南麟帝本義 第2章 10

 カティが1歩前に出た。気品に満ちたその姿は、キャラが見紛うほどだった。

 他の娘のように華美な装飾こそ少なかったが、様々な色合いの緑色を散りばめた衣裳はカティの均整の取れた肢体を際立たせていたし、翠の瞳によく似合っていた。

(あらぁ、随分背が伸びたのね)

 元々同年代の中でも身長はある方だったっが、さらに伸びたようだ。男性を含9人の中では9人の中では、文字通り群を抜いていた。

 この時代、背が小さく柔らかい印象を与えるくらいの丸みを帯びた姿が「女性らしさ」とされていた。しかし、背が高く手足も細長いカティの姿を見て、キャラは素直に美しいと感じた。

「ギズモンド・ディル・サーク男爵の娘、カーテローザ・ディラ・サークと申します。お見知り置きくださいますよう、お願い申し上げます」

 カティはまず国王に向かって挨拶をすると、次に180度向き直ると立ち並ぶ参列者たちにも同様の挨拶を行った。

 参列者の拍手の中にはおざなりなものもあり、キャラは密かに腹を立てた。

カティが8人の列に戻り、残り2人の挨拶が終わると一旦解散となり、国王は退出した。

その後は第一王子が取り仕切り、しばし歓談の時間が取られた。


「メルリース公爵閣下並びに公爵夫人ヴァランティーヌ様、カーテローザでございます。新年あけましておめでとうございます」

 サーク男爵の挨拶の後に、カティも続けた。さらにアレクシスたちの方を向いて云う。

「アレクシス公嗣様、キャリアンティーヌ公女様、あけましておめでとうございます。ご無沙汰しております」

 そして一礼する。

「カーテローザさん、あけましておめでとう」

 キャラも淑女の礼を返すが、礼儀を尽くすのもそこまでだった。

「カティ、本当に久しぶり! まだ半年も経ってないなんて信じられないわ」

「キャラ様もお変わりないようですね」

「貴女は変わったわ、カティ、大きくなっちゃって」

「ちょっと身体を鍛えようと色々してたせいか、急に背が伸び出して。もう十分だから伸びなくていいと思ってたのにですよ。ちょっと大きすぎですよね」

「そんなことないわ。より綺麗になっちゃって。ねえ、兄様」

「ああ、どこから見ても立派な貴婦人だよ」

 カティは顔を赤くしながら答えた。

「そんな、お世辞をおっしゃらなくても…」

「私はお世辞は云わないよ。本当に綺麗だよ」

「あ、ありがとうございます!」

 それから少し離れたところに立つ青年に気が付いたらしく、カティは声を掛けた。

「あら、なんでこんな所にいるんですか?」

「これ、カティ!」

 侯爵家以上の者にしか授けられない碧綬が腰から下げているのを認めたサーク男爵は娘をたしなめた。この場には平民も数人いるとは云え、貴族社会の中では下級とされる男爵は、過敏になっているようだった。

「これは失礼をいたしました。お初にお目にかかります。ギズモント・ディル・サークと申します。男爵位を賜っております」

「ご丁寧にありがとうございます。セルディ・サン・クラリスと申します。本日は父の名代として参りました。お嬢様とはメルリース公爵家にいらした際に親しくさせていただいておりました」

 さすが侯爵に相当するサン・クラリスの嫡子である。公的な語調もスラスラと云えていた。

「おお、サン・クラリスの。以後、お見知りおきを」

 それからじっとセルディの顔を見た。

「あの、なにか?」

「ああ、やっぱりそうだ。昨日、御前試合に出られておりましたな。娘が熱烈に応援していた方だ」

「ちょ、ちょっと何を、お父様!? わ、私はただ知っている方がいたから応援しただけですわ。と、当然のことでしょう?」

「ふーん、熱烈に、ね」

 後ろでやり取りを聞いていたキャラが割り込んで来た。扇子で口元を隠しているが、目は笑いをこらえきれていない。

「ちょっと、キャラ様までなんですか!?」

「そうなのか、ありがとう。情けない結果になってしまったが」

 セルディは素直に答えた。

「そ、そんなことありませんわ。史上最年少の奨励賞じゃないですか」

 珍しく慌てふためくカティは、くるっと父親に向き直って云った。

「さ、さあ、お父様、次の方のところに参りましょう」


「で、本当になぜあなたはここにいるのかしら?」

「それは貴女の専任衛士だからです」

「今日は要らないって云ったでしょ! 大体おじさまの名代で来てるんでしょ。ちゃんと挨拶して来なさいよ」

「挨拶すべき人たちはもう済ませちゃいましたよ。来る人もいなくなって暇になったからこちらに来たんです」

「じゃあ、さっきからチラチラ視線を送っているご令嬢方の相手をして来たらいいんじゃない?公爵家うちのそばにいるから声を掛けづらいんじゃないかしら」

 昨日の御前試合の観覧車の中には、キャラやカティのように貴族の令嬢も多くいた。さらにその中にはセルディに興味を持った者もいたようだ。サン・クラリスならば将来も安泰だろうと云う打算も含めてではあるが。

「わたしがそう云うのが不得手なの、分かって云ってますよね?」

「不得手なら克服するように努力しなきゃ。ほんとにおじさまの子かしら」


 二人があれこれと云い合っているうちに、会場がざわめきに満ちてきた。

 何事かと二人が見回すと、一度中座していた楽団員たちが広間に戻ってきたのだ。

「もうそろそろ舞踏ダンスの時間が始まるわね」

「いいかい、セルディ」

 アレクシスが近寄ってきて、セルディに声を掛けた。

「はい、アレクシス様」

「去年も云ったかと思うが、舞踏会ぶとうかいでは一番最初に誰を誘うのか、誰に誘われるのかが重要になるんだ。そこをよく考えるんだよ」

「ですが、私は舞踏は不調法で――」

「あんた、そう云って去年は誰とも踊らなかったけど、今年はそうはいかないわよ。踊りたい相手がいるのではなくて?」

「でも、自分は本当に舞踏は苦手で、相手にも失礼を――」

「この際、上手い下手はどうでもいいんだよ」

「そうそう、誘ったという事実が重要なの。分かったら、さっさと行ってらっしゃい、この唐変木」

「? なんですか、トーヘンボクって」

「キャラ、それは云いすぎだろう。というか、朴念仁と云いたかったんじゃないか?」

 アレクシスがツッコミを入れ、キャラの顔が朱に染まった。

「そ、そうとも云うわね。とにかく、カティを一人にしちゃダメよ」

 セルディは一礼して、カティのいる元へと歩き去った。その姿を見送りながら、アレクシスが公爵に云った。

「キャラが平民の子と交じるのは悪くないと思いますが、度を超すと考え物ですね」

「まったくだ」

 親子は揃ってため息をいた。


 そこへ家宰が来客を告げた。

「ボルト伯爵が新年のご挨拶にといらっしゃいました」

「うむ。分かった。すぐに参る」

 メルリース公とアレクシスは暢気に話しているが、実はこの日は1年で最も忙しいと云っていい。公爵ともなると参列者がひっきりなしに挨拶にやってくるのだ。

 昨年の交誼に対する謝辞と今年も引き続きよろしくという意味合いを持つ者、新しく誼を結びたいと願う者らが次々と訪問する。王家の血に連なり、王家に次ぐ権力と権威を持つ公爵家に取り入ろうとする貴族は、上級下級かかわらず多い。

 公爵は挨拶を返し、年賀を受け取り、相手によって5~15分程度会話をする。その間、キャラも微笑みをたたえて立っていないといけないので、結構体力も使う。

 10歳の時から毎年のことなのでキャラも慣れてきたが、今年は特に訪れる人が多い気がする。そっと伺うと、三公の一角を担うカルナック公のところは同じ公爵家と思えないほど訪問客が少なかった。現在のカルナック公のフリードリヒは病がちである上に、嗣子は女子しかいないという後継者問題を抱えている。多くの貴族からは将来さきがないと見限られているのである。

 もう一つの公爵家ルノア公の元にも多くの貴族が訪問している様子だが、メルリース公家ほどではない。三公の中でも現在はメルリース公家の影響力が一番大きいようだ。

(王様がご病気というだけで呼び出されるくらいだもんね。こちらにとってはいい迷惑だけど)

 かといって三公家が互いに牽制したり敵視したりしている様子は、キャラには見えなかった。

(まあ、王家には有望な跡継ぎ候補が二人もいるからね。いきなり選王会議になることはないでしょ)

 選王会議とは王家の血筋が絶えた時や後継者がまだ幼い場合に三公で開く会議で、次の王や摂政を決めるという、極めて重要な議題を扱う。

「公女様もお久しゅうございます」

 時折キャラと同世代の子女を持つ貴族が訪れ、その際には子女同士でも挨拶を交わすが、キャラにはカティ以外には仲の良い貴族の子女はいないので、会話はなく挨拶のみであった。

 兄のアレクシスは対照的で、様々な貴族の子弟らと如才なく言葉を交わしていた。

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