逆光を過ぐ女の子

紫 李鳥

逆光を過ぐ女の子

 


 紘子ひろこの家は、土手に沿った一本道が見える場所にあった。二階の寝室からは朝日を、もう一方の窓からは夕日を堪能することができる。春には桜が土手を彩り、花見客で賑わう。


 それは、満開の桜が花びらを散らす頃だった。いつもの時間に起きると窓のカーテンを開けた。朝日を浴びた桜のシルエットが幻想的だった。


 ……きれい。


 その光景に見とれていると、不意に目の前を人影が横切った。それは、ランドセルを背負った女の子に見えた。何か重いものでもランドセルに入れているのか、前屈みで通りすぎた。


 ……こんな早い時間に登校?


 そんなふうに思いながら、食事を作るために一階に下りた。――



「ね、夕飯、何がいい?」


 トーストにマーガリンを塗りながら訊いた。


「ん?……たまには魚にするか。肉が多かったから」


 ベーコンエッグを食べながら、紘子をチラッと見た。


「魚ね……煮魚でも作ろうかな」


 中華ドレッシングのサラダを口に運んだ。


「ああ、頼むよ」


 トーストをかじった。




 夫が出勤すると洗濯機を回しながら、掃除をした。ベランダで洗濯物を干している時だった。固定電話が鳴った。


 電話を寄越したのは、自治会長の奥さんだった。


「奥さん、ご存じでした? 泥棒の件」


「泥棒? いいえ」


「うちの前にある高級マンションに泥棒が入ったのよ」


「まぁ……」


「指輪やネックレスをどっさり盗まれたんですって。ま、ある所にはあるのね。一つぐらいお裾分けしてほしいわ。オホホ」


「で、捕まったんですか?」


「まだみたいよ。奥さんもお気をつけあそばせ」


「うちには目ぼしいものはありませんから、大丈夫です」


「ま、ご冗談を。オホホ。それじゃ」


「わざわざご連絡ただきありがとうございます」


 泥棒か……気を付けないと。



 戸締まりを確認して、昼前にスーパーに行った。アジが安かったので、南蛮漬けにでもしようと思い、玉ねぎとピーマンも買った。


 帰宅すると、昼食のナポリタンを作り、テレビを点けた。


「――足立区のマンションに窃盗が入り、指輪やネックレスなど、1000万円相当の貴金属や時計が盗まれました。被害に遭った住人の話では、アイマスクと耳栓をつけて寝る習慣があったため、窃盗には気づかなかったとのことですが、先ほど、不審者を目撃したという人の通報によって犯人が逮捕されました。逮捕されたのは窃盗の常習犯で、前科があるとのことです。警察は、さらに余罪があるとみて調べを進めています。


 通報したのは、朝6時ごろ荒川の土手を散歩していた人で、情報によりますと、最初、ランドセルを背負った女の子に見えたそうです」


 ……朝6時、荒川、土手、ランドセル、女の子? えっ! 私が見たランドセルの女の子?


「ベンチに座り、何かキラキラ輝くものを手にして、ニヤニヤしていたので不審に思い、桜の木に隠れてスマートフォンで撮影したとのことです。その映像がこちらです」






 テレビに映し出されたのは、スクエアリュックを背負ったおかっぱ頭の老婆だった。

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