5-9

 その後無事、黒い飛空船はドックに着底。その場にいたヴェスパー社の関係者は公安によって拘束された。無論、クローゼも。彼女はおそらくこのまま逮捕となるだろう。

 ブリッジに入ってきた公安の人間はこちらの姿を見て驚いたが、ライルがベイドリックの名を出すとやけに素直に彼の下まで案内してくれた。

 船を降りると、ちょうど目の前にハーレクインが着陸していた。そこにはミア、ベルティナ、ユアン、ガストン、エリザベート。全員がそろっていた。

 そしてもちろん、ベイドリックも。


「ライル……?」


 ずっと不安げな表情をしていたシエルに今一度笑って、ライルは足を踏み出す。

 ベイドリックの前まで来ると、静かに口を開いた。


「全員連れ戻した。これでもう、悔いはない。それとこれも」


 ライルはシャドーエメラルドをベイドリックに差し出す。


「もういいんだな?」

「感謝しますよ。公安の人間にすぐ取り押さえたりしないよう、言ってくれたんでしょう?」

「別れは必要だと思ってね」


 言われてライルはアクター四人にそれぞれ視線を送る。


「っても、俺から言えることはそうないんだがな。……まぁ、そうだな。お前ら、良い泥棒になれよ」


 笑顔で告げると、ライルは両手をベイドリックに差し出す。

 だが。


「待って!」


 事情を察したらしいシエルがライルの手を留めて、ベイドリックに叫ぶ。


「ライルはサーカスのために頑張ってくれたんだ! 捕まえるなんてやめてよ!」

「事実が露見した以上、おいそれと見逃すことはできない。いくら有能であれ、彼は犯罪者だ」

「そんな……」


 ライルは、シエルの手に自分の手を重ねた。


「シエル、いいんだ。……でも、ごめんな」


 その一言で、シエルが目に涙を溜める。

 利口な彼は、すべてわかっているのだろう。

 何か、慰めを。そう思ったが気の利いた言葉が浮かんでこない。

 だが彼の雫がこぼれそうになった時、ライルは思わずそれを指先ですくっていた。そのまま両手で頬をそっと包み込み、上向かせて。震える瞳を優しく見据えれば、自然と口は動いた。


「さぁ、お前の悲しみは、俺が盗んだ」

「ライル……」

「だから最後は、笑ってくれ。俺からお前への〈ワン・コール〉だ」


 手のひらに彼の頬の震えが伝わってくる。このまま抱きしめたい衝動にかられたが、それだけは堪えた。そうしてしまったら、自分も彼も歩き出せない気がした。

 ライルの心情が伝わったのかは知れない。だがある時シエルはこぶしを握り締め、ライルを決然と見返した。


「あのね、ライル。シュタルニアのお宝は、ボクらが全部盗み返すから。美しいものを、たくさん取り返してみせるから」

「ああ。頼んだぜ」

「だから……」


 シエルははにかむように、笑って。


「美しいものがいっぱいになったら、また、来てくれるよね?」


 ライルも微笑み返して、シルクハットをシエルの頭に置いてやる。


「きっと」


 シエルはシルクハットのつばをぎゅっとつまんだ。それを見届けて、ライルは、今度はユアンたちに視線を送る。


「お前らも、シエルと一緒に頑張るんだぞ」


 だが、当のユアンたちは顔を集めて、三人で何やらひそひそと話していた。


 ――え、なんかこれもう言い出せる空気じゃないよね。

 ――くあ~。

 ――でも、今しかないし。

 ――もう、ユアンがぱっと言いださないからですの。

 ――えー、僕のせい?


「なにやっとるんだお前ら?」


 ライルが尋ねると、三人と一羽はくるりと振り向いた。


「いやあ……えっとね……感動のお別れシーンぶち壊すみたいであれなんだけどさ」

「団長に、お願いがあるの」

「三つ分ですの。三つ分だから、とっても強力ですの」


 そして彼らは、告げたのだ。


「〈ワン・コール〉。ライル・カートライトが今後もアルカンサーカスで活動することを、認めてください」

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