終ー幕 君への手紙


「――ああ、あん時かぁ。お前が入院して全部俺に仕事まわってきたんだよなあ……」


 昼休みの休憩時。いつもの様に倉田先輩と昼食を摂りに食堂に行った時の事だった。僕らは二年前の事件の事を久しぶりに話していた。


「ええ。あの時は本当に助かりました。忘れてませんよ」

「いや、そうじゃなくてな? 全部回ってきた、って事は全部見た、って訳よ?」


 倉田先輩はじれったそうにしてみせる。一体何の事を言っているんだろうと訝しんでいると先輩はおもむろに口を開いた。


「……だからほら。お前とジングウちゃんの公開交換日記も見た、って事よ?」

「……あっ……」


 そんな事、今の今まですっかり忘れていた。いやまあでも別に大した事は書いてないし今更だし別に問題はない。しかし倉田先輩はそわそわしながら落ち着かない様子だ。


「それで……最後までちゃんと書いたのか? 投稿は途中で終わってたじゃねえか?」

「え、まあ。投稿せず置いてましたけどこの前小夜子ちゃんに見つかってしまって。結局彼女の端末に転送させられちゃいましたけど……」

「……へぇ……で、どんなの書いたんだ? ちょい、見せてみろよ?」

「……嫌ですよ……なんで見せなきゃ駄目なんですか……」


 すると倉田先輩は訳の分からない事を言い始めた。


「おめ、折角俺が煽って話題にしてやったのに! 別に今更隠さなくてもいいだろ!?」

 僕の頭の中で小夜子ちゃんの投稿についたコメントが思い浮かんだ。


――煽った、って……ひょっとして先輩があのコメントを!? 何してんだ、この人!? というか……僕が入院していた時期に書き込んだのは倉田先輩だったのか!?


「そりゃお前、公開交換日記で愛の告白してりゃ気になる奴は気になるっつーの!」

「こ、告白って……そんな、僕は別に……」

「無自覚かよ? あんなモン見たら世間知らずのお嬢ちゃんなんぞイチコロだろうよ!!」


 そう言うと倉田先輩は唖然とする僕の手元から、僕の携帯端末を掠め取る。

 ニヤリと笑うと倉田先輩は僕の端末を意気揚々と操作し始めた。




◇◇ 君への手紙 終 ◇◇


 僕は物語なんて書く事が出来る人間じゃない。

 何かを伝えたくてもちゃんと伝える事すら出来ない不器用な人間だ。

 君は賢い子だから、多分分かっているとは思うけど。


 人、特に大人は誰だって後悔を胸に抱えて生きている。

 あの時ああすればよかった、こうすれば良かったんじゃないか。

 ちゃんと上手く出来ていればこんな事にはならなかったのに。

 だから僕ら大人はその数を増やさない様に、それを考えて生きている。


 でも、それは間違って居るのかも知れない。

 悪くなるかも知れない事も全部減らそうだなんて、それは大人の理屈だ。

 失敗しない事だけを選ぼうとする、それはきっと古びた人間の考え方だ。

 それは人生が終わりに近づきつつある人間が考える事なのかも知れない。


 だから僕は『間違った事はするな』とは言わない。

 間違える事は幾らだってしていいし、その為に僕ら大人がいる。

 後悔を胸に抱えているからこそ、君が間違えそうになっても指針にはなれる。

 こうすればこんな失敗に繋がるという、反面教師という奴だ。

 だから君は君が望む事の為に、躊躇わずに突き進めばいい。


 正直な処、僕から君に伝えられる事なんて何もない。

 だから僕はいつの時代、大人になった誰もが言う言葉を君に贈ろう。

 きっとこれは先に生きた者が後に続く者達へ託す『願い』だ。

 欲望であり、願いであり、いつも最後には祈るだろう事だ。


 君がいつまでも幸せでいられます様に。

 君がいつも笑顔でいられます様に。

 それを祈り、願っている。




グリード・ディスクリプション(了)

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