縁あれば『世界』 -2-

 ツヅリを連れて大通りへとやって来た。


「さて、どうするか?」

「では、お礼の品を見に行きませんか?」

「お礼? ……あぁ、アレか」


 今回、俺たちのことに多くの者たちが協力してくれた。

 カンパをしてくれたり、ディナーの準備に助力してくれたり。

 そんな人たちに「お礼を持って挨拶回りしないとな」なんて話をしていたんだ。


 確かに、ちょうどいいかもしれない。

 ツヅリと二人でいいものがないか探してみるのは。


 とはいえ、俺はスーツに指輪と結構な額の買い物をしてしまったから持ち合わせが心許ない。


「わたしたち二人がお世話になったみなさんへのお礼ですから、これは離婚相談所エターナルラブの経費で購入しましょう」

「え? いいのかよ?」

「はい。わたしも、ちょうど家賃収入を得たところですし」


 そう言って、金貨を一枚取り出すツヅリ。

 ……金貨って。


「というのは建前で、わたし、お父様やお母様からいただいたものをずっと無駄にしてきてしまったので、これからは有効に使ってあげたいなと思ったんです」


 長い間に送られてきた金銭や贈り物は、すべてツヅリの部屋で開封もされずに積み上げられていた。

 そのことに、ツヅリは少し心を痛めているのだろう。


「それから、可能な限り『おねだり』ということもしたいなと。なんといいますか……親子っぽいことを、これからはもっと、自然に、普通に」


 子供が親にお小遣いをもらうなんてのは、どこの家庭でもあることだ。

 結婚資金を両親が援助するなんてケースも往々にしてあることだし、経費だというのであればその厚意に甘えてしまうのもいいだろう。


「なら、これから仕事を頑張って、相談所に利益を還元しなきゃな」

「はい。このお金は、これからの当相談所への投資です。……それで、いいですか?」


 ツヅリの家なら、金を出すのは男の役割という風に教わっているかもしれない。

 だからこそ『経費』ということにしてくれているのだろう。実質ツヅリの金だしな。


 まぁ、金を出してカッコつけたいって気持ちもないではないが……



 俺の最優先事項は、ツヅリが気持ちよく心から笑っていられる状況を作ることだ。



 ツヅリがそうしたいなら、俺の見栄やプライドなどどうとでもなればいい。


「じゃあ、熨斗紙に『エターナルラブ』って書いて渡しに行かないとな」

「熨斗紙ってなんですか?」

「俺の故郷ではな――」


 そんな話をしながら、俺たちは大通りに並ぶ店を眺めて歩いた。


「この辺は指輪を買った時に来たな」

「この付近のお店は結構お値段が張りませんか?」

「値段のことは考えてなかったよ。とにかくツヅリに似合いそうなものを探したんだ」


 ……嘘だ。

 予算のことはばっちり頭に叩き込んであった。

 買えないくらい高いのはもちろん、安過ぎるものも避けたかったしな。


 まぁ、デザインを重要視したってのは本当だが。


 そんな話をしていると、ツヅリが指輪をそっと撫でてはにかむ。


「ありがとうございます。とっても可愛い指輪で、わたしすごく気に入っています、よ?」


 なんだその語尾の疑問系と上目遣いのコンボ。

 可愛いの値がカンストしてんのか、お前は?


 気に入ってくれているのは本当らしく、ツヅリはあの日からずっと俺の贈った指輪を身に着けてくれている。

 ツヅリが動く度に光を反射して、少々面映ゆい。


「アサギさんはセンスがいいですから、お礼の品も選んでもらいましょうか」

「いや、ツヅリへの贈り物はともかく、ティムたちが気に入りそうなものなんか考えたこともないぞ」

「アサギさんからの贈り物でしたら、きっとどんなものだって喜んでくださいますよ」


 それはそれで、なんか嫌なんだけどな。


「こういう時は、どのようなものが喜ばれるのでしょうか? わたし、誰かに何かを贈るという経験がほとんどありませんで……」

「まぁ、引き出物ってわけじゃないんだから、もっと気楽に選んでいいと思うが……やはり消え物がいいんじゃないか?」

「消え物、ですか?」


 かつて、食器などの『割れ物』、ハサミなどの『切れ物』、お菓子などの『消え物』は、縁が割れる、切れる、消えるということで祝い事の返礼品としては避けた方がいいと言われていた。

 だが、最近ではそこまで気にすることもなくなり、有名ブランドの食器や、もらう方に負担が少ない消え物は人気の引き出物となっている。

 刃物だけは今でも敬遠されているけどな。もらっても困るし、ハサミやナイフなんて。


「普段は買わないような、ちょっと豪華なお菓子とかが喜ばれやすいんじゃないかな」

「そうですね。確かに、わたしもいただく立場なら嬉しいかもしれません」


 形が残るものは重かったり、趣味が合わなかったりするからな。


「あとは、自分がもらうと嬉しいものを贈るのがいいだろう」


 自分が欲しくもないものを贈るのは避けるべきだ。

 気分が乗らないし、感謝が伝わりにくい。何より、興味のないものに関しては情報が不足していることがほとんどだからな。


「わたしが好きで、消え物……お菓子…………はっ!?」

「サツマイモのベーグルだと、たぶんカナとティムは喜びにくいと思うぞ」

「はぅ……そうですよね…………どうして分かったんですか!?」


 いや、分かるよ。嬉しそうな顔してたし。

 たくさん買えばカナが喜ぶだろうなぁとか考えてたんだろ。


「……やっぱり、アサギさんはエスパーなのでは?」


 まだ尾を引いてるのか、その疑惑?


「ぶらっと見て回って、いいものがなければベーグルの詰め合わせにしよう。それで、カナとティムには別の何かを贈る」

「そうですね。みなさん同じにする必要はないですもんね」


 おそらく、最終的にカナに頼んでベーグルの詰め合わせになるのだろう。

 だから、気楽にツヅリとショッピングを楽しむさ。

 雑貨屋やスイーツの店を覗いて、気が向けば服屋なんかも見たっていい。


「じゃあ、行くか」

「はい!」


 肘を曲げれば、そこへ腕を絡ませて身を寄せてくる。

 そんな特別感を味わいながら、俺たちは二時間ほど大通りをデートした。





「すみません。結局買ったのは、お父様とお母様のお茶碗だけでしたね」


 雑貨屋で、ツヅリが両親へお揃いの茶碗を買った。

 一目見て、両親にプレゼントしたいと思ったのだそうだ。


「きっと喜んでくれるよ、あの二人なら」

「えへへ。だと嬉しいんですけれど」


 もらってばかりだったツヅリが、贈り物を買った。

 受け取った時の相手の顔を想像でもしているのだろうか、頬はずっと緩みっぱなしだ。


「プレゼントを買うのって、楽しいですね」

「じゃあ、折に触れて買いに来るか」

「はい。記念日をたくさん作りましょう。いくつ作ったって、自由なんですから」


 にこにこと、ツヅリは嬉しそうに言う。

 その顔を眺めながら、「じゃあ、もっと稼がなきゃな」と打算的なことを考えつつ。


「アサギさんには、申し訳ないと思っているんです」

「ん?」


 急に、ツヅリが声を落とす。

 申し訳ない?


「わたしの両親と、フロアが違うとはいえ、同居することになってしまって……おまけに、いつもご迷惑をおかけしてしまって……」


 不安げな瞳が、こちらをそろっと窺う。


 付き合い始めた翌日に、いきなり彼女の両親と同居が始まった。

 そう聞けば、とんでもないことなのだろう。


 そういえば、日本で受け持った相談者の中に、『結婚後両親と即同居』というのを唯一の条件として提示してきた女性がいた。

 ただ一つにして、最大級の爆弾――あの時の俺はそう思っていたんだよな。


 けど。


「迷惑じゃない。だから、謝る必要もない」


 実際自分がその立場に立ってみれば、なんてことはない。


「結構、楽しんでるから。俺も」


 賑やかで、妙に落ち着く。

 今まで感じたことがなかった『家族』ってものの仲間に入れてもらえたような、そんな気分になることだってある。


「まぁ、度が過ぎたら手が出るけどな」


 とはいえ、全部を全部許容してやるつもりはないけれど。


「では、その時はわたしも加勢しますね。『お父様、言うことを聞かないと、おしりぺんぺんですよ!』って」


 眉を精一杯吊り上げて、似合いもしない怒り顔で平手を振り上げ、そしてくすくすと笑い出す。

 自分でも似合わないと思ったのだろう。


 笑うツヅリを見ていると、不意に腹が鳴る。

 買い物は進んでいないが、そろそろ飯時だ。

「何か食いに行くか」と言おうとした俺に、ツヅリは突然抱きついてきた。


「わたし、アサギさんと出会ってから、『楽しいなぁ』『嬉しいなぁ』『あぁ、幸せだなぁ』って思うことがいっぱいありました。たくさん、幸せをもらいました」


 囁くような小さな声が耳元でして、世界中のどんな音よりもはっきりと聞こえてくる。


「だから、これからはわたしがアサギさんに幸せをたくさんプレゼントします」


 今以上に、か?

 それは、きっとすごく大変だぞ。


「でも、わたしはきっと、プレゼントがまだまだへたっぴで、上手に出来ないと思います。なので――」


 ふわりと風が舞うように離れていくツヅリの頭を視線で追いかけると、大きな瞳がこちらを見上げて、太陽の光を閉じ込めたかのようにキラリと輝いた。



「これからも、もっともっと、わたしを幸せにしてくださいね」



 抱きしめずにはいられなかった。

 往来だろうが、誰が見ていようが関係なかった。

 見たければ見ればいい。


 俺にとっては、今この腕の中の温もりを全身で感じることが一番重要なことなのだ。



 ――とはいえ。


 人が大勢行き交う往来だ。

 誰に何を言われたわけではなくとも、冷静を取り戻せば人目も気になる。

 冷ややかな視線より温かな視線がむず痒くて――おそらくツヅリも同じように感じたのだろう――俺とツヅリは同じタイミングで同じ距離だけ、それぞれ後方へ飛び退いた。


「あ、あぅ……ぁの…………」


 ツヅリが、つむじから湯気を立ち昇らせている。

 ヘアテールが恥ずかしそうに見悶えている。


 ……くくっ。


「あははは」


 思わず笑ってしまった俺を見て、ツヅリが「もう!」と怒って頬を膨らませるが、そんな顔は長続きせず、すぐに吹き出し笑い始めてしまった。


 二人で笑って、目尻に涙を浮かべて、頬の筋肉が痛み出した頃、俺はツヅリに提案する。


「ツヅリ。そろそろ飯にしよう。買い物はその後だな」


 笑ってそう言った時――



「カサネさん、食事に行きましょう。僕、お腹すいちゃいました」



 懐かしい声が聞こえた。……気がした。


「え?」


 振り返ると人ごみの向こう。

 遠くてはっきりとは見えないけれど――見覚えのある人影が見えた。



 あぁ……

 よかった。


 本当に、よかった。



「アサギさん。どうかしましたか?」


 急に振り返った俺に、ツヅリが声をかけてくる。


「……いや。なんでもない」


 声をかけたい気持ちはあった。

 けれど、あいつの隣には深い紺色の髪をした楚々とした女性が寄り添っていた。


 邪魔しちゃ、悪いよな。


「ようやく、いい縁に恵まれたようで、よかったなって」

「ご縁、ですか?」

「なんでもないよ」


 大丈夫。

 今はすれ違っても、大丈夫。


「それよりどこか行きたいところはあるか? ツヅリの好きなものを食べに行こう」

「そうですねぇ……。では、トカゲのしっぽ亭に行きたいです」

「結局そこかよ」

「はい。わたしたちの思い出の場所ですから」

「ごふっ! ごほっ、ごほっ! ……間違ってないけど……照れるっ」


 笑いながら、大通りを歩く。

 胸の奥に、とある確信を抱いて。



 縁があれば、いつかまた、きっと、どこかで。

 再び会えることもあるだろう――と。











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縁、解く。異世界離婚相談所~現世で999組を成婚させた末、異種族夫婦の離婚問題に取り組みます~ 宮地拓海 @takumi-m

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