殺し屋と帰路
「いやぁ、久しぶりにいっぱい買っちゃいましたぁ」
「なんで僕が払わされたんですかね……」
心底幸せそうな笑顔と足取りのプルートとは対照的に、怜の表情は不服そのもの。
いくら蓄えがあるとはいえ理不尽な出費は当たり前に理不尽に感じるものだ。
その上で現在荷物持ちしているのは怜だ。いきなり襲われたときに買った服でプルートの手が塞がっていたら対処しづらいため合理的ではあるのだが理不尽なことに変わりはない。
「代わりに、夕飯は私が作ってあげますよ。何か食べたいものとかありますか?」
スキップするような足取りでそんな魅力的な提案をするプルート。それを受けた怜は顎に手を当てて熟考する。優秀な殺し屋たるプルートのことだ。きっと何でも作れるだろう。
そう思いながら考える怜だが、色々な候補が脳内に浮かんでは消えていく。
「誰かにご飯を作ってもらうなんて久しぶりすぎて色々思いつきすぎちゃいます。ちなみにオススメは?」
「あまり時間をかけて仕込みをしなきゃいけないようなものだとこの時間からは厳しいですからねぇ……チーズタッカルビなんてどうです?」
「いいですね。ちなみに何故チーズタッカルビ?」
自分で作って食べるものや得意料理としてあまり真っ先に浮かぶ印象のない名前に、不思議に思って疑問を投げかける怜。
そんな怜にプルートが返すのは、悪戯っぽく可愛らしい笑みだ。
「私が食べたいからです」
「なるほど。僕も賛成です」
思いもよらない正直な答えに怜の口元も思わず綻ぶ。
プルートと出会ってからだけでここ一年分くらい笑っている気がする。
この殺し屋に出会えてよかったと、世の中のほとんどの人間にとっては縁遠いであろう感情をふと抱く。
「怜さん、何笑ってるんですか?」
「いえ、プルートさんスタイルいいのに案外重いもの食べるんだなと思って」
「職業柄運動すること多いですからね。ていうか女の子にそういうこと言っちゃダメですよ」
笑顔で失礼なことを言う怜に頬を膨らませるプルート。
そんな仕草を見て怜はついに笑いが堪えきれなくなる。
「そんな顔してももっと可愛くなるだけですよ」
「ま、また平気な顔してそういうことを……。もうわざと口説こうとしてるようにしか見えませんよ」
「客観的事実を述べただけですよ」
往路ではモヤモヤとした感情を置いておいて依頼に集中してくれと示唆してきた怜。それに反して何故かプルートを口説くような発言を繰り返す。
プルートにとってはただただ心臓への悪影響でしかないので、もうこの男のそういう発言は無自覚なものでどうしようもないと慣れようと努める。
それに対して怜にとっては、往路での彼女の悩みが自らへの恋愛感情によるものであるとは気づいていない。自身のプルートに対しての好意は自覚しているが、口説くような発言は本当に無自覚からくるもの。
互いの認識の違いで互いに無意識に口説きあっているという、傍から見ればバカップル、もしくはある意味滑稽な二人だ。
「――――走って!!」
「っ……!」
自分らに向けられた殺意に一瞬早く気づいたプルートが咄嗟に周囲を警戒する。
時刻は18時過ぎ。今の時期だと既に周囲は真っ暗だ。
プルートが察知した通り、一台の車がプルートたちの背後から猛スピードで迫ってくる。二人が路地に入ったタイミング、無灯火で減速する気配もない。
殺気の正体はこいつだろう。このまま轢殺を狙っているようだ。
プルートの警告を聞くや否や、前方に駆け出す怜。プルートも一緒に走り出す。
プルートがいち早く気づいたおかげで、下手人との距離は100mほど。しかし人間と車の鬼ごっこ。その距離はどんどん縮まっていく。
「そこ左に曲がってください!」
そう叫ぶプルートの指示通りに急いで左折する怜。それを確認してプルートも同じく左折する。
狭い路地故に、そのスピードのまま左折することを不可能と判断したのか車はそのまま路地をまっすぐ通り抜けていく。
「危なかったですね。プルートさんが気づいてくれなかったら間に合わなかったかも」
「まだ気を抜かないでくださいね。あいつだけとは限らないので」
プルートが言うまでもなく油断なく周囲を警戒している怜。
いつでもどこからの襲撃にでも対応できるようにポケットの中でナイフを握り、周囲の音や殺意に神経を集中するプルート。
なんとか回避したと楽観的に考えるなんてことはしない。
むしろ大通りから見えづらい路地裏に押し込まれたと考えるのが適切だ。
「ちなみにさっきの車が戻ってくる可能性は?」
「怜さんこれ確認してください」
「はい」
そう呟いたプルートは懐からスマホを取り出し、画面を見ることもなくパスワードを入力してロックを解除。その画面を怜に向ける。
「さっきの車に発信機をつけておきました。少なくとも一度降りて確認するまではトラッキングできます」
「流石です」
周囲の警戒に集中するプルートに代わり、スマホ画面を確認する怜。発信機トラッカーのアプリが立ち上がっており、それを見る限りでは先ほどの車は怜たちからどんどん離れて行っている。
「しばらくは戻ってくる気配はありません。他はどうですか?」
「ついてきてください」
ふっと警戒を解いたプルートはまるで何事もなかったかのように大通りに向かう。もう警戒する必要はないということだろうか。
「さて、怜さん。この辺で待っていてもらえますか?ちょっとお花摘んできます」
「ええ、分かりました。どれくらいかかりそうですか?」
「そうですね、5分もあれば」
「分かりました、ではお気をつけて」
笑顔で手を振る怜を横目に、先ほどまでとは明らかに異なる足取りで先ほどの路地裏の闇に溶けていくプルート。
この通りはそこそこ人通りもあり、とはいえ人ごみに紛れて近づくのも難しいくらい。取り押さえられる覚悟を持っていないとここで仕掛けるのは厳しいだろう。
それから約5分後、先ほどの路地とは全く別の方向からプルートが現れた。
「思ったより早かったですね。では行きましょうか」
「はい!」
まるでデートの待ち合わせをしていたカップルのごとく、一緒に歩きだす笑顔の二人。
その後は他の刺客に襲われることもなく、ただただ何事もなくスーパーで食材を買って帰宅するのだった。
撃ち抜かれた殺し屋 ユエ・マル・ガメ @yue-twitter
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