ 話したいことがあるので、○月×日の五時に体育館裏に来てください △△より』
それからの行動は早かった。すぐさまその名前の人物の学年クラス、出席番号や部活動から趣味まで徹底的に調べ上げ、香子に少しでも近づけばいつでも脅せるように動向を三日間見張った。
そして、香子に近づくものには容赦しない――これが、仕上げだ。
「香子、愛してる」
「わ、私も……」
トサッ
香子からの、「愛してる」をもらった瞬間、地面に膝をつく音が聞こえた。
その方向に視線をやると、ここ数日観察していた男子生徒が――こちらを絶望したような顔で見ていた。
香子の頭をぎゅっと抱えて、見えないようにしてから、薄く口角をあげてみせた。
『オレのモノ』
幼なじみの執着 NTR竹 @carone
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