2021年
渋谷。夜。人混み。電車に揺られて、馴染み深いこの街までもどってきた。ここから私鉄に乗り換えれば家までそう遠くはないが、手に入れた本を早く読みたくて我慢できず、渋谷駅で降りたのだった。慣れた道を歩き、宇田川町まで足を伸ばしていつものカフェに入る。
春コミの帰り道だった。今クール放送されていたアニメにどハマりし、気付いたら二次創作を漁る生き物と化していた私は、神々の創作物を手に入れるべくお台場まではるばる足を伸ばした。欲しい本は大方無事に入手することができて、幸せな帰路だった。
その中でも特に楽しみにしていた一冊がある。自分の推しカプの書き手さんの中でも特に素晴らしい文章を書く人の新刊だ。Pixivに投稿されている文章は全部読んだし、時々アップされるブログも欠かさずチェックしていた。それくらい、その人の書く文章は全ておもしろかった。内容はもちろん、表現力も、なにもかもがずば抜けていると思った。
だから、今回の新刊もとても楽しみにしていた。開場してまっさきにスペースに向かって、ありったけの思いを込めたファンレターを僭越ながらお渡しし、既刊も新刊も全部買ったのだ。待ちに待った本が今、手元にある。夢中になってページをめくった。
「お、おもしろかった……」
今回は、もし二人が現代の東京にいたら?というパロディで、ふたりの出会いは偶然にも、今自分がいるこの渋谷だった。
渋谷で声をかけられた主人公は、初めそれをナンパだと判断して無視を決め込む。だが男が急に泣き始めるので放って置けず、コンビニでコーンポタージュを買い、男が落ち着くまで話を聞く。主人公は絆されてそこで身体の関係を持つが、その後意気投合して二人は定期的に会うようになり、次第に惹かれあっていく。
「どうしてこんな最高な話が書けるんだ……」
あらすじをかいつまんで説明しようとすると、素晴らしい部分が全て抜け落ちてしまうような気がしてもどかしい。とにかく最高だったのだ。出会ってすぐ身体の関係を持つ部分ははすこしヒヤっとしたけれども合意の上だったし、二人がだんだんと距離を詰めていく様子も、最初に泣いていた理由を打ち明けるシーンも(実は男には事情があったのだ)、胸が締め付けられて仕方なかった。終わり方は言わずもがなである。最初に渡したコーンポタージュも後々意味を持ってきて、あの時コーヒーでもココアでもなく、コーンポタージュである必要があったのだと思わされる構成になっていた。
この人の書く文章はいつもそうだ。ただ「萌え」を詰め込んだだけではない。読み終えた後の心地よい疲労感は、例えるなら、密度の高い映画を一本見終えたあとのようなそれだった。描かれる感情の動きははいつも、本当にそういう二人が実在していて、その中身を直接見てきたかのようにリアルで、説得力がある。本当に、どうしてこんな話が書けるんだろう。
今回の新刊も最高だった。家に帰ったらもう一度読もう。帰りにコンビニでコーンポタージュを買って帰ろう。すっかり満ち足りた気持ちになった私はカフェを出て、駅へと向かった。
上書きと救済 狐 @wreck1214
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