落合進・11

 「もっと早く相談してよねえ、金ならいくらでも貸すのに。あ、スロットで勝ったらだけど」

 「せやで、なんか早くに大金が必要な理由があったんか?俺らは味方やからな、羊山はなんか酷いこと言うとるけど……」


 バレて、しまった。さやかは横であからさまに驚いている。呼吸が乱れているのが隣にいてわかる。すぐに肩を支えてやったが、治る気配は無い。バレてしまった。はあはあと息を弾ませるさやかの背中をさする。

 対して中野といっちは、「だからなんなんだ」と言いたそうな感じである。僕だって今は同じだ。さやかはAV女優じゃなくて、普通のきれいな女の子だと考えるようになった、だから弱みを握って抱くのをもうやめた。これからはたまに二人で会って、日常の悩みでも聞ければいいと思っていた。


 「ご、ごめんなさい……」


 さやかの声は絞り出したように震えている。大丈夫、中野も一倉も何にも気にして無い、これからも仲良くしてくれるはずだと言い聞かせても無駄だ。さやかが退去、という最悪の考えがよぎる。僕は、さやかに居なくなってほしくないと思っている。あんなに酷いことをしておいて、許されるはずなんてないと思うけれど、それでも。

 空気は最悪。曇天の羊山荘の下で、僕らは立ち尽くしている。口を開いたのは羊山だった。


 「責められるべきは、アダルトビデオに出ている赤川くんを見つけてしまって、その弱みを握って毎週抱いていたキミじゃあないかね? 落合くん」

 「……それは僕が悪かった、でもなんでさやかの秘密まで公開されなきゃならないんだよ、僕の学歴コンプなんかより、ずっと大変なことだ」

 「さやか、って呼んでるんだ……」


 無関係な中野が呟く。蜜月もどき、僕らがやってた恋愛ごっこまでバレていく。さやかの呼吸は未だ乱れたまま。

 覚悟を決める、とかではなかったけれど。無意識のうちにそうしていた。

 雨が降りそうで、羊山荘の地面はぬかるんでいる。そこに両手をついて、頭を下げる。生まれて初めてする真剣な土下座。そこそこまともな家庭で育って、要領良く生きてきた僕がやる、惨めでみっともない行為。

 さやかのためならやってやる、と思った。


 「お、落合くん、なにして……」

 「ごめん! 今まで本当に、ごめん。悪かった、さやかに酷いことして、AVに出ろって言ったのも全部僕だ。さやかに興味があったから、顔も頭もなんでも持ってるさやかに腹が立ったから、自分勝手なことした、さやかは何にも汚れてない、責めるなら僕にしろ、僕が全部悪い、中野もいっちも、見下すのは僕だけにしてくれ……!」


 何度も謝る。地面に頭をつけて謝る。何を必死になってるんだ、僕は。かっこわりい。中野も一倉もびっくりしてるんだろうな。でも仕方ない、一年縁のあった女を守る方法はこれしか思い浮かばなかった。


 「ちょ……頭上げなって、落合! なんであんたが謝るのよ、赤川のことも別に私たち、汚いとか思わないし、友達だし」

 「僕の気が済まないんだよ、謝らせろ、僕はお前だけじゃなくてさやかにも謝ってる、本当に、本当に悪かった……!」


 手を差し伸べてくる中野の手を振り払う。頭を下げるのはやめない。いっちはきっと、まだポカンとしている。羊山のことは気持ち悪い、この際どうでもいい。地面に付いた僕の頭に、触れたのはさやかの手だった。「顔、上げて」と何度も何度も触れ合ったその声で言われる。心の中の蟠りがふわっと解けていく感じがする。


 「……私、いい友人に恵まれてるのね。今まで黙っててごめんなさい、でももうやめるって落合くんと約束したの、そして中野さんと飛び降りて、私は生まれ変わったの。やってきたことは消えないけど、私は新しい私、真っ当に生きれるかはわからないけど、足掻いてみる、みんなみたいに」


 呼吸が多少まともになったさやかが、ぽつり、ぽつりと語りだす。「じゃあもうええんちゃうか、さやぴは俺らの大事な友達やし……」といっちも呟く。

 ここで話が丸まればよかったけど、そんなわけがない。まだ羊山がいる。何が目的かはわからないが、さやかの秘密をバラした張本人だ。


 「落合くん、キミは相当赤川くんのことが好きみたいだね」

 「……あんな酷いことしといて、好きはないだろ、さやかも僕なんか嫌だろ、蹴り飛ばしてくれよ、僕がさやかにやったみたいに」

 「そんな自暴自棄にならないでくれよ、そのプレイとやらを見せつけられるこっちの気にもなってくれ」


 羊山を睨みつけたくなる気持ちを堪える。多分さやかは、困惑している。それでも言葉が、懺悔が止まらない。許されるなんて思っていなかった。このままの日々がダラダラ続くわけがなかった。


 「蹴り……はしないわよ、そのかわり、さ」


 顔上げて、とさやかは言う。素直に従って面を上げる。ぐちゃぐちゃの僕と、綺麗なさやか。


 「……すごく、すごく辛かったんだからね。バカ、バカ……」


 曇天の羊山荘。涙声のさやかの声が響く。僕らは何にも言えずに、あらかじめ配置された人形みたいにそこにいる。羊山だけが、ニコニコ笑ってこの光景を見ていた。

 そして、羊山荘の掲示板から例の記事は破って捨てられた。中野といっちがそうしろと言ったからだ。羊山も、まさか落合くんがそんなことするとはねえ、面白いものが見れたよ、と笑っていた。……うざったい奴だ。

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月をみていない 三森電池 @37564_02

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