*「住みたい街から退去するなんてとんでもない!」
ちびまるフォイ
自給自足の住みたい街
>100年連続で住みたい街ランキング第1位に選ばれました!
駅に到着すると、そう書かれた看板が目に入った。
都会に住むなら憧れていたこの街に住みたいと思っていた。
「うわ、めっちゃいいじゃん!」
住みたい街は緑が多く、治安も安定していて、物価も安い。
それでいて電車や地下鉄なども通っていて交通に不便がない。
住みたい街ランキング1位というのも納得。
「ほんと、たまたま部屋が空いてて助かったよ」
「だろ。俺に感謝しろよ」
アパートを紹介してくれた友達には頭が上がらない。
住みたい街では、マンションの一室が空きになった段階ですぐに次の入居者がやってくる。
競争率が高いので入居できる人は地元の人から「空いたよ」という連絡を受けないと間に合わない。
不動産屋さんが紹介するころにいは人が埋まっているというわけだ。
「これからゲームしまくれるな」
「そのために来たのかよ」
住みたい街で暮らし始めてから数ヶ月。
最初の期待値が高かったにも関わらず、暮らす程に良いところしか見えてこない。
「この街ってホント最高だなぁ。一生ここで暮らしたいな」
食べ物は美味しくて安い。
住みたい街では自家製の野菜を栽培したり、家畜を育てたりしている。
無農薬の食品を安く手に入るし見たこと無い果物なども食べることができる。
もしも、街が封鎖されても自給自足でなんとかできてしまうほど。
特にこの街で生産されている"住みたい街の肉"は、
街の外の人からも人気でブランド肉として取り寄せもあるとかないとか。
「いっただきまーーす!」
かくいう俺もこの肉は大好きでよく食べている。
住みたい街に住んでいる人は手軽に食べられるのでプチ特権階級気分になれる。
ある日のことだった。
マンションの外に出ると、何やら引越し業者がやってきていた。
「あ、おはようございます。どうかしたんですか」
「おはようございます。新しい入居者が来るので荷物を運んでるんです」
「あれ? それは昨日終わったんじゃなかったですか?」
「それとは別の人ですよ。もうてんてこまいです」
「入居するってことは、退居した人がいるってことですか」
「ええ、そうなりますね。当たり前じゃないですか?」
「こんなにいい街なのにもったいない……」
「まあ、人によって仕事の出張とかありますしね」
ブランド肉をいくらでも食べられて、新鮮な野菜も簡単に手に入る。
こんなにいい街を出るくらいなら仕事を辞める方がいい気がする。
このことを友達に話すと笑われてしまった。
「そんなのお前が樹にすることかよ。大きなお世話だって」
「そう言われちゃそうなんだけど……」
「それにこの街は入る人も多いけど、出る人も多いんだ。珍しいことじゃないよ」
「え、まじで!? 退居するなんてバカじゃない!?」
「お前が知らない事情だってあるだろう。ご近所トラブルとかな」
「……こんないい人しか住んでない街でご近所トラブルってありえるのか?」
この街だけピンポイントで永世中立国認定されてもおかしくないほど平和な街。
穏やかな街は人に余裕と安らぎを与えてくれる。
人間関係のトラブルなんて住みたい街で暮らしてから見たことがない。
「お前も越してきてから結構経つんだし、住みたい街のアラ探しはいい加減諦めろって」
友達は俺の口にブランド肉ジャーキーを突っ込んだ。
口に広がるジューシーな味わいが最高で、ますます街から出たくなくなった。
友達が消えたのは、それから数日後のことだった。
電話もつながらないし、家に行っても反応がなかった。
大家さんに鍵を開けてもらっても部屋には誰もいなかった。
「あなた友達だったんでしょ? なにか聞いてる?」
「いえ何も……。遊ぶ約束すらしてたのに」
実は思い悩んでいて自殺したんじゃないかと思っていたが、
部屋には遺書もなくついさっきまで部屋にいたような生活感が残されていた。
すると、大家さんはせっせと友達の部屋の荷物を外に出し始めた。
「ちょ、ちょっと大家さん!? 何勝手にやってるんですか!?」
「だってもういないでしょう? 部屋を空けないと」
「戻ってくるかもしれないじゃないですか!」
「戻ってくるかもわからない人を待つために部屋をキープするくらいなら、
さっさと空けて新しい入居者を入れるほうがいいのよ」
「そりゃ大家さんの都合ではそうでしょうけど!」
このままでは友達の居場所が失われてしまう。
危機感に駆られて警察へ捜索願を出しに向かった。
「ふんふん、なるほど。友達は急に失踪したと」
「なにか事件に巻き込まれたのかもしれません! 探してください!」
「事件? あっはっは! そんなのこの街にあるんですか?
交通事故もなければ、通報すら1件もないこの住みたい街に事件? こりゃけっさくだ!」
「こんな平穏な街だから、やばい殺人鬼が好き勝手できてるのかもしれません!
とにかく友達は急に失踪したことは事実なんだから探してください!」
「そりゃ市民の頼みとあらば私に断る権利なんてないですよ。
ただね、そういうの1件1件取り合ってたら切キリないんです」
「はぁ?」
「うちの娘が家出したとか、猫が見つからないとか、彼氏と連絡つかないとか。
犯罪件数がただでさえ少なくて警察の人数も少ないこの街で、
そんな小さなことを1つ1つ取り合っていたら、大きな事件のときに対応できませんよ」
「あんたは単に自分がやらない理由を探してるだけじゃないか!!」
「私からすればあなたは自分からトラブルを起こそうとしているやばいやつにしか見えませんけどね」
警察は形式的に失踪届けを受け取って、なし崩し的に捜索をした。
身の入らない捜索で友達が見つけられるはずもなく、何も証拠は得られなかった。
「……やっぱり何かの事件に巻き込まれたに決まってる」
電柱に人を探していますとチラシを貼り付けて回れば、なにか足取りをつかめるかもしれない。
そう思ったがすでに電柱には先客のチラシが貼ってあった。
『この家族を探してます。見かけた人は電話してください』
見れば他の電柱には別の人探しのチラシがたくさん貼られている。
こんなに行方不明の人が多いなんてやっぱりおかしい。
頭の中には友達の言葉が蘇った。
>この街は入る人も多いけど、出る人も多いんだ
「それって……失踪する人が多いってことなんじゃ……」
大家さんが友達の部屋を片付け始めたのも慣れた手付きだった。
部屋を空き家にすることに、何のためらいもなかった。
「間違いない。この街には危険な殺人鬼がいるんだ。
住みたい街に骨抜きにされた人たちじゃ危機意識すら持っちゃいない。
友達はきっとそれに巻き込まれて……!」
そうなると、こうして足取りを追っている自分も危ない。
犯人に近づくほどに次のターゲットになりかねないだろう。
犯罪件数ゼロの住みたい街で暮らしているにも関わらず、
戸締まりを常に注意し、部屋に入れば誰もいないことを確認。
金属バットは肌見放さず持ち歩いて、殺人鬼が現れたら返り討ちにしてやろうと思った。
けれど、殺人鬼との遭遇はなくおだやかな日々が続いていた。
最初に感じた危機意識もかげりはじめている。
友達がいない日常に慣れてしまっている。
「このままじゃダメだ。俺が慣れちゃったら、もう誰も探さなくなってしまう!」
俺は有名な透視能力者にオファーをかけた。
「お願いします! 俺の友達が失踪したので、あなたの透視で見つけてください!」
「私はこれでも忙しいんですよ。それに透視はめっちゃ疲れるし……」
「お金ならいくらでも出します!!」
「お金の問題じゃありません」
「うちの街、めっちゃ食べ物が美味しいですよ! ブランド肉が自慢です!」
「いきましょう」
かくして透視霊能力者は住みたい街へ召喚することができた。
「先生、それじゃ透視お願いします」
「はい。ではいきます。ムムムム……!」
「どうですか?」
「見えます……見えます……が、もやがかっているようです」
「それって、友達の場所はわかったってことですか」
「いえ、広域すぎてよくわからないんです……」
その後も場所を変えたりして透視を行ったが、そこかしこで反応があるらしくて1箇所に限定できない。
もしかして偽物なんじゃないかと、こっそり検索して見たが間違いなく本物の透視能力者だった。
「先生、海外では難しい行方不明事件を解決されたんですよね」
「ええ。よくご存知で」
「こういうパターンってあるんですか?」
「いえ……このようなのは初めてです。普段ならピンポイントでここだ!ってわかるんですけど」
「お腹が減っていて力が出ないとか?」
「それはあるかもしれませんね! ああ、ちょうどあそこに美味しそうな焼肉屋さんが!!!」
「そっちに気を取られて集中してなかったんじゃないですか」
おごりとなった代金は痛かったが、焼き肉で腹を満たしたことで本領発揮してくれるなら安い出費。
「いやぁ、やはりこの街の肉は最高ですね。味わったことがないほど美味しかったです」
「焼き肉の感想はいいですから透視をお願いします」
「任せてください、行きますよ。ムム、ムムムム……!!!」
「どうですか!? 見えましたか!?」
「見えました!! 見えました……が、これは……?」
霊能力者は自分で透視したはずなのに不思議そうな顔になっていた。
「見えたんですよね!? 教えて下さい! 友達は一体どこにいると見えたんですか!?」
「あなたの胃の中にいるように見えたんです……おかしいなぁ?」
*「住みたい街から退去するなんてとんでもない!」 ちびまるフォイ @firestorage
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