星華ちゃん

ぶんの

第1話

 むかしむかし、森に囲まれた小さな村がありました。村には田畑が広がり、家畜を村全体で育てていました。城下町のように国内外の商人が行き交うような活気はありませんでしたが、ミルクを分けあい、共に田畑を耕して、互いに協力して皆仲良く暮らしていました。

 ある年、村で不思議な女の子の赤ちゃんが生まれました。宇宙のような目を持っていたのです。深い青から無限に広がっているように錯覚する漆黒の瞳にはキラキラと星が瞬くようにちりばめられていました。不思議な女の子の赤ちゃんのお母さんは驚き、なにか病気なのかと村の牧師の元に連れていきました。牧師は「今は大丈夫だが、視力が弱いかもしれないし、今後病気になるかもしれない。だからこそ大切に育てなさい。」と言いました。

それからは村で、その子を大切に大切に育てました。一番搾りのミルクを与え、村全体で精一杯愛でました。不思議な女の子の赤ちゃんは少し視力が弱いものの、元気にすくすくと大きくなりました。お母さん譲りのブロンドの髪と宇宙のように深くキラキラした目。まるで宝石のようであり村は、とりわけお母さんは彼女を誇りに思っていました。またその瞳にちなんで、星の華、星華”せいか”、と名づけられました。

 星華がおしゃべりをしたり、お母さんの手伝いが出来るようになった頃、村に来客者が来ました。森に囲まれていて小さい村でしたから、村の外から人が来ることはめったにありませんでした。その珍しい来客者は腰の曲がったおばあちゃんで、薬草や漢方、雑貨を持っており、城下町の方から来たと言いました。村の人は、来客者を珍しがり、そして興味津々とおばあちゃんの持ってきたものを見に集まっていました。もちろん星華もその珍しい来客者を見に来ました。

「目にいいお薬はないですか?」

「乾燥して目が痛いのかい?それともかすんで見えるのかい?」

「えっと、かすんで見えて最近はすごくまぶしいんです。それで痛くなってしまって。」

「どれどれ、見せてごらん。」

腰の曲がったおばあちゃんが覗き込みやすいように、星華はおばあちゃんの目の前でかがんで見せました。

「これは、なんとも珍しい……。宇宙のような瞳だこと……。」

おばあちゃんは目が飛び出しそうなほど見開き、その小宇宙に見とれるように言いました。

「そうなの。そのせいで目が悪いんだけど……。」

星華はそのおばあちゃんの様子に戸惑いながら、そっと立ち上がりました。おばあちゃんは、離れていく小宇宙にハッと我に返り、持ってきたものを漁りました。しかし、思っていたものが見つからなかったのか、申し訳なさそうな顔で、

「いいものが今はないけど、調合できないこともないから後で持って行ってあげるよ。」

と言いました。星華はもっと話をしたかったのですが、村の人たちが次々とおばあちゃんに持ってきたものについて聞くので、さえぎられてしまいました。仕方なく、星華はそこを離れ、家に戻りました。

 その日の夜。星華の部屋の戸窓をコンコンとたたく音が聞こえました。お母さんは別の部屋にいて星華一人だけでした。星華が窓ごしに外をのぞき込むと、そこには腰の曲がったおばあちゃんがバスケットを持って手を振っていました。

「こんばんは、おばあちゃん。」

星華は何の疑いもせず、窓を開けました。

「こんばんは、珍しい瞳のお嬢さん。目に効くお薬を持ってきたよ。」

おばあさんはバスケットに掛かった布をそっとめくりました。

「ありがとう!でもお支払いするものが今はないわ、お昼に渡そうと思った果物は

お夕飯にさっきお母さんと一緒に食べてしまったの。」

残念そうに星華は言いました。

「そうだったのかい。それじゃあ、これはお嬢さんのお母さんに内緒だけどね。」

おばあちゃんは、にやりと笑って、こっそりと顔に手をあてて小さな声で言いました。

「おばあちゃんと一緒に住まないかい?城下町の前の森に棲んでいるんだ。お薬はいつだって調合してやるし、城下町にだってすぐ遊びに行ける。城下町には美味しい食べ物も面白い本もいっぱいあるよ。どうだい?」

それはとても魅力的でした。視力が弱く、村の子どもたちと同様に体を使って遊ぶことができなかった星華でしたから、本を読んで過ごしていました。けれども村にある本は古めかしく、何にも面白くありません。

しかし、星華は首を横に振りました。

「それはできないの。お母さんがさびしくなってしまうし、村の人たちも心配しちゃう。」

「そうかい?別にみんなお嬢さんのことなんか心配しやしないって。」

さっきまでの声色とは違い、村の人たちを貶すように言いました。星華はむっとして、

「そんなことないわ。みんな優しいですもの。」

「それはお前がその厄介な目を持つからだろう。村から出てった方が気にかけずに済んでみんなも気が楽になるもんだ。」

たたみかけるように言われて星華は更にむっとしましたが、図星に思うところもあり、言葉が出ませんでした。

「お前の母親もそうだ。厄介なお前を生んでしまった。もう働きたくない。ゆっくり休んでいたい。そう思ってるさ。」

これには星華はもう何も言えなくなってしまいました。お母さんは朝から晩まで働いている。帰ってきたら、私の髪を梳かしてくれ、瞳をじっと見つめてからぎゅっと抱きしめてくれる。その時の目は、とても優しく愛しむようだが、一方で疲れて途方もなくなっているようにも見えていたからだった。

「でも、お母さんは私の事愛してるから。」

星華は消え入りそうな声で言いました。それはお母さんがぎゅっと抱きしめてくれるとき、大好きだよ可愛い私の星華、と言ってくれるのを思い出してのことでした。

「へぇ。それはどんな姿でもかね。」

おばあちゃんはボソッと言うと、バスケットから薬を出しました。

「お代はいらないよ、よくなるといいね。」

おばあちゃんは、さっきまでの優しい口調に戻ると、手を振って歩きだしました。

「ありがとう!おばあちゃん寝るところはあるの?」

離れていくおばあちゃんに星華ちゃんは聞きました。しかし返事はなくただ手をひらひらと振りながら暗闇に消えていきました。

「変なおばあちゃん。でもお薬もらえてよかった。明日はマシになって、お母さんの手伝いできるかな。」

そういって星華はお薬を飲んで、布団に入りました。


「だまってついてくればいいものの。さてあの目をどう奪おうかな。」

曲がった腰をグッとそらすと、おばあちゃんはすっかり魔女になっていました。バスケットに、勝手にもいだ果物を入れ、箒にまたがって空高く上がっていきました。

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星華ちゃん ぶんの @bunsuke02

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