外伝 カツラ転生 異世界撲毛計画
人里離れた木造の民家
一見してどこにでもある普通のログハウスにも見えるが・・・
俺は空を飛ぶ1メートルはある蜂に視線を向ける
『っち!キラービーの季節かよ』
悪態をついていると弓が引き絞られ、キラービーに命中
キラービーがギチギチ言いながら落下してくる
その見た目はとてもおぞましく、地球では存在しえない化け物
そう、ここは地球ではないどこかの異世界
俺事、カツラは地球でトラックにひかれそうになった所、謎の力によってこちらに飛ばされてきたのだ
『ヤレヤレ、こいつがいるって事は近くに巣があるな』
キラービーは基本群れで行動する
単体で行動しているキラービーは、巣の周りを警戒する斥候連中だ
『これは少し忙し「「「キャー!!!」」」』
かがむ事により、俺の視界が低くなる
『悲鳴・・・?』
悲鳴の方に視線を向けると、冒険者らしき三人娘がキラービーに囲まれている
運が悪かったなと見捨てたい所だが
『まぁ見捨てないよな』
俺は風を感じながらキラービーに接近、ギチギチという音と共にキラービーが地面に落ちていく
続く二撃、三撃によりどんどんキラービーが地面に落ちる
気付いた頃にはキラービーは全滅、流石だな
俺が得意気にキラービーを見下ろしていると、冒険者の一人が駆け寄って来る
「あ・・・あの!危ない所をありがとうございました」
「いえいえ、当然の事をしたまでですよ」
綺麗な女性に褒められ慌ててしまったのか、思いのほか強く髪をたなびかせてしまった
結果俺は地面に落下、呆然とする俺を被っていた男と女冒険者を見上げる形になってしまった
そう、俺は日本から異世界転移してきたカツラだ
◇
『ふぅ・・・ひと悶着あったが無事に家に帰ってこれたな』
俺は安堵の息を吐きながら、俺を外す巨漢に視線を向ける
浅黒い肌に丸太のような腕と足、筋骨隆々たるその体躯には大規模な争いで受けたと思われる大きな傷が目立つ
モウナッシー、これが今の主
俺は愛称を込めて、手遅れ先輩と呼んでいる
「本日もありがとうございました・・・」
『気にすることはないぞ手遅れ先輩、むしろドンマイ』
ちなみに俺の言葉は聞こえていない、というか喋っているわけではない
手遅れ先輩は俺を神棚らしき場所に供えると、両手を合わせてブツブツと何かを言い出す
最初の頃は坊さんが念仏でも唱えてるのかと思っていたが、最近ではこの世界の言葉も少し理解できるようになったのもあり少し理解できる
俺は神棚改め髪棚の上で溜息をつきたくなる
手遅れ先輩はどうも俺の事を髪様として崇めているらしい
なんでも生まれてこのかた髪が薄かった彼にとって、俺は神様のような存在だったらしい
だがまぁ彼ら毛根が寂しい人種の気持ちは少しはわかる
俺はこれでも、日本の類まれなるカツラの巨匠によって生み出されたカツラ、エリートカツラなのだ
そういった者の気持ちを理解できるように、魂を込めて作られているのだ
手遅れ先輩の焼け野原になった頭部を見ながら感慨にふけっていると、手遅れ先輩がそっと髪棚に手を掛ける
「それでは髪様、本日も本当にありがとうございました・・・」
髪棚が閉じられ、あたりに暗闇と静寂が訪れる
『ヤレヤレ手遅れ先輩にも困ったものだ、こう丁寧に保管されていては俺の野望を達成できないではないか』
『やぼう・・・でしゅか?』
俺はどこからともなく聞こえてくる声にビクリと髪を震わせる
しまったな、一人でいる事が多くてつい口が滑ってしまった
俺の焦りを気にした様子も泣く、近くの物陰に隠れるように置いてあった小さいカツラの毛が話しかけてくる
『今日もお疲れ様ですパパうえ』
『うむ、留守番よくやったぞ!ヅラ子』
俺のねぎらいの言葉にヅラ子が照れたように沈黙する
彼女?の名前はヅラ子、異世界に来て俺が手に入れた特殊能力の一つ、《伸びるカツラ》の能力によって生み出された俺の分身であり我が子である
《伸びるカツラ》とはそのままの能力の事で、カツラなのに毛が伸びるのだ
日本人形とかでもよくあるだろ?多分そんな物だと認識している
まぁその伸びた部分が喋り出した時にはビビったが・・・
改めてヅラ子を確認する
俺の分身にしてはとても艶やかな亜麻色の髪、ふわっとした女性特有の甘い匂い
きっと将来は美人さんのカツラになる事間違いなしである、さすが我が娘
『それで・・・やぼうでしゅか?』
ヅラ子には少し早すぎるかもしれんが、この際話してしまっても良いだろう
『ああ、俺の野望・・・全人類毛根死滅計画だ』
『ぜんじ?しめけいか?』
『そうだ、俺の手に入れた三つの能力の一つ・・・《捕毛者》の能力を使ってな』
《捕毛者》、それは俺を装備した人間の毛根を遺伝子レベルで吸収する能力
この能力は本当に優れており、捕毛した毛根の髪質に自分を変化させる事も出来る
髪の色はもちろん毛触り、匂いまで全てだ
この能力により主を変えまくり、この世界の全ての毛根を死滅させるのが俺の野望だ
『あの』
得意気に計画を話していると、ヅラ子が不思議そうな声をあげる
『パパうえはなんでそんな事を?』
『ああ、折角だから理由も話しておかないとな・・・』
俺はエリートカツラ、全てのカツラに嫉妬と羨望の眼差しを向けられるエリートの中のエリート
しかしそんな俺にも嫉妬心というのは存在している・・・
それは・・・本物の髪だ
やつらが存在する限り俺はあくまで
『そんなの・・・あんまりだ』
人の都合によって産み出され、不要となれば処分される、それがカツラ道
『しかし奴ら本物の髪はなんだ?人が産まれ、死ぬまで一緒だと?ふざけるな!!!・・・っは!すまないヅラ子』
俺はつい声を荒げてしまった事に気が付き、慌ててヅラ子を確認する
『スー・・・スー・・・』
『・・・どうやらヅラ子にはまだ早すぎたようだな』
『スー・・・パパ・・・うえ・・・』
『ふっ・・・』
寝言で俺の事を呼ぶヅラ子に髪を緩める
こうしているととても心が温まる、サラリーマンのヅラをしていた頃には到底感じられなかった感覚だ
毎日忙しくカツラの仕事に従事し、帰ったら愛娘が出迎えてくれる・・・これ程の幸せがあるだろうか?
『こうしていると・・・このままでも・・・良い気が・・・』
疲れからくる眠たさに、徐々に
『明日も・・・手遅れ先輩と・・・グー』
◇
「ひいい!誰か!誰かぁぁぁぁ!!!!」
俺はけたたましい喧騒を耳に毛を覚ます
「へっへっへ!命が惜しけりゃ出すもん出しな!」
外からは何やら手遅れ先輩の慌てた声と、ジャラジャラという音が聞こえてくる
『強盗か?』
ガタンという音と共に少し髪棚が開く
そこには山賊らしき風体の男達に金目の物を差し出す手遅れ先輩の姿
寝込みでも襲われたのか、武器はおろか防具すら装備していない
なんとも運が無い奴だ、異世界に転移してきてずっと一緒だった相棒故手助けをしてやりたい所だが・・・
少し特殊な能力は持っていても生憎と俺はカツラだ、何も出来ない
少し悪いなと思いつつも状況を眺めていると、下っ端らしき奴がこっちに向かってくる
「お頭!こっちにも怪しいもんがありますぜ?」
「おい馬鹿、下手に神棚に手を出して呪われても知らんぞ?」
「大丈夫ですってほら・・・・ってなんじゃこりゃ?」
下っ端が俺を無造作に掴み上げると、手遅れ先輩が涙を流しながら下っ端にすがっている
「ああ、髪様にだけは!髪様にだけは手を出さないで!」
「神様?・・・ああ、これ髪か!こいつ何祭ってんだよ、チョーうける」
下っ端が下卑た笑みを浮かべながら俺を被り、手遅れ先輩を蹴とばす
良い度胸だ、お前の毛根は全て吸収させてもらうとしよう
「ちょっと~殺さないでよ~?こいつからはまだまだ搾取しなくちゃいけないんだから~」
俺がいづれ来る下っ端の末路にほくそ笑んでいると、これまた山賊の女がニヤニヤと手遅れ先輩を小突いている
その手にはヅラ子の姿
『パパうえ!』
『ヅラ子・・・・!!!』
しまった!完全に油断していた
『や・・・やめろ!ヅラ子に、ヅラ子に手をだすな!!』
しかし俺の言葉が山賊女に届くはずがなく・・・
「まぁいいわ~、アタシは近くに他の民家が無いか探してくるはね~」
「へい!姉御!」
山賊女はヅラ子を腰のポケットにいれると、笑いながら家を出ていく
『パパうえ!パパうえー!!!!』
『ヅラ子ーーーーーーー!!!!』
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