行き場のない百合たち

小綿

白梅の片想い

 黒く細い枝にちらほらとついた、白い花弁たちの隙間には澄んだ青が覗いていた。きれい、と花の綻ぶような声に彼女のほうを向く。緩やかにカールした睫毛がふるりと揺れて、はらりと一房の黒髪が背中に落ちた。彼女のしなやかな指先が、雪のように白い花弁に伸びて、それに触れる寸前で宙を撫でる。その慈しむような眼差しは不意に空を見上げ、あ、と彼女は声を洩らした。


「見て。あんなところにお月さま」

「月?ほんとうだ。消えちゃいそうだね」

「ね、青空に溶けちゃいそう」


 くすくすと顔を見合わせて笑う、私たちの笑い声こそ青空に溶けて消えていってしまった。


「ねえ、梅の花言葉ってなんだろう?」


 調べてくれない、と彼女に言われ、私は花紺青のセーラー服のスカートのポケットからスマホを引っ張り出す。


「梅の花の花言葉、『忠実』だって」


 ネットの記事を目に通しながらそう告げると、私の手の中のスマートフォンのスクリーンを彼女が覗き込んだ。ぴくりと肩が揺れる。そうなんだあ、と感嘆の声を洩らす横顔を横目で盗み見ていた。彼女のやわらかな髪の毛先が、私の首筋をくすぐる。清潔な石鹸の香りがふわりと漂った。


「忠実、かあ。なんだか誓いみたいでいいな」

「こうやって膝をつく感じ?」

「そうそう」


 彼女の薄い、花弁のようなくちびるが僅かに弧を描いて、私に誓ってみてよ、と誘うように囁いた。どこか挑発的なその目つきも、梅の香りのような甘美な声音も、私の彼女の好きなところだった。私は足元に落ちていた、傷一つない白梅の花を拾い上げる。


 差し出されたほっそりとした左手の、中指と薬指の間に花をそっと載せた。その手を両手で支えるようにして、彼女のウエストの、折られたスカートのあたりをじっと見ていた。顔は上げられなかった。顔を上げてしまったら最後、彼女に私のぜんぶが伝わってしまうような気がした。いや、もしかしたら彼女はすべてを知った上で私を揶揄っているのかもしれないけれど。それでもいいな、と思えた。そんなちょっと意地の悪いところだって結局好きなのだから。


 淡い白梅に酔いながら、私は確かに恋をしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

行き場のない百合たち 小綿 @mizuki_luna

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ