エピローグ
一連の超能力事件が終幕し、いつも通りの平穏な日常が戻ってきた。
まだたまに竹田の件についてクラス内で変な視線を受けることもあるが、それが完全に収束するのも時間の問題だろう。
流石に超能力がどうのという話はできないのでいろいろ情報を伏せつつだが、現在も継続して結衣が竹田たちの誤解が解けるよう話してくれている。
この事件でおそらく一番精神的被害を被っただろう人間に、こうして頑張ってもらうのはいささか申し訳ない気もするが、
「私も部員の一人ですからっ!」
と一蹴されてしまった。
結衣いわく、自分は最後の作戦に協力できなかったから当然のこと、らしい。
そんな感じで、事件の事後処理も着々と終わりに向け進む中、ひとつ、大きな変化があった。
万年廃部と隣り合わせの少人数編成で活動しているわがパソコン部に、新たな部員が入ったのである。
その新入りの名前は椎名ヒナ。
そう、あの超能力者だ。
事件の後日、さすがに椎名を野放しにしておくのはまずいと話していたら、椎名のほうから部への入部を申し出たのだ。
その提案はこちらとしても望むところだったので二つ返事で了承し、晴れて椎名はパソコン部の部員となった。
そして今日、事件が終わってから初めての週末、俺たちパソコン部は五人そろって部室に集結していた。
文化部のくせして土曜に部活があるのはおかしくないだろうかと京香に不平を申し出たら、熊も逃げ出しそうなほどの殺気を放たれ、やむなくこうしてのこのこ学校にやってきたわけである。
ちくしょう。冗談じゃない。
「京香、全員揃ったよ」
俺が部室に足を踏み入れると、残りの四人はすでいつもの席についていた。俺も突っ立っているのも気まずかったので、いそいそと結衣と椎名の間の席に腰を下ろす。
と、
「じゃあ、行く」
「は」
当然のように京介を引っ張りつつ、さっさと部室を出ようとする京香をなんとか引き留めようとすると、以前と同じように『触るな汚い』とばかりに腕を振り払われた。
とどめの舌打ちも忘れないあたり憎たらしい。
いや、いまそれはいい。置いておこう。それより、
「なにも聞いてないんだけど?」
俺が問うと左隣に座る椎名も同じく頭の上にはてなマークを浮かべている。初めのパソコン部のノリについていけていない様子だった。
安心してくれ、俺もついていけてない。
「言ってなかった?」
「言ってない」
「結衣は、聞いた?」
「聞いたよー」
「ね?」
ね、じゃねーよ。
「椎名を見ろ椎名を。あいつもポカーンとしてるぞ」
「椎名には、言わない」
「......まだ根に持ってるのか」
「べつに」
「うそこけ」
京香に視線で圧をかけてから、後ろに座る椎名を振り返った。
目で『なんか言ってやれ』と合図を送ってみるが、その表情はどこか気まずいのか、少し影が差している。
まあ実際、あの事件以降、いまだにこの二人の距離は開いたままだ。確かに親友である結衣を泣かせた相手となれば、距離を置きたくなる京香の気持ちはわからなくはない。
京介がいち早く椎名と京香との懸け橋になるように努めているが、なかなかうまくいっていないのが現状だ。
「なに」
「......」
京香の厳しい目つきに、椎名が完全に委縮してしまっていた。
短いスカートのすそをきゅっと握りこみ、うつむく。流石の超能力者といえど、この状況でできることは少ないらしい。
「そうじゃないでしょ」
「むぅ......」
京介は京香をたしなめると、一度椎名に目を合わせにこっとしてから、京香の背中をポンと椎名のほうへ押した。
トトとつんのめるようにして、椎名の前に着く。
しばらくお互いが向き合ってから、ようやく京香が口を切った。
「私はまだ、あなたのことが大嫌い」
「......っ」
椎名が息をのむのと同時に顔を上げる。もともと大きい目が、さらに大きく見開かれていた。
「というか多分、これからもずっと、嫌い」
「......うん」
その答える声に力はない。上げた顔が、また徐々に下がり始めてしまう。
一瞬京介が止めようとする動きを見せたが、京香がそれを手で制止した。
「でも」
京香が短く言葉を切って一歩だけ近寄ると、椎名は驚いたようにまたはっと顔を上げる。
「もう、部員になったからには、私も部長だし」
「......」
「私がいろいろ世話しなきゃいけないと思うし」
椎名と顔を合わせるのを嫌ってか、京香はふいっと顔をそらしてしまった。
「だから、」
京香が一歩足を後ろに引く。
そして、
「――今日は、椎名の入部記念のパーティーに行くから」
言って、京香はすぐさま踵を返し、椎名を置き去りに入り口で待つ京介のもとに歩き出す。
少し間隔が空いてから、椎名はようやく京香を追い部室のドアへ向かい始めた。
その表情は、いままで部活で見たことのある表情ではない。
「あと、一応――」
不意に京香が足を止め、俺の横に立つ結衣へ合図を送った。
なにかと思って結衣に目をやろうとすると、ぐいと制服の裾が引っ張られる。
「――遅れちゃったけど、ゆうきのお誕生日会も兼ねてるよ!」
やれ、これでようやく、一件が落着しそうだ。
田中祐樹の非日常 古月湖 @Hurutsuki
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