命の本棚

卯月 叶天

彼の本棚には——

 友人の家に、大きな本棚があった。あんなに大きいのに、置いてある本はたったの九冊。正直、もったいない。

 だけど、その事を指摘するといつも、

「僕の本には命が詰まっているんだから、軽い気持ちで並べたくないんだ」

と言って聞いてくれなかった。本は作者が生み出したものだから、命と言えるかもしれないけど、彼の言い方は大げさだと思っていた。

 一体、どんな本が並んでいるのだろうか。

 勝手に触るなって言われていたけれど、丁寧に扱えば、きっと大丈夫だろう。

 僕は、彼の家に行った時に、彼の目を盗んで、こっそり本を手に取った。


 手に取って数秒、違和感を感じた。

 おかしい。これは本じゃない。本の形をした箱だ。

 中には一体何が入っているのだろう。 

 期待に胸を膨らませて、僕は箱を開けた。


 声が出なかった。嫌だ、嫌だ。見たものを認識したくない。視界が急降下する。強打した膝の痛みを感じない程に、脳が機能していなかった。手から本が落ちた。べちゃっと音を立てて、赤褐色が飛び散った。

 彼の本には、確かに命が詰まっていた。そう、命だったものが。

「ああ、もったいない」

 さび付いたネジのように、重い首が回る。 

「触るなって、言ったのに」

 認識を拒んだ僕の視界に、彼の姿だけがはっきりと映っていた。

「大切な命なのに、酷いじゃないか」





 とある青年の家に、大きな本棚があるそうだ。

 だけど、その本棚には、十冊しか本が置かれていないらしい。

 正直、もったいない。



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命の本棚 卯月 叶天 @toadayo_

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