南麟帝本義 第2章 11
「ご歓談の最中だが、失礼する」
壇上に上がった第一皇子で宰相のセレスが声を発した。ざわめきがピタリとやむ。
「皆の者も待ちかねたであろう。これより舞踏会の時間とする。音楽、始めよ」
数組の男女が広間の中心に出てくると、踊り始めた。
カティの周りには数人の貴族の子弟がいたが、チラチラと視線を遣る者もいるが、進み出るものはいない。
(そりゃそうよねぇ。下手したら自分より背が高い女と踊りたくはないよね。どうせ男爵家だから無理に誘う必要もないし)
カティは今日は壁の花になろうと思ったその時、背の高い青年が歩み寄ってきた。なぜか少し息が荒い。離れたところから急いできたと思われる。
「え、まさか…」
「セルディ・サン・クラリスです。カーテローザ嬢、わたくしと踊っていただけますでしょうか」
セルディはそう云って右手を差し伸べた。
一瞬自失して立ち直ったカティは、微妙な間の後でその手を取った。
「わたくしでよろしければ、ぜひ」
定型の挨拶を返すのがやっとだった。
二人はゆっくりと広間の中心、舞踏場へと向かった。そこではすでにほかの新人たちが踊っていた。
「じゃあ、いくよ、カティ」
「は、はい」
二人は踊りはじめた。
「おー、よくやった、セルディ」
「まったく、世話の焼ける二人だね」
二人を見守っていたキャラとアレクシスは胸をなでおろした。
しかしそれは早計だったらしい。
しばらくセルディとカティの舞踏を見ていた二人はそろってしかめっ面になった。
「うーん、それにしてもひどい」
「カティよ、お前もそう思うか。セルディめ、剣の修練だけして
二人は顔を見合わせて頷いた。
「おい、お前たち、何とかしてこい」
同じようにしかめっ面をした公爵が声を掛けた時には二人は立ち上がっていた。
「ほんとに世話が焼ける。行くぞ、カティ」
「ええ、行きましょう」
二人が舞踏場に文字通り躍り出ると、観衆からおお、という声があちこちで起こった。
アレクシスが一人を指名すると他の令嬢からのやっかみがひどいため、アレクシスはいつも妹と踊っていたが、二人は評判の舞踊の名手だった。二人の息も当然のようにピッタリと合っている。
二人は踊りながらぎこちない動きのカティたちに近付いた。
「セルディ、焦らないで私達の動きを真似するんだ」
「カティも私の
小声で二人に話しかける。そして、最も基本的な動きを中心にした踊り方に変えた。
セルディは必死に踊りを真似て、だんだん音楽の調べに乗ってきた。元々二人とも運動神経は有り余るほどだ。
「そう、それを繰り返せばいい」
セルディは礼を云う余裕もなく、しかしなんとかカティを
「あ、あの」なんとか足を動かしながらカティが小声で云った。
「誘っていただいて、ほんとに本当にありがとうございます」
「いや、俺こそ遅くなってすまなかった」
「急に広間の真ん中が使えなくなったから、ぐるっと周っていらしたんでしょ。早足できたのがバレバレでしたよ」
二人とも公邸にいたころに戻ったように、砕けた口調で話した。ようやく落ち着いてきたらしい。カティも当時の調子を取り戻したようだ。
「あの頃が懐かしいですね。まだ2、3か月しか経っていないのに。でもそんな短い間にずいぶん背が伸びたんですね」
「きみも伸びたじゃないか。より綺麗になったし。そのドレスもよく似合っている」
カティの足取りが乱れて危うくセルディの脚を踏みそうになった。
「ま、真面目なのは分かっていますが、不意打ちはダメです!」
「ん?そういうもんか?」
「そういうもんです。貴方だって、正装している姿は初めて見ましたけど――」そしてさらに声を小さくしてカティは続けた。
「素敵だと思いますよ。昨日も恰好、よかった」
そう云って見せた笑顔は、セルディのみならず、見ていた貴族の子弟たちの胸をも射抜いたのだった。
「なんだか莫迦らしくなってきました」
「我々の役目も済んだし、戻るか?」
「折角ですから、もう1曲踊りませんか。例のあの曲、習得しましたよ」
「ほう、そうか。ならば」
アレクシスは楽団の指揮者に合図を送ると二言三言話した。得心した指揮者は楽団に振り返り曲名を指示する。
その曲は非常に
ついていけなくなった組が次々と抜けてゆき、ついにはキャラとアレクシスの二人だけになった。そして踊り切ると、会場から万雷の拍手が沸いたのだった。
「
「で、でも、しばらく、踊りは、無理」
キャラは肩で息をしていたが、アレクシスは軽く汗をかいた程度だ。
「なんで、兄さまは、そんなに平然と――」
「ははっ、鍛え方が違うのさ。キャラの課題はその
舞踏会はまだ始まったばかりだった。
北龍王と南麟帝 ~パンディラ通史より 藍川 峻 @Chiharun
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