なんとなくで生きてゆく人

草森ゆき

 



 Aさんは物静かで真面目だったが馴染むタイプではなく、友達がほとんどいなかった。中途半端な時期に転校してきたDさんは、一人で静かに過ごすAさんに話し掛け、何かと構い色々な世話を焼いてあげていた。二人は仲良くなり、傍目には正義感の強いDさんに付き従うAさん、というふうに見えた。

 AさんはDさんに言われればなんでもいうことを聞いていた。はっきりとした主従関係を指摘する陰口もなくはなかった。影で言い争いなどもあったらしい。私は怖くて近寄れなかった。

 二人の付き合いは成人しても続いた。周りは何度かやめたほうがいいと伝えたが、取り合われることはなかった。

 そのDさんが死んだと聞き、私はお葬式に参列した。Aさんの姿はなかったが、他の同級生の姿もなかった。

 必然的に、Dさんの母親の話を、私が聞くこととなった。ずいぶんやつれていて、顔にはあまり生気がなかった。白髪の混じった後れ毛が余計にそう感じさせた。

 Dは活発で優秀で仕事も順調で、恋人さんとの婚約も決まりかけていたのにどうして交通事故なんかに。母親のこぼすそれらの悔恨を聞いた後、たずねた。

「Aさんは、お通夜にも来られなかったんですか?」

 母親の顔が一瞬強張った。

「……はい、来ないでほしいと頼みました」

「何故でしょう」

 数分躊躇っていたが、やがてゆっくりと話し始めた。

「交通事故は、Aさんの運転する車で起こったんです。助手席に乗っていたのがDでした。これは、Aさんがご自分で仰ったのですが、道中二人は口げんかのような雰囲気になり、その言い争いの間に後ろから追突され……玉突きでした。Aさんの車は、ちょうどはさまれる形になり、Dの遺体は……」

 棺の中は酷い有様のようだった。口元を抑える母親を宥め、Aさんは一命を取り留めたんですね、と念のために聞いた。母親は弾かれたように顔を上げた。先ほどのように強張った……恐怖で引き攣ったような顔だった。

「Aさんが、AさんがDを殺したようなものじゃないですか、どうしてDだけ……」

 母親はそう呟いたきり、ぷっつりと言葉を切った。あとは何も語りたくないようだった。

 挨拶をして、沈痛な雰囲気の葬式会場をあとにした。駐車場まで歩いたところで、後ろからぽんと肩を叩かれ、振り向くとAさんが立っていた。


 内心おそろしく思いながら、Aさんを伴って歩いた。喫茶店で向き合って、詳しい経緯を聞いてみると、物静かに話し始めた。

「ショッピングモールに行った帰り道だったんだけど、車の中で喧嘩したんだ。自宅に戻る経路で短い峠をひとつ越えるんだけど、それがほとんど一本道で、横に逸れないほうがDの家には近かったんだ。でもなんとなく、右に曲がろうかなと思ってウインカーを出した。そうしたら、Dは物凄く怒った。恋人さんとなにか約束があったみたいで、急いでたんだと思う。それで、曲がり損ねた。そうしたら追突された」

 頷いて続きを促す。Aさんが物静かなまま、遠くを見るような目をした。

「なんとなくこっちにしよう、っていう勘が外れたことなかったから、やばいなとは思ったよ。あ、追突された、って思った瞬間も、なんとなく左にハンドルを切った。助手席のDを守ろう、とかじゃなくて。なんとなく。前にいた車はブレーキを解いてたから、こっち側は大丈夫だった。でも追突してきた車はそのままのスピードで食い込んできたから、車体は左回転して、Dだけ潰れちゃった」

「……怪我は?」

「手の甲に擦り傷があったけど、もう治ったよ」

 Aさんは微笑んだ。

「私、学生の頃からこうだったでしょう? なんていうか、わかりやすい言葉は、サゲマン? だと思うんだけど。私が好きだって言った男の子が階段から落ちて骨折したり、良くしてくれた先生の家が燃えちゃったりして、私は不運だなって思ってた。今だと、実家がちょっと荒れてるんだけど、まあこれはいいや、私結婚して離れるから。それで、私といるとまずいことになるって広まって、友達がいなかったけど、別に良かったんだ。Dがいてくれたから。あの子は明るくて強くて、私と一緒にいてもピンピンしてたから……」


 Aさんと喫茶店で別れた。帰路の途中、サゲマンという言葉を思い返した。好きな子が怪我をしたり、良くしてくれた先生の家が燃えたり、親友が玉突き事故で亡くなったりと、Aさんは絶望的に運が悪い。でも、Aさんの肉体自体はダメージを受けていない。

 それはどういうことなのだろうか。順風満帆だったDさんに代わるように無傷で、結婚して難を逃れるAさんは、本当に不運なのだろうか。

 私には、学生の頃からAさんが怖かった。

 Dさんが亡くなり、Aさんと二人で話した直後の今、無事に帰れるだろうかと恐ろしい。

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