高値の花子さん

@smile_cheese

高値の花子さん

私の趣味は観察である。

しかも、人間観察ではなく幽霊の観察だ。

科学者であった亡き父の天才的な頭脳を受け継いでいた私は、16歳のときに幽霊が見えるサングラスを発明した。

その日から、幽霊観察は私の日課になっている。


そんな私の秘密を知る唯一の親友が小説家の上村ひなのである。

彼女は一度幽霊に憑依されていたことがあり、それ以来、私の幽霊観察に強く興味を示すようになっていた。

そんなある日のこと、ひなのが幽霊に関するとある噂話を持ってきた。

なんでも今、女子高生たちの間で『SNS映え』ではなく『SNS化け』というものが流行っていると言うのだ。

聞くところによると、瓶に詰めた幽霊をアクセサリー感覚で身に付けてSNSに投稿するという何とも馬鹿げたことをやっているらしい。

おそらく誰かが悪ふざけで投稿したものがSNS上で噂となり広がっていったのだろう。

ひなのからその一部を見せてもらったが、明らかに加工して作られた偽物だった。


「よくもこんな下らないことを思い付くわね」


「これが今のトレンドなんだって」


「もうなんでもありね。空っぽの瓶でも幽霊が入ってますって言えば、それっぽく見えるもの」


私は深くため息をついて呆れた表情を見せた。

しかし、ひなのの話はそこで終わりではなかった。


「それでね、この瓶なんだけど。この町のどこかに売ってる人が居るみたいなの」


「この町に?」


ひなのは取り出した小説用の原稿用紙に何やら文字を書き始めた。


「その人は自分のことを『霊売師』って名乗ってるんだって」


「幽霊の媒(仲立ち)をする霊媒師ではなく、幽霊を売ると書いて霊売師か。ほんと下らないわね」


「ねえ、茉莉ちゃん。この霊売師さんに会いに行ってみない?」


「は?なんでよ」


「これが偽物だとしたら立派な詐欺だよね。そんな人がこの町に居るなんて許せないよ。それに、なにか次の小説のネタが見つかるかもしれないし」


「そっちが本音でしょ。なんで私があんたの小説のネタ探しに付き合わなきゃいけないのよ」


「いいから、いいから。ね?」


ひなのはいつもこうやって強引に私のことを誘い出すのだ。

霊売師の居場所を突き止めるのは簡単だった。

『#SNS化け』と書かれたハッシュタグを使い、小さな瓶と一緒に写真をアップロードしている人にダイレクトメッセージで霊売師の居場所を聞けばいい。

返答のあった居場所はどれも同じ場所を指していたため、私たちは教えられた場所に行ってみることにした。


霊売師は町の中心部から離れた場所にひっそりと店を構えていた。

店の中には楽しそうに瓶を選ぶ高校生と思われる客が何組かいた。

私は店の中を一通り見渡して落胆した。

少しは期待していたのだけれど、やはり売られている瓶は全て空っぽだった。

霊売師はただの詐欺師だったのだ。


「気に入った幽霊はありましたか?」


声を掛けてきたのはこの店の店主、つまり噂の霊売師だった。


「この店で一番価値の高い幽霊はどれかしら?」


もちろん買うつもりはなかったが、私は興味本意で聞いてみた。

すると、霊売師は店の奥から他よりも少し大きめの瓶を持ってきて見せた。


「こちらの『花子さん』が最高値で販売している幽霊でございます」


「花子さんって、あの有名な『トイレの花子さん』ってこと?」


「左様でございます」


「いくらなの?」


「30万円になります」


案の定、瓶の中身は空っぽだった。

こんなものにそんな大金を出す者が本当にいるのだろうか。

そう思っていた矢先、30代くらいの女性客が血相を変えた様子で店に駆け寄ってきた。


「花子さん、まだある?」


「これはこれは。ようこそいらっしゃいました。たった今こちらのお客様にお見せしておりました」


それを聞いた女性客は恐ろしい形相で私を睨み付けてきた。


「あなた、買うの?」


もちろん買うつもりなど全くなかったが、もしもここで頷きでもしようものなら私はこの女性客に殴りかかられていたかもしれない。


「要らないわ。欲しいならどうぞご勝手に」


そう言い放ち、私たちは店を出ることにした。

あの女性客は何のために大金を叩いて幽霊を買おうとしているのか。

理由なんてどうでもよかったが、ああいう客がいるからこそきっと詐欺は無くならないのだろう。

しばらくすると、先程の女性客があの瓶を抱えて不気味に笑いながら私たちを追い抜いていった。

彼女の背後にはさっきまでは居なかった女の子の幽霊が憑り付いていた。


「嘘でしょ…」


その姿を見て、私はゾッとした。

確かに瓶の中は空っぽだったはずなのに。

あの霊売師は詐欺師ではなかったとでも言うのだろうか。

すると、背後から鈴の鳴る音がゆっくりと近づいてくるのが分かった。


「あれが本物の『花子さん』よ」


振り返ると鈴の付いた杖を持った着物姿の女性が立っていた。

その女性は不適な笑みを浮かべると再び口を開いた。


「あなた、花子さんが見えるのね」


自分以外に幽霊が見える人間に初めて出会った。

この女性、さっきの詐欺師とは訳が違う。

おそらく本物の霊媒師だ。


「さっきの幽霊はあの店の店主が売ったものなの?」


「違うわ。あの店に幽霊は居ない。それはあなたにも分かっていることでしょ?」


霊媒師はまるで全てを見透かしているかのようだった。


「もしかして、あなたが憑り付かせたの?」


「その通りよ。これからあの女性は不幸な目に合うことになるわ。幽霊を使って誰かを呪おうと考えていたようだから、少し意地悪したくなっちゃって」


「不幸な目って、一体何が起きるというの?」


「それは花子さん次第ね。私にも分からないわ。ただ、あの店で買ったもので誰かが不幸になれば、噂はたちまち広まって商売も出来なくなるんじゃないかしら?まあ、そのくらいじゃ花子さんは店主を許さないかもしれないけど」


「言っとくけど、私たちは関係ないわよ」


「ええ、分かっているわ。あなたたちはただ観察していただけ。だから、花子さんはあなたたちには全く関心を示さなかった。あの瓶を買わなくて正解だったわね」


もしも、あの瓶が高値じゃなければ、私は観察のために買っていたかもしれない。

冷や汗が一滴、ゆっくりと私の頬を伝った。

霊媒師は再び不適な笑みを浮かべると私たちに背中を向けて立ち去ろうとした。


「あなたとはまたどこかで会えるような気がするわ。幽霊のことで困り事があったら、いつでも私の元を訪ねていらっしゃい」


「あなた、名前は?」


「潮紗理菜。覚えておいてね、茉莉ちゃん」


どうして彼女は私の名前を知っていたのだろうか。

確かに彼女とはまた会うことになりそうな予感がした。

この私が幽霊を観察し続ける限りは。


後日、偽物の花子さんを買った女性が交通事故に遭ったというニュースを見た。

幸いにも命は助かったものの、一生消えることのない心の傷を負っているらしい。

そして、あの店はというと、潮紗理菜の予想に反し、これまで以上に繁盛していた。

あの女性が交通事故に遭ったことが逆に幽霊の存在を確信付ける形となり、店にとっては噂がプラスに働いたのだ。

こうしてまた騙される人が増えていくのか。

しかし、私には関係のないことだ。

空っぽの瓶でも買った者たちにとっては本物なのだから。

ニュースを見てからしばらくの間は、私も遠くからその店を観察していたが、これ以上は何も起きそうもない。

そう思い、私は観察を終えて家路に向かい歩き出した。

途中、小さな女の子とすれ違った。

きっと、あの店に向かっているのだろう。

私は気がつかない振りをした。

足のない女の子が胸に付けていた名札にはかすれた字で『花子』と書かれていた。



完。

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