結局最後は最終話

 肩を貸してもらいながら結衣に保健室まで連れて行ってもらうと、保健の先生がすぐに両親を呼んでくれた。

 部室においてあったバッグは結衣が持ってきてくれて、車にも手伝ってもらって何とか乗り込む。


「結衣ちゃんも送ってこうか?」

「いえ、大丈夫です」

「そう? ――じゃあ、先生方、ご迷惑おかけしました」

「明日には大丈夫になっていると思いますが、お大事になさってくださいね」


 車の扉がしまる。

 窓から、結衣が苦々しい表情でいるのが見えた。

 それを見て、胸の奥がきゅっと締め付けられる。


「おにちゃん、大丈夫?」

「え? ああ、お兄ちゃんは強いから、すぐ治っちゃうぞ」

「わあー、おにちゃんすごーい!」

「おわっ」


 飛びついてきた祐奈を何とか受け止め、車が発車した。


 ***


「事情は知っている」

「話が早いな」

「当然、さすがに今回のは、看過できない」



 京香の表情は、今まで見たことのないような静かな闘志に燃えていた。

 誕プレ事件の翌日、今日は朝から最悪な気分だった。

 昨日俺がつかみかかった金髪の生徒は竹田沙彩だったらしく、朝からそれはもうすごい視線とひそひそ話の雨にさらされた。

 珍しく遅れてやってきた結衣が、竹田に事情を説明してくれなかったら今ごろどうなっていたことか。


 とはいえ一応おさまりはした。


 でもその抑えてくれた当人は、現在部室にはいない。

『沙彩ちゃんたちと話してから行く』とのことだったが、そんなこと今までなかった。

 明らかに昨日とは違う態度。

 授業と授業の合間にも、まるで俺から逃れるようにほかの連中に話しかけに行っていた。


 二人の仲を奪われたのは俺のほうだったか。

 ......全く笑えない。


「ぼーっとするな」

「うげっ」

「集中」


 京香は丸めた紙束片手に、低くうなっていた。


「もう、容赦しない。これは最終手段」


 その瞳から鈍い光がこぼれ出ている。京介がまあまあとなだめると一瞬落ち着きを取り戻したように見えたが、次の瞬間にはまたもや怪しい光を放っていた。


「作戦は?」

「ちょっと祐樹、いまは――」

「――説明する」

「京香......」

「ごめん京介、でも今は、本気、だから」

「......」

「お願い、今晩は、一回だけでいいから」

 何が一回でいいのだろうか。ピュアな俺には何のことかわっかんないね。

「そこまで、いうなら......」

「......ありがと。やっぱり、京介」


 ふと京香の目が、いつものように余裕げに細められる。

 そしてその目は俺に向けられた。


「じゃあ、説明する」


 ***


 結衣はその日、家の前で自分を待つ男の子が先に行ってしまうのを待ってから、うちを出た。

 彼には「先に行ってて」と連絡したはずなのに、やはり昨日のことが関係しているのかもしれない。


 久々に一人で登校すると、初めのほうは新鮮な気持ちだったが、やっぱりどこか「なにか」が足りない気がする。


 教室に着くと、沙彩が彼のことをすごく睨んでいて、すぐに昨日ことだと分かった。

 なんとか説明すると、わかってもらえた。


 その日は彼が珍しく話しかけようとしてくれていたのに、なぜか面と向かうのが怖かった。

 せっかく、休み時間のたびに来てくれようとしてくれたのに。


 放課後、ようやく今日初めて彼と言葉を交わした。

 でも、そこでも「先に行ってて」なんて言ってしまう自分が嫌になる。

 確かに、沙彩たちと話す時間は楽しい。

 みんな気さくで面白い人ばかりだ。

 彼のことの話題を出すと、あまりいい反応をしてくれないけど。

 それでも、間違いなく彼女たちがいることも結衣の学校に来る理由の一つだった。

 でも――


 放課後、沙彩たちと話し、校舎が静かになっていくにつれて、結衣は、胸の奥でうずいていた罪悪感がどんどん大きくなっていくのを感じた。

『結衣ちゃんはこれから部活なんだよねっ、頑張って!』

 最後まで残って話していた子が帰ってしまう。

 思わず背中に手を伸ばした。

 でもその手は空を切る。


 しばらくぼーっとして、でもそれだと落ち着かなくて、結衣はついに部室に向かうことにした。

 足が重い。

 彼がいるところへ向かう足取りはいままでずっと、どこへ行くよりも軽かったはずなのに。

 飛べる気さえ、したのに。

 五階へつながる階段が、永遠に続くような錯覚にとらわれた。

 でも、五分もすれば登り切ってしまい、あとはほんの十数メートルで部室がある。

 足はやっぱり重いのに、その歩みはゆっくりでも止まることを知らない。

 一歩、そしてまた一歩。

 ふと、部室の後ろ扉にはめ込まれた小窓から、その中心に彼が立っているのが見えた。

 反射的に身を隠す。

 こんな自分の臆病なところが、結衣は嫌いだった。

『情けないな......』

 中から見えないようにこっそり、結衣は部室の中を覗いた。


 ***


 京香から作戦の概要を伝えられ、しかし俺は納得がいっていなかった。

 それは一緒に聞いていた京介も同じようで、その表情は微妙だ。


「いわばこの作戦は、釣り」


 という一言から始まった、作戦と呼べるのかすら微妙なそれの内容は、実にシンプルなものだった。


 まず先に超能力者に盗らせるものを限定し、残ったものを取りに来たところを捕まえる、というのが大雑把な概要だ。

 今日俺が持ってきたバッグはすでに学校の、暗証番号式カギ付き個人ロッカーの中。

 さすがに、ほんの縦横五十センチほどのロッカーなので、教科書とバッグは別々のものに保管している。

 そして、唯一盗られるために残された、京香が言うところの『エサ』が、


「にしてもエサが、なんだよ、封筒一枚って」

「中にはワード文書で作成した書面が入っている」

「なんでワード、手書きじゃダメなのか?」

「時間がもったいなかった」

「......ま、いい。で、内容は」

「ダメ」

「納得できん」


 正直、今回の作戦が信用できない一番の理由はそこにあった。

 話によれば、犯人が読めば著しく心を揺さぶられる内容らしいのだが、いまいち信ぴょう性に欠ける。


「べつに納得してもらう必要はない」

「納得できなきゃ十分な協力はできないってんだ」

「協力って言っても、ただ立っているだけでいい」


 そんなことで捕まる超能力者がいてたまるか。


「だいたい、超能力者ならロッカーくらい貫通するんじゃないのかよ」

「いや。きっと超能力者も、何でもできるわけじゃない」


 京香は、もはや逆に怖いくらい冷静に言葉を継ぐ。

 その静かな気勢に、京介の姿勢はもう「やるだけやってみよう」というように変化し始めていた。


「大まかな成功確率は」

「十割」

「なんだ、急にそばの話か」

「今回の作戦の話」

「......」

「百パーセント」

「――なるほど、今度はオレンジジュース。でもスーパーとかで出回ってるやつは濃縮還元で実質――」

「......」

「――なんだよ」


 ジトっとした目で見られた。


「祐樹......」


 京介まで俺のほうへ心配げな目を向けてくる。

 手に持った封筒を、ずいと京香に押し付けられた。


「............わかった」

「初めからそういえばいいのに」


 なにを。


「ダメもとで、やるだけやってみることにしよう。ダメもとで」

「ダメもとじゃない、成功は確約」


 その自信はどこから来るんだ。

 あきれつつ封筒を受け取った。




 その後、俺はそのほかの説明を受け、京介たちは部室から出てて行った。

 犯人が出てきたら、手元にあるパソコンのエンターキーを押す。

 すると京香にラインが届き、それを合図に下の階から京介たちが突入してくるというのが捕獲の段取りとなっている。

 なぜ一階下かというと、さすがに隣のクラスだと警戒心をあおりすぎるのでとのことだった。

 とはいっても、もう俺のバッグとかが隠されている時点で怪しいし、下の階から到着までの間どうやって俺は超能力者を抑えればいいのかという問題もある。

 一応机に延長コードを用意してあるが、こいつを括り付けたところでどうにも心配でならない。

 ......。


 いや、もうやめにしよう。

 せっかく京香が頑張って考えてくれた......のかは微妙だが、とにかく最終手段らしいし、やると言ってしまった手前、出来るだけのことはしよう。

 俺にほかの案が出せるのかといわれれば、逆ギレでもする状況だ。

 ありがたく乗っかってやろうではないか。



 ***



 京香たちが部室を出てからもう何分経っただろう。

 ふと壁にかけてある時計を見れば、それはそろそろ午後五時を指し示そうとしていた。

 窓の外に広がる広々ハードグラウンドには、数十人のサッカー戦士と、坊主頭がまぶしい野球侍が声を張っている。

 パート別練習中なのか、吹奏楽部の不規則な爆音が遠くから聞こえる。

 部室には柔らかな夕焼けの光が差し込み、グレートにノスタルジックな雰囲気が演出されていた。


 確か昨日もこの頃ではなかっただろうか。

 思い出して、知らず拳に力が入る。

 カチリと短針が五時を指した。


 と同時に、後ろのドアが小さくカタリと音を立てた気がした。

 思わず振り向きそうになるが、そういうのには反応するなと京香に言われたのを思い出し、思いとどまる。

 ......。

 胸ポケットに入れた封筒を確認する。

 まだ、なくなっていない。

 すると今度は、締め切った窓が風に吹かれて音を立てる。

 カーテンは靡かない。

 胸ポケット。

 ある。


 ......まさか、な。

 鼓動が加速するのが分かった。

 地震でも起きているかのように、徐々に全身が揺れる。

 しばらくそうしていると、なぜか、いつの間にか、一つの確信が胸の中を支配していた。


  『来る』

 そう思うと、なぜか鼓動が収まる。

 不自然なくらい自然に呼吸ができて、にじみ出た汗がすっと引いていく。

 大きく息を吸い込んで、目を開ける、


 その、直前だった


 優しい衝撃、昨日とは違う、甘い香り。


 二本の温かいなにかが、俺をきつく締めあげる。

「田中くん......!」


 黒い髪のそいつは、昨日の結衣と同じように、俺の胸に顔をうずめて、嗚咽交じりにそういった。

 聞いたことのある、声だった。


「......ヒナにお話って、なあに?」


 その高校生にしては変わった一人称のやつのことを、俺は知っていた。

 二度行われたインタビューの、その両方に出席していたから、顔と名前は憶えている。

 椎名しいなヒナ。

 疑いようがなくこいつが、超能力者なのだろう。


 ***


 その瞬間を、結衣は見た。


 ほんの一瞬、まばたきをしたその間に、一人の女が彼の腕の中に飛び込んでいた。

 キーボードに手を伸ばそうとする彼の腕をつかみ、女の子がなにか何か言うと、彼はだらりと腕をおろす。

 結衣の足はがくがく痙攣でもしているように震えて、今すぐに逃げ出したかったのに、目が離せなかった。


『お前が、超能力者か......?』


 それでも彼は怖気づかず、その女の子の目をきっと見据える。

 女の子の名前は、確か椎名ヒナ。

 結衣もインタビューの時に見たことがあるから憶えていた。


『超能力......。確かに、そうかも?』

『そうかもじゃない。こんな音もなく目の前に出てくるのが超能力じゃなくて何だってんだ』

『そっかぁ。......ヒナ、すごい?』

『......』

『も~』


 椎名はいじけたように唇を尖らせた。

 遠くからでも、彼の足が小刻みに震えているのが分かった。

 彼もやっぱり、怖いんだ。


『何の、用だ』

『もう、ヒナに話があるって言ったのは田中くんでしょ?』

『そんなこと言ったか?』

『え~。でも、ほら』


 椎名がその手に持っていた紙を彼に見せると、


『......それで、こうして目の前に出てきた』

『そう。ねえ、それで、お話って......』

『......あいつめ』

『もう、どこみてるの。あ、ラインはお話聞かせてもらってからじゃなきゃ送らせてあげないから』

『......わかった』

『うん! じゃあ――』


 目を輝かせて彼を見る椎名の瞳は、見たことがあった。

 京香が京介の背中を見ているときの、あの目。

 そして結衣が、彼を見るときの――


『――私のこと、好き?』


 ビクリと肩が揺れて、それまで彼女に向いていた彼の目が、不意に違う方向を向く。

 背中越しでも、彼が驚いているのが分かった。

 それは結衣も同じで、椎名の一言で、驚きが恐怖を押し殺し、足の震えが収まり、胸が詰まる。


『なにを、急に』

『急じゃないよ? 男の子と女の子が人気のないところでお話なんて、そんなのコイバナ以外に、ある?』

『......』

『ねえ? どう、ヒナ、かわい?』


 彼が一歩後ずさるのが見えて、でも、椎名はそれを咎めるように彼に絡みつく。

 彼の耳は真っ赤に染まっている。

 結衣にとっては不運なことに、椎名ヒナは間違いなく美人だった。


『どう、かわい?』


 彼が惚れっぽいことは知っている。

 それで今まで何度枕を濡らして泣き寝入りしたことか。

 もうそんな思いをしたくない一心で、高校からはいろいろ気を使って、自分だけを見てくれるように努力した。

 でも、


『そうだな......』


 結衣は耳をふさぎたかったのに、身体が金縛りにあったかのように動かない。

 聞いてはいけない。きっと傷つく。

 そう思うと、息が際限なく荒くなる。また足が震え始める。

 崩れ落ちそうだった。

 瞬きを忘れる。

 吹奏楽部のトランペットの音が遠のいて、それでも彼の息づかいは聞こえてくるようで。

 だから、



『結衣だけで、そういうのはもう間に合ってる』



 その言葉を、聞き逃すという愚行は犯さなかった。

 椎名ヒナが目を見開く。


 なぜと、もはや無意識で問うていた。

『だから、もうそういうのはいるから』

『......で、でも』

『お前のせいで今、変な感じなんだよ。いいからそこどけ』

『あ......』

 

彼は、口を開けたまま呆然とする椎名を押しのけて、パソコンのキーを押した。


『確かに顔だけならお前のほうがいいかもしれないけどな』

『なら、ちょっとくらい、お試しで......』


 椎名が、余裕を失った、必死の表情で彼にすがりつく。


『お試しとか言ってるうちは、お前はあいつに敵わんよ』


 彼は机に置いてあったコードを、呆然としている椎名の腕に縛り、もう一方を机の脚に括り付ける。



「あれ! 結衣ちゃんなにしてるの!」

「京介、いまは......! 結衣は私が」

「わかった。――来たぞ祐樹ぃ!」


 こうして一連の超能力者事件は幕を下ろした。

 目からしょっぱい水を流す少女のもとに、ハンカチ王子が現れたのは、その少し後だった。


 ***


 犯人を捕獲したとはいえ、その犯行の内容が内容なだけに、教師に対処は望めそうもないということで、


「つぎ結衣にちょっかいかけたら、泣かす」

「......」

「返事」

「......」

「田中」

「次やったら......なんだ、その、ひどいぞ」

「祐樹......」


 仕方ないだろ。

 見てくれの良い女子相手にそんな、厳しい言葉をかけるのは俺の専門ではないのだ。

 まあ、そんな専門がいるなら是非ともお言葉を頂戴したいところだ。

 さておき、まったく、京香もひどい無茶ぶりをする。


「でもまあ、あれだ。次から、気をつけろよ......」

「田中くん......っ」


 俯きがちだった顔を上げ、椎名の目が輝く。

 ......やっぱり、間違いなく美人だ。

 インタビューの時は髪型も、ちょっと芋っぽいおさげで、眼鏡もしていた記憶があって、地味な印象を受けていたはずなのに、いったいこの変わりようは何だ。

 自分で言うのもなんだが、恋する女の子はかわいいというやつか? にしては振れ幅が大きい気がする。


「田中、見すぎ」

「ゆうき......」


 別にいいだろ見ても。減るもんじゃない。


「――そ、そんなことより! なんでこいつだってわかったんだよ」

「強引」

「あ、でもそれ、オレも気になるかも」

「............京介が言うなら」


 何なんだこの格差は。さすがに付き合っているとはいえ、ここまで他人に優劣をつける奴もそうそういまい。

 京介は落っこちていた、今回の作戦の『エサ』を拾い上げる。


「ここにも、『椎名ヒナさんにお話があります』って。オレも京香と一緒にビデオ見返したけど、別に変な態度をとっていた人はいなかったよね?」

「まあ、態度は、そう」

「態度はって言っても......。内容はそれこそ、みんな同じようなものじゃなかったっけ?」

「......見たほうが、速い」


 そう言うと、京香はちょうど起動してあった、合図を送るためのパソコンにUSBを差し込み、手早く椎名ヒナのインタビュー動画を再生した。

 まだおさげ髪で地味な雰囲気の椎名ヒナが映る。


「あ! だめ、田中くんは見ちゃダメッ!」

「は、ちょ、おい!」


 後ろから椎名にものすごいパワーで襟首を引っ張られ、俺はやむなくサウンドオンリーでインタビューを聞くことになった。

 椎名を見てみると、


「まだ、その、地味な時だから......」

「俺にもう二回見られてるだろ」

「それでもいやなの!」


 ものすごい力説されてしまった。

 意外と超能力者にも乙女なところがあるらしい。



『ヒナは、まあ、ちょっと、うっとうしいって思います、です......。クラスであんなにべたべたしちゃって......。あー、思い出すだけで、めっちゃ腹立ちますね。――あ! 田中くん、ごめんなさい。本人の前でって、あんまりよくないです、よね......。えへへ......。チっ......!』



 と、そこで音声が終わる。

 一応聞いてはいたが、やはりメンタルに来る内容だった。

 うっとおしいだの、最後に舌打ちだの、もう今さっきやり取りとは別人かというくらいけちょんけちょんに言われている。


「これのどこが、ほかのヤツと違うんだ」

「普通に、内容的に、わかると思ったんだけど」


 どこが。向こう三年、この音声を思い出して涙を流す未来がありありと目に浮かぶようだ。


「この内容、そう見えるかもしれないけど、ぜんぜん田中を悪く言う内容じゃない」


 見方によってはそういう風に見えるかもしれないが、


「百歩譲ってそうだとしても、それじゃあ最初の『嫌いだから改ざん以外のことも平気でやる』っていうのが成り立たないだろうに」

「いや、嫌いだから改ざんしたというのがそもそも間違い。というか、最初から最後まで、椎名ヒナは一貫して田中に気づいてほしい一心だったと考えられる。現に、数学の点数、十七ヒナ


 ここでそう来るか。


「でたらめもいいとこだ」

「じゃあ本人に聞けばいい。――椎名ヒナ、どう?」


 京香が延長コードを犬のリードのように引いて、椎名を引き寄せる。

 そんなわけないと思いつつ、俺も椎名の回答に耳を傾けていた。


「......すごい、そんなこともわかるなんて......」

「......えへん」


 京香がない胸を張る。

 さすがに冗談だろ? と椎名を見てみれば、なぜか顔を赤らめて目をそらされる。

 ......なんだってんだ。

 驚きを通り越してもはやあきれていると、唐突に結衣が椎名の前に躍り出た。

 その目の端は赤く膨れ上がり、泣き跡がまだ生々しい。

 結衣はきゅっと目じりつり上げ、椎名を見据えると、ゆっくり一歩踏み出しつつ口を切った。


「椎名さんは、高校からゆうきのこと知ったんだよね?」

「いや、幼稚園が一緒で

「よ、ようち......!」


 ぐりっとその顔がこっちに確認をとるように向いてきた。

 俺と結衣とは、同年代の子供をもつ近所同士ということで両親の仲が良く、小学校に入学少し前から遊んだりしたことはあったが、違う幼稚園を卒園している。

 そういえばあれは幼稚園児のころだったか、たまに遊びに来た男子の中に一人女子が混じっていた記憶がなくもないが、もしかしたらそれが椎名だったのかもしれない。


「いた、かも?」

「そ、そうなんだ......」


 結衣はまたギギギっと椎名に目線を戻す。


「それでえっと、でも小中は違くて、でも一緒に居たかったから、それでいろいろ後を追っかけたりして、この高校を受けるの知って、それで......」

「へ、へぇ~」

「最近も、いろいろ帰り道、二人で帰っているのを見て、いやだなーって、思ったり......」


 最近の幽霊の正体はお前だったか。

 そういえばシルエットが何となく似ている気がする。長い髪とかそっくりだ。


「――まあ、じゃあ今日はお引き取りいただくということで」

「京香ちゃん......」


 少し空気が停滞したのを察知したのか、京香がそう切り出した。


「犯人の顔も名前もわかってる。それに、これ以上ここに置いておいても、扱いに困るだけ」


 言いながら椎名の腕に縛られた延長コードをほどく。


「ほら、行ったいった」

「......っ」


 だからと言って瞬間移動をするなんてことはなく、椎名はそのまま早歩きで部室を後にした。

 ドアを出る直前、俺と目が合ったのは偶然だと信じたいところだ。


「......一件、落着」

「落ち着いたか? これ」

「うーんどうだろ。でも犯人はわかったんだし、これからそういうことがあれば彼女のところに行って返してもらえばいいじゃない?」

「そう簡単にいくか?」


 相手は何といっても超能力者。なんなら、いまだにどんな力かもわかっていないのだ。

 記憶を操作されてしまえばすべてウォータバブルに帰してしまう。


「......ダメになったら、また探せばいいよ」

「結衣お前、簡単に言うけどな、今回だってなかなか微妙なさくせ――」

「――作戦は完ぺきだった」

「と、とにかく! 運も絡んでの結果なんだ、そうやすやすともう一回なんて言うもんじゃない」

「えー、でも、ほら......」


 結衣はそう、小悪魔的にほほ笑んで、俺に耳打ちしてきた。



「間に合ってるん、でしょ?」



 結局そのあと、部室での椎名との件のことについて京香に面白がられまくり、七時近くまで俺いじりが続いたことは、トラウマとして一生忘れないと思う。


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