外伝の2 カツラ転生後編 復讐のカツラ、お前の髪は何色だ

山賊に襲われ、毛も髪も出ずに愛娘を攫われて数日

本来ならばいの一番に助けに行きたいカツラだったが、少々特殊な能力を持っていても所詮カツラ

自分一人では愛娘を助けに行けない苦しみと悲しみに包まれながら、今日も髪棚でキューティクルを失い続けていた



『このままじゃヅラ子を助けるどころか、キューティクルが減って死毛しもうになっちまう』


人間は腹が減れば餓死する、それと同様にカツラもキューティクルを失えば死毛となる

それは当然の摂理で、誰もが知っている常識


頼みの綱の手遅れ先輩モウ・ナッシーは、必ず子髪様をお救いしてきます!と何処かに行ったまま帰ってこない

ちなみに子髪様とはヅラ子の事だが、流石異世界人、ネーミングセンスを疑う


俺は失毛しっしょうしながら全身の四毛ししを地面に投げ出す


勇敢で武勇に長けた手遅れ先輩の事だ

死んではいないと思っていたがここまで帰ってこない所を見るに、もしかしたらもう人生の方も手遅れかもしれない


『カツラ五年、真髪の内をくらぶれば、夢幻の如くなり・・・か』


俺は現代でも有名な織田信長、が忙しい時につけていた髷のカツラを作った名工の子孫の信長さんの親戚のカツラの言葉を意味もなく思い出す


カツラにとっての5年は、真の髪にとっては夢幻のような時間でしかないという意味だったか・・・

思えばプライドが高かった若かりし頃の俺が始めて劣等感を抱いたのはこの言葉のせいだった


『思い出したらイライラしてきたぞ』


やはり俺はこんな所で果てるわけにはいかない

全毛根を死滅させ、愛娘と平和に暮らすその日まで・・・!


『神でも悪魔でも誰でも良い!誰か・・・誰か!』


全毛全霊ぜんもうぜんれいを込めて祈っていると、願いが通じたのか髪棚がゆっくりと開き

髪棚の隙間から緑色の生き物が顔を覗かせる


「キシャ?シャ?」


こいつは確かゴブリンと言ったか?

地球でエリートサラリーマンのカツラをやっていた時に、主がよくしていたゲームに出てきた事がある


緑色の肌に子供程度の身長、だらけきった口からはヨダレが垂れ、気持ち程度の腰巻には小さなこん棒をぶら下げている


あまりに醜悪なその見た目

普通の人間が見れば吐き気を催すそれだが、しかしカツラはそんな事よりも重大な事に気が付いてしまった


『こいつ・・・頭部が大草原じゃねぇか!』


そう、この世界におけるゴブリンには髪という物が存在しない

それはカツラが夢にまで見ていた僕毛計画の果てにある光景


しかしなぜだろう、このなんとも言えない胸に来る感情・・・これは・・・恋?


『いや、単純な同情だろうな』


恐らくこいつらは産まれてから死ぬまで髪という存在を気にする事すらないだろう


ゴブリンは新しいおもちゃを見つけたかのように俺を振り回す


『こいつらがキューティクルを大事にするとは思えないし・・・ははっ、やっぱ俺のカツラ生もここでお終いか』


ゴブリンの頭にのせられながら、俺は絶望に打ちひしがれる


『このまま死ぬにしても・・・何か俺がここにいたという・・・何かを残したいな』


俺は異世界に来て手に入れた特殊能力の一つ、《植毛》をゴブリンの頭に植え付ける

名前からして俺の野望とは真反対だろうし、何よりこの能力は今まで手に入れた毛根を使用する

そして毛根を全て失ったカツラはもはやカツラではない何かもじゃっとした物になってしまう


俺が持っているのは元来カツラに使用されている毛根に加え、手遅れ先輩と山賊Aの毛根、今回山賊Aの毛根を植え付けたので残りは手遅れ先輩の毛根だけとなる


どうせこのまま死ぬんだし・・・という気持ちもあるが、カツラとして死にたいという気持ちもあるのだ


ゴブリンに毛根を植え付けた瞬間、これぞまさに髪の奇跡

大草原が広がっていたゴブリンの頭に、一つの神木がそそり立つ


『ふっ・・・まさか真なる髪の撲滅を願っていた俺が植毛する事になるとはな・・・だが、悔いはない』


後はカツラとして死んでいくのを待つだけ・・・

そう思い思考を停止させていると、ゴブリンに異変が起きる


「き・・・きしゃ・・・ケ・・・ヅラ・・・・ヅラーーーーーー!?」

『な!?何事だ!?』


ゴブリンは唐突に苦しみながら手遅れ先輩の家を飛び出ると、俺を乗せたまま近くの滝にダイブ

一心不乱に髪を洗い出す


《カツラのキューティクルが10回復したぞ!》


『一体・・・何が起きたっていうんだ!?』


確かにゴブリンの異常行動のおかげで俺のキューティクルは回復、毛命けいめいをとりとめた

だが・・・一体何が・・・いや、まさか・・・?


一つの仮説に辿り着いた俺は、手遅れ先輩の家にあるシャンプーを思い浮かべながらゴブリンに植毛する


「づ・・・ヅラーーーー!!!!」


するとたちまちゴブリンは走り出し手遅れ先輩の家からシャンプーを強奪、そのまま俺ごと頭を洗い出す


『こいつは間違いない・・・』


洗脳か洗毛せんもうか、自由自在とまではいかないまでもゴブリンを操る事が出来ている


『これは・・・ヅラ子、今パパうえが助けに行くぞ!!!』


      ◇


草木も眠る丑三つ時

どこから強奪してきたのか、山賊達は今日の戦利品を確かめどんちゃん騒ぎ

少数の見張りを残して宴を開いていた


そして宴に参加できなかった山賊Aは、そんな仲間達を見ながら恨めしそうに欠伸を放つ


「あ~あ、なんで俺がこんな所で見張りなんて・・・最近抜け毛も増えてきたしストレスでも溜まってんのかなぁ」


山賊Aがボリボリ頭を掻くと髪が何束かまとめて地面に落ち、更に山賊Aの機嫌が悪くなる


「大体こんな辺鄙な所に何が攻めて来るってんだ」


山賊Aは悪態をつきながら地面に落ちた自分の髪を拾おうとして・・・そのすぐ傍に緑の生き物がいる事に気が付く

その生き物はニタリと気味の悪い笑みを浮かべると、山賊Aに覆いかぶさる


「え・・・?は・・・?ひ、ひぎゃあああああああああ!?」


おっと、少し派手にやりすぎたか?

俺は山賊Aの悲鳴を聞きつけ近づいてくる松明に毛を細める


「な、何事だ!?大丈夫かモブA!」

「お・・・おい!あれを見ろ!!!」


山賊Bが慌てたように俺達を指さす


「「「「「ヅラ・・・ヅラ・・・」」」」」

「ご、ゴブリンの群れだー!!」


そう、そこには俺が洗毛したゴブリン達が大量に押し寄せてきていたのだ

細かく植毛すればするほど俺の意思通りに動く彼らだが、あいにくと俺の毛根ストックは少なかったので

一匹につき一毛根を進呈した結果、大量の波平ヘアーが出来上がってしまった

それと鳴き声がちょっと変な感じに変わってしまった気もするが、まぁ些細な事だろう


波平軍団に気づいた山賊は、声を荒げながらも余裕そうにアジトの入り口まで移動する


「へへ、やつらは所詮レベルの低い魔物だ、結界石があれば・・・」


入って来れない、これは手遅れ先輩の家に祀られていた時に知った

だが正確にはちょっと違う

俺も手遅れ先輩の家に初めて入った時に知ったのだが、入って来れないのではなくなんか嫌だなという感覚なのだ

だから意志が弱い魔物は結界の中に入る事が出来ないのだが、逆を言うと強い意志があれば入る事は出来る


そして俺はこいつら波平軍団にある毛念しねんを植え付けてある


頭の上でほくそ笑んでいると、一匹の波平が山賊の頭頂部を指差して雄叫びをあげる


「ヅラ?ヅラ!?」

「ノーヅラ!ノーヅラ!」

「け・・・毛毛毛毛毛ー!!!!」

「「「「毛ー!!!!」」」」


その雄叫びはすぐさま他のゴブリンに伝染し、狂ったように山賊目掛けて突撃していく


「う!うわぁぁぁ!?なんだこのゴブリン!?」


流石の山賊もこのゴブリンの変化には驚いたようで、尻餅をついて鼻水を垂らしている

そんな間抜けな山賊の前に一匹のゴブリンが立ち塞がる


「ひ!こ、殺さないで」


この山賊はゴブリン相手に何を言っているんだ?

言葉が通じる以前に言葉という概念すら無いかもしれない存在だぞ?


まぁだが心配はしなくて良い、何度も言うがこいつらには俺の毛念を植え付けているのだ

こいつらが今欲しているのは決して人の血肉などではなく・・・


そんな俺のドヤ髪と共にゴブリンが山賊の頭にかぶりつく


「ひい!く、食われ・・・あ、あれ?」


死を恐れていた山賊が不思議そうな表情を浮かべたが、続く凄まじい頭部の痛みに再び顔を歪ませる


「ジュル、ジュルルル!!!」

「いた!いたたたた!?何!?なんで吸われてんの!?誰か!誰か助けろぉ!!」


山賊が助けを呼ぶが、そのあまりに異様な状況に誰一人として動くことが出来ない


やがてジュルリという音と共に山賊が痛みで気絶、白目を剥いて倒れた山賊の頭部は・・・見事な大草原が広がっていた


「「「「「毛ー!!!毛ー!!!!」」」」


山賊の髪を吸い尽くしたゴブリンが勝利の雄叫びをあげると、山賊B.C.D達が顔を青くする


「ひ!こいつら・・・食毛族だぁ!!!」


膝を震わせながらも逃げようとする山賊達の頭部に次々とゴブリンがしゃぶりつく


ちなみにこの時点で食毛族とかいう種族は無いが、後に王国では恐怖の代名詞として語られる事になるがそれはまた別の話だ


兎にも角にも波平軍団もとい食毛ゴブリンの出現に山賊のアジトは阿鼻叫喚

至る所で毛が散る中、ゴブリン達が目的の人物を連れてくる


「っはなせ!薄汚いゴブリン共!!」


見間違えるはずもない、ヅラ子を連れ去ったアバズレだ

こいつに復讐する日をどれだけ待ち望んでいたか・・・!


だが焦ってはいけない、まずはヅラ子の居場所を聞き出さなくては・・・


俺はアバズレに毛線しせんを向ける


『・・・・どうやって?』


生憎と俺はカツラだから話す事は出来ないし、頼みの綱のゴブリンも言葉なんて理解していない


しばらく無言でアバズレを見ていたがもう良いや、まずはこいつの毛根をいただくとしよう


俺がゴブリンに植毛すると、アバズレを捕えている二体のゴブリンがアバズレの頭を無理矢理下げさせる


「なぁ!?この山賊王たるアタシを跪かせるつもりか!っく、ひと思いに殺せ!」


その言葉は少なくとも山賊の台詞ではないぞ?

そう思いながらもアバズレの上に俺を置かせる


「ひぎゃ!?何だこのヌメッとした物は!?」


ヌメッととは失礼な

確かに最近キューティクル不足ではあるが、いくらなんでも失礼だろうに


アバズレの言葉で不機嫌になりつつも俺は毛根を吸収していく


「な・・・何!?何が起きてるっていうんだい!?」


アバズレが半狂乱になっているが良いザマだ、このまま全ての毛根を・・・!?

毛根を吸いつくそうとした所で、不思議な力に阻まれる


『そこまでだぜ?異界の髪さんよぉ・・・』

『な!?何者だ!?』


慌てて周りを毛渡すけわたすが、アバズレとゴブリン以外に生き物の気配等存在しない

・・・気のせいか?

いや、そうか・・・異世界だとそんな事もあり得るのか・・・!


『お前、アバズレの髪だな?』

『ご名答、私こそがこの女の髪・・・名をサンオウカミ』


得意気な声を俺の毛に響かせるサンオウカミ

まさか髪が喋り出すとは・・・流石は異世界、なんでもありってか!


だが言葉が通じる相手が出てきたのはむしろありがたい


『おい、俺の娘をどこにやった』

『ムスメ?ムスメだぁ?・・・・ああ!あのうるせぇクソガミか!』


クソガミ呼ばわりにイラっと来たが、ここはぐっと堪えよう


『・・・それで、どこにやった?』

『それを私が教えて何か得があるっていうのか~?』


髪の毛は飼い主に似るというが、まさにその通りだな

俺は失毛しながらも毛根死滅毛をやめる


『ここで話せば俺はお前の毛根を見逃してやる、どうだ?』

『・・・なるほど、良い取引だ』


サンオウカミは嬉しそうに毛を弾ませる


『お前の娘はうちの主が貴族の屋敷に売っぱらったよ、なんでもうまれて間もない娘が毛の生えない病気を抱えているとかでね!そりゃあもう大金が入ったってもんだよ』

『・・・そうか』


俺はサンオウカミの言葉を聞いて安堵の息を吐く

最悪処分されている可能性も覚悟していたし、どこの誰ともわからん奴に娘の初めてを奪われている事も覚悟していた

しかしそうか・・・どうやらズラ子は酷い目には合っていないらしい


『おいおい、感傷に浸ってるところ悪いけどよ、良い加減私の主を離してはくれないかねぇ?』

『・・・ああ、そうだったな』


俺はゴブリンの頭に戻ると、その場を出ていくように指示する


『おいお前!私の毛根を見逃すんじゃなかったのか!?』


何やら背後が騒がしい

振り返ってみるとアバズレがゴブリンに押し倒され、今にも髪をしゃぶりつくされようとしている


『話が違うぞ!!おい!聞いてんのか!』

『・・・俺は約束を守ってるぞ?本当は俺の毛でお前の毛根を死滅させてやりたかったんだがな』


そう、俺は毛を出さない、あくまでゴブリンが勝手にしゃぶっていくだけだ

サンオウカミは俺の意図に気付き、髪を真っ青にして叫ぶ


『この悪魔め・・・!地獄に堕ちろ!!!』


果たしてカツラに地獄なんてあるのだろうか?とか思うのは恐らく野暮なんだろう

アジトの奥で聞こえてくるアバズレとサンオウカミの悲鳴を聞きながら、俺は満点の星空を見上げる


『ズラ子・・・いつかまた会える日を楽しみにしてるぞ』

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