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「おはよう」
朝食の準備をしている、黒髪に紫色の目をした女性が、キッチンの向かい側に見える扉から出てきた男性に向けて言葉を投げる。
光にすかせば、赤色にも見える茶色の髪に、赤い瞳の男性は、「おはよ」と言葉を返した。
彼が、黒髪の女性に近づき、彼女の肩に顎を乗せる。
「朝ごはん何?」
「食パンの上に、レタスとトマトと、目玉焼きを乗せたやつと、コンソメスープ」
トマトを淡々と切る彼女から顎を離し、顔を洗おうと洗面器へ向かう途中、
「目玉焼き、黄身何個がいい?」
と聞かれる。
「うーん」と悩んだ末に、彼は
「二個がいいな」
と答える。彼女は「わかった」と一言告げ、また朝食の準備に集中した。
慣れたように会話をこなすこの二人は、同棲してまだ一ヶ月しか経っていないカップルだ。
お互い古くから知り合ってはいたが、まともに話すようになったのは今年に入ってからだ。
「「いただきます」」
綺麗に声を揃えると、自分の食事に手を付ける。
「あ、そういえば占い」
彼女が思い出したように立ち上がると、宙に浮かぶモニターでテレビをつけて、チャンネルを4へと合わせた。
テレビの端には、ご丁寧に6:59と時間が記されている。
「愛華、本当にその占い好きだね」
「だって、面白いでしょ?こんなの、今時誰も信じないって言うのに、律儀にやってるんだもの。内容がめちゃくちゃでも、なんだか見たくなっちゃって」
紫色の瞳が、彼の赤色の目と合う。
時間が7:00へと切り替わると、画面は変わって、占いの結果が表示された画面になる。
「あっ。私5位だ。なんだか中途半端」
「可もなく不可もなく、が一番いいよ」
「あれ、もしかして庵、最下位じゃない?」
「んえ!?」
彼――庵が口に運んでいたパンを皿に置き、画面を見れば、自分の星座――牡羊座が、見事12位と、最下位になっていた。
「あはは!なんか、お金の無駄遣いしちゃうんだって。気をつけなよ庵?」
「信じてない、とは言ったけど。最下位って言われるとなんかショックだな……」
――そういえば、今日は考古学を選んだ人だけ授業に行くんだっけ。
――一番行きたかった天文学が、人数オーバーによる抽選で見事はずれて、仕方なく考古学を選んだら、この有様だ。
――今日の運勢……といえば違うかもだが、なんだか頭の中で今起こっている不幸と繋げたくなってしまう。
「庵、今日考古学だっけ?」
「そ。結構面倒なんだよね。主に同じのを選んでる人が」
「ああ……まあそういうのあるよね。頑張って」
彼女――愛華が苦笑いを浮かべながら、彼にそう声をかける。
お互いに朝食を取り終わると、庵は学院へ向かう準備をし、玄関へと向かった。
「じゃあ、いってらっしゃい」
「うん。いってきます」
新婚のような挨拶をし終えると、愛華は食器を洗浄機に入れて、暇つぶしにと予習を始めた。
「んえ……薬学……しかも擬似頭痛薬って、難しいやつだ」
なぜ選んだのかと毎日のように後悔する薬学が、今回の予習の範囲に入っているのを知り、早々にウィンドウを閉じようと愛華の右手が動く。
すると、電話の着信音と共に、新しくウィンドウが目の前に表示された。
「……美月?」
電話をかけてきたのは、愛華の親友の一人、美月だった。
「もしもし?」
『あっ!もしもし~!美月だよ~』
「うん、それは名前見たら分かったよ」
元気でノリの高い彼女の声に、愛華の僅かに残った眠気が吹き飛んだ。
「それで、どうしたの?」
『えっとね~。今苑雅と一緒に2-4区で新しく出来た商店街行こうと思ってたんだけど、愛華も来ない?』
「2-4区……ああ、パッサージュみたいなところの」
『そうそう!』
――2-4区。ここから30分くらいのところだっけ。
「うん。予習する気も起きないし、いいよ」
『やった~!じゃあ、苑雅と一緒に2-4区の駅前にある時計塔の前で待ってるね!』
「はーい。じゃあまたあとで」
そうして、愛華は浮かんでいるウィンドウを全部消して、出かける用意をし始めた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「おまたせー……って、あれ、美月は?」
愛華が時計塔に着いた時、そこにいたのは一人だけだった。
「ん。なんか、向こうのカフェで、オープン記念として数量限定のバッグを配布してるみたいでさ。それ取りに向かった」
「相変わらず気分屋だね、美月」
時計塔のふもとにある鉄柵に腰をかけて待っていたのは、愛華のもう一人の親友である苑雅だった。
茶色で、右側だけが長いショートカットの髪形。藤紫色の、キリッとした目つきをしている。
服装もシンプルで、パーカーにジーパンと、男らしい姿見だ。
「美月が、『もし愛華きちゃったら、先に回ってていいよ』って言ってたし、行こうか」
「そうだね、時間ももったいないし」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「わあ……!これ、すっごく可愛い!ねっ、苑雅にもきっと似合うよ!」
「い、いや。可愛いのは愛華が着けたほうがいいよ。私には似合わないって」
愛華がキラキラと目を輝かせながら、洋服を手にとっては苑雅に着せようとしていた。
「苑雅綺麗な顔立ちしてるから、絶対似合うと思うんだけどなあ」
「その言葉は嬉しいけど、私可愛いものに抵抗あってさ……」
傍から見ればただのカップルなこの二人を遠目から眺めているのは、先ほどまでどこかへ行っていた美月だった。
カチューシャに、外ハネの茶髪をしていて、七部袖の深緑のワンピースを着た彼女は、チラチラと二人を見つつ、鼻歌を歌いながらピアスを選んでいた。
「み、美月。愛華のこと止めてよ」
「え~なんで?いいじゃんラブラブで。付き合えばいいのに」
「愛華には庵がいるでしょうが」
苑雅が美月と話していながらも、愛華は苑雅に似合う服を選ぶのに熱中していた。
「ま、愛華。可愛い服は私が髪を伸ばしたらね?ね?」
「この前も同じこと言って、結局伸びてないでしょ」
「うっ……それは、そうなんだけどさ……」
結局、苑雅は愛華が買った服を強制的に貰わされ、「どうしよう」と苦言を漏らすことになった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「はぁ~~!楽しかった!久しぶりに三人で遊んだね!」
美月が大量の紙袋を手に持ちながら、くるっとこちらを向いた。
「そういえば、四月以来だっけ。だから……二ヶ月ぶりくらいかな?」
「だな。相変わらず、誘ってきたのは美月だったが」
「二人とも、私が声かけなきゃずっと家で実験してるじゃんか。外に出させてあげてるんだから、感謝して欲しいね!」
「「誰も頼んでない」」「がな」「けどね」
「辛辣すぎない?」と少し頬を膨らませて、拗ねた顔をする美月を見て、くすっと笑う。
三人はそれぞれ別の道で帰るため、駅で分かれると、各々の帰路に着いた。
電車に揺られている最中、目の前にウィンドウが表示された。
美月からのメールだった。
『今日は来てくれて本当にありがとう!^ー^ おかげでめっちゃ楽しかった!
私が渡した紙袋に、庵の分のお菓子入ってるから、お土産として渡してあげて!
じゃあまた学院で!』
――美月にしては、珍しく気の利いたことするんだなあ。
家の前まで来ると、丁度学院から帰ってきた庵と会った。
「庵、随分帰り遅いね。もう6時だよ?」
「いや、ちょっと面倒な後輩に絡まれてさ。断るのもなあって付き合ったらこれだよ」
「断れないところが庵らしいね」
玄関の扉を開けて、「ただいま」とお互い癖で声を上げる。
「愛華、どこか買い物に行ってたの?」
「そうそう、美月と苑雅と一緒に」
庵は「ふぅん」と気の抜けた返事をして、夕飯の準備に取り掛かる。
「あの子、そんなに余裕かまして大丈夫なのか?」
「ん?庵、何か言った?」
「……んにゃ、なにも」
美月から渡された紙袋の中には、庵宛てのものもあったが、付いて来た手紙には、『明日お金返してね!』と一文添えられており、庵は頭を抱えていた。
紫陽花のアイロニー amaya @Sugarmagic
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