第18話 ふたりの帰り道

「そうだよ。今どき、そんな……」

「迷信に惑わされないことと、土地やそこにいる神に敬意を払わないのでは意味が違います」

 

 ビシッと男たちのもごもごした態度を突っぱね、北星は自分たちが行ってきた方向を指した。


うしとらの方角にこの大名屋敷の氏神様の社がある。この大名屋敷に住んでいた一族を調べて、その一族の元に社を戻してあげなさい。それからきちんと神主か陰陽師を呼んで。地鎮祭もきちんと行うように」


 怖い思いをしたせいか、男たちはうんうんと頷いた。

 北星はそれだけ確認すると、真琴のほうに振り返った。


「行こう、真琴」

「はい」


 北星の後ろについていきながら、真琴は少し疑問を抱いた。


「先生はあの人たちをもっと怒るのかと思っていました」

「どうしてだい?」

「あの人たちが神様を敬わず、商売に走っている感じが好きではないのかと思ったので……」

「好きではないよ。でも、ああいう人たちも、生きるのに必死なんだ」


 少し離れたところで立ち上がろうとする男たちに北星は目を向ける。

 

「御一新があって……いろいろと自由になった代わりに、人は決められたことをやっていればいいのではなく、自分で考え、自分で働き口を探さないといけなくなった。それは大変なことだと思う」

 

 そう語る北星の瞳には哀れみがあった。

 真琴は先程の男たちの言葉を思い出した。


“盗みに入る奴も生活に困っていたんだよ。御一新で暮らしが立ち行かなくなってね”


“今の東京も貧民、最貧民がいるけど、あの頃はもっとひどかったからな。支援の手もなかったし。君はいい生活してる子みたいだから、そんな人たちのことは見ることないか”


「……先生、僕は辛い立場の人たちの気持ちはわからないのでしょうか」

「何かあの男たちに言われたのかい?」

「あ、いえ……」


 否定しようとしたが、まっすぐに北星に瞳を見つめられ、真琴は首を振ってからうなずいた。


「ごめんなさい、先生の言う通りです。はい、そうです……」


 素直に認めた真琴の頭を、北星はポンポンと撫でた。


「維新後の状況の複雑さは、大人も理解するのが難しい。真琴は父親と人里を離れて放浪していた分、特に難しいだろう。いろんな立場の人がいるのをまだわからないのは当然だ。これから覚えていけばいい」

「……はい」

「それにおまえに何か言った男たち側だって気持ちが複雑なんだよ。おまえには辛い立場の人の気持ちがわからないかと言っていながら、彼ら自身も、この大名屋敷の人間を笑っていた」


 真琴はハッとして数日前の記憶を探った。

 確かに男たちは御一新のごたごたで大名屋敷の主人は逃げ出すようにいなくなったんだろうと“時代の変化についていけなかった”人を嘲るように笑ってもいた。


「自分たちは違う、時代に置いて行かれてないぞと、不安をかき消すために思いたい。みんなそういう不安な状況にあるんだよ」

「……そうなんですね」


 自分は知らないことが多すぎる。

 そう気が逸る真琴の思考を止めるように、北星はもう一度ポンポンと真琴の頭を撫でた。


「私も出来るだけ教えて行くから、ゆっくり覚えなさい」

「はい!」


 真琴がやる気を取り戻して、ぐっと顔を上げる。


「よし、それでは帰ろう。ああ……今日はもう疲れたし、何もせずにそのまま寝たい……」


 状況が落ち着いたせいか、北星がさっそく怠け出した。


「おまえには帰りに何か買ってあげるから、ご飯はおまえだけで……」

「ダメです。ちゃんと食べてください。先生の分も買って帰りますよ!」


 真琴が北星の背中を押して、店に向かう。

 そこには先程の暗さはなく、いつもの真琴に戻っていたのだった。


                              (一話終わり)

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明治東京妖怪奇譚 井上みなと @inoueminato

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