エピローグ 他の名前で呼ばれようとも

 その後ライルらはベイドリックと公安をドックに残し、一足先に撤収した。燃料の残りは少ないので、途中でどこかで補給する必要がある。ガストンが入力した地形情報によれば、近くに小さいながらも湖があるらしいので今はそこに向かっている。

 ライルはハーレクインの通路で、窓の外を見ていた。空は白み始め、もうすぐ夜が明ける。こんな時間に盗みをしたのは初めてだった。


「悪くないかもな」

「明けの怪盗ランスロット、いいじゃん」


 振り向くと、シエルがいた。


「……最初に言ったろ。俺はもう怪盗からは足を洗ったんだ。俺はライル。それがいい」


 肩をすくめると、シエルは笑顔で返した。


「でもライル。よくあの女性ばっかの部隊に挑めたよね。戦闘じゃモノクル使えないでしょ?」

「お前らがいなくなる方が怖くなってな。それでいつのまにか上書きされたんだ。もう、大丈夫な気がする」

「それじゃ、例の眼鏡いらないの?」

「だろうな。俺には必要ない」

「そのためにサーカス入ったのに?」

「俺は女性恐怖症を治してくれるんなら、協力するって言ったはずだ。報酬は貰ってるさ」

「……そっか」


 そこでシエルは隣に並ぶと、ポケットから一つの宝石を取り出した。


「これ、返すよ。屋上で返そうと思ってたんだけど」


 ライルは受け取り、手のひらの上で光るそれを見つめる。あの日の夜、盗んだ宝石。それをきっかけに、徐々にあの晩の記憶が蘇る。


「……そうか。あれはお前か」


 呟いて、ライルは煌めく宝石をじっと見つめる。長い沈黙が流れて、シエルが破った。


「……ボクのこと、聞かないの?」


 ライルはシエルを見やる。

 彼とは、これからまた共に歩むのだ。秘密の共有は必要にも思う。しかしライルは首を横に振った。


「いや、聞かない。そもそも興味ないしな」

「なんか酷くない?」

「事実さ。過去がどうあれ、お前はお前。シエル・アレルオンだろ。聞く意味がない」

「……そう、だけど」

「なら俺は、今のお前がいればそれでいいんだ。それに手品も魔法も、種明かしは無粋だろ?」


 シエルは目を伏せ、胸に手を置いて、


「うん」

「それよかな、シエル。一つ思いついたことがあるんだ」

「なに?」


 少しだけ間を置いて、ライルは口を開く。


「俺たちでサーカスをやらないか?」

「……サーカスを?」

「そうさ。この後も俺たちはお宝奪還を続けることになるだろう。けどもう拠点は潰れてる。ならこの船を拠点に、本当に『アルカンサーカス』として世界中を回りながら、お宝を奪っていくのはどうだ? もちろん、舞台に立つのはお前らだ」

「……サーカスなんて、ボクらにできるかな?」

「できるさ。お前ら四人を俺が演出する。俺もたまにはステージに上がろう。俺はそうやって、お前らと楽しく生きてみたくなった」


 ライルが手を差し出すと、シエルはそれを強く握り返した。


「ボク、やりたいよ。ライルと一緒なら、絶対楽しい舞台になる。――ね、みんな」

 シエルが振り返った先には、ミア、ベルティナ、ユアンの姿があって。

「良いと思う。私も、いろんな公演、やってみたい」

「楽しいことは大歓迎ですの!」

「泥棒にサーカスか。忙しくなりそうだなぁ」


 三人に反対意見はなく、ライルは深く頷いた。


「よし。じゃあ戻ったらさっそくベイドリックに相談だな」

「団長、許可してくれるかな?」

「俺が上手く丸め込んでやるさ。ランスロットに――いや、アルカンサーカス演出師、ライル・カートライトに任せろ」


 自信たっぷりに言って親指を立てると、シエルは嬉しそうに顔を綻ばせて。

 その笑顔は、どんなお宝よりも美しいものだった。

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怪盗サーカス!―女が怖い大怪盗、ランスロットの盗みの美学― 九郎明成 @ruby-123

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