王の道化〜クラウン・オブ・クラウン〜

卯月 幾哉

本文

 今ではない時、ここではない世界の話。


 ある王国で、若くして王位に就いた者がいた。

 王にはお気に入りの道化がおり、いつも傍に置いていた。執務室にも、謁見の間にも、軍議の際にも、常に王に侍る道化の姿があった。道化は最低限の礼儀作法は心得ているようだったが、戦力はなく、側仕えや執事としての能力もなかった。

「何の役にも立たぬ道化などをお傍に置かれて、困ったものだ」

 家臣の一人が溜め息を吐けば、

「陛下は若くして一国を背負う身ですから、少しでも気を紛らせたいのでしょう」

 と、別の者が憶測を述べた。


 王にとって、道化には重要な役割があった。それは、交渉を優位に進めるための道具というものだ。

 王は常に威厳を纏った態度を貫きつつ、寛大な措置を取りたいときは道化にとりなしをさせた。逆に、相手の恐怖を煽りたいときは、宝剣を引き抜いて道化を斬殺した。

 そのようにして、王は自身に対する畏怖を高めつつ、交渉を思い通りに進めた。


 道化には秘密があった。

 ある交渉で道化が死んだ後も、気づくとまた王の傍に道化の姿がある。

 その道化がどこから来たか、王以外の誰も知る者はなかった。

 それは道化の秘術である。即ち、仮初の肉体を作り、意のままに操るという術である。

 この秘術によって、道化は殺されても死なない存在となっていたのだ。


 とはいえ、道化は自ら望んで王に仕えているわけではない。

 家族を人質にとられ、王に服従を強いられていたのだ。


(ミハル、ユナ、待っていてくれ……)


 道化はいつか家族を取り返して自由になると心に決めていた。



 その頃、王国は南方の魔帝国と交戦状態にあった。

 十年に渡って小競り合いが続いていたのだが、ようやく互いに妥協点を見出すことができたのが最近のことだ。 それからほどなくして、休戦の協定が結ばれた。

 協定の後には、両国の首脳が揃っての宴までも催された。


 この宴の際、両国の今後を左右する重大な出来事が起こった。

 王国の将軍である王の弟が、魔族の皇女に一目惚れをしたのだ。

 後日、王弟は王に懇願する。

「頼む、兄者。彼女と結婚させてくれ」

 だが、王は頑として認めなかった。


 恋の熱に舞い上がった王弟は国を抜け出し、一路、魔帝国へ向かった。

 その手助けをしたのは、道化であった。

 しかしながら、王弟と道化の行動は、実は王の目論見通りだった。

 王は王弟を追い出しながら、魔帝国に介入したかったのだ。

 それが、望まぬ結果を生むと知ることもなく……。



 数年が経って、両国は互いに埋められぬ溝があることを再認識していた。

 戦端が再び開かれるまで、長くは掛からなかった。

 魔帝国の軍で先陣を切るのは、様変わりしたかつての王弟だ。


 王弟なき王国の軍を率いるのは、王その人だ。

 両国とも軍の士気は高く、激戦は必至と思われた。

 その合戦の最中、王は背後から首を斬り落とされた。

 下手人は道化だ。

 王を失った王国軍は脆くも崩れ去り、間もなく魔帝国に全面降伏した。


 数年前、道化は王弟の脱走を幇助する際、自身の師に宛てた手紙を託していた。

 それは、道化が家族を助けるための一縷の望みだった。

 その後、師からの便りで、家族が救出されたことを知った道化は、王を裏切る機会を狙っていたのだった。


 王の首を持って王弟を迎えた道化は、しかし、その王弟によってまた捕えられた。


「魔帝が貴様の力に興味を持っている。

 おっと、逆らうなよ。貴様の家族と師はこちらの手中にある」


 地に這いつくばった道化は、所詮、この身は道化に過ぎないのか、と自らを嗤った。


 その次の瞬間、道化は奥歯に仕込んでいた毒を飲み、自ら命を絶った。


「しまった!」


 王弟は焦燥の声を上げた。

 王弟は道化の能力を知っていた。しかし、目の前の死体が道化本人のものか、仮初の体なのかはわからなかった。


 道化とその家族がどうなったか、伝え聞いている者はいないという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

王の道化〜クラウン・オブ・クラウン〜 卯月 幾哉 @uduki-ikuya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ