パパなんて嫌い!

星夜 かなで

第1話


 俺は廊下を走る。


 学校の廊下を走るなんて、何年ぶりだろう。


 懐かしさと少しの爽快感を覚えながら、俺は真っ直ぐな廊下を全力疾走した。


 間に合ってくれ……!


 1年1組の教室の前で急ブレーキをかけると、足がグキッと悲鳴をあげた。もう若くはないみたいだ。


 しかしそんな事を気にする余裕もなく、勢いよく教室の扉を開ける。


 ガラガラッという懐かしい引き戸の音が、教室中に響いた。


 児童、教師、保護者……教室にいる全ての人の目線が、俺に集まる。


「……すみません」


 俺は全力疾走してきた汗と、恥ずかしさからくる変な汗をハンカチで拭きながら、教室の後方に立った。


 黒板には『さくぶん︰わたしのかぞく』と書かれている。


 担任の教師は俺を見て困ったように笑うと、授業を再開する。


「それでは次、峰原みねはら 彩花あやかさん」


 娘の名前が呼ばれる。


 良かった、間に合った。


 娘の彩花は「はい!」と元気にお返事をすると、原稿用紙を持って立ち上がる。


「わたしのお父さん、みねはらあやか」


 娘は舌足らずに、けれど自信満々に作文を読み始める。


「わたしは、お父さんがきらいです」


 ……え?


 妊娠中の妻に代わりを頼まれて来たものの、最初からこんな攻撃を食らうとは思ってもみなかった。


「わたしのお父さんは、まいにち、かいしゃにいきます。


 かえってくると、ごはんをたべて、ソファーにねます。


 わたしもソファーにすわりたいのに、どいてくれません。


 いびきもかきます。


 うるさいです。


 それから、足がくさいです。


 日ようびも、おひるごはんになるまで、ねているので、あそんでくれません。


 だから、わたしはお父さんがきらいです」


 ……マジかよ。


 俺はただただ、うつむくしかなかった。


「足が臭い」はショックだな……。


 ……ごめん、彩花。


「でも」と彩花は声を少しだけ明るくして続けた。


「お父さんは、わたしとお母さんと、もうすぐ生まれる赤ちゃんのために、がんばっているんだよ、と、お母さんが言いました。


 だからわたしは、お父さんのきらいなところも、がまんしようとおもいます。


 かぞくのために、がんばっているお父さんが、ほんとうはだいすきです。


 パパ、いつもありがとう。


 おわり」


 教室に鳴り響く拍手の中、作文を読み終え椅子に座った彩花は、こちらを向いてニコリと笑い、ピースサインを向ける。


 我が家のお姫様の、世界一可愛い笑顔だ。


「上手だったよ」


 泣きそうになるのを必死にこらえながら、俺も彩花に笑いかけた。


[完]

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パパなんて嫌い! 星夜 かなで @Kanade_kurage

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