道中ーージーナ ニ

 次の朝は私が始めに手綱を握った。短刀は肩からかけたニー(鞄)に入れている。今あるのは武器を持っている安心感。そして同時に、ジーナーーたとえどんなに親しみやすくてもーー王国の人間に背を向けている不安感。だけどこの均衡にも慣れてきた。ーー兵士になるって、こういうものなのかな。

 お互い無言でダヤナに揺られる。先程「袋」って言うのはーーと聞こうとしたら彼女はいやいやするように首を左右にブンブン振って、夜! 夜しようぜその話は! とホナカ(マント)を頭から被ってしまった。これではどっちが年上かわかったもんではない。

 いつの間にかそのまま寝てしまったジーナの寝息を聞きながら、昨日の夜のことを考える。あの後はお互い黙って寝てしまった。

 確かにこの事実はーー言えない。村の人間には。皆が私たちに秘密にしておくのもわかる。ただ、それはーー

 無意識のうちに手綱に力が入った。

 ーーまるで柵の中で飼育される、家畜のような扱いではないか?

 

 日が沈んできたので、昨日と同じような街外れで暖をとる。

 たいた火の明かりで、短刀の刀身が銀色に光る。

 短刀の木の柄を、濡らしたタリガノ(布)でゴシゴシと磨く。

 ジーナは昨日のコルクのせいで二日酔いらしかった。昼ごろまで寝ていて、今は頭イテェと言いながらそれでもコルクの瓶を抱きしめている。

「ダメだよ、ジーナ」

 私が言うと、彼女はおあずけをくらった犬みたいな、とても悲しそうな顔をして瓶を離した。

 私は短刀を石で研ぐ。ダヤナをとめた後、森にちょっと入ったところでしばらく振り回していた。木とか切ったけど、刃にはよくなかったらしい。まぁそりゃそうか。

 ーーこれは、人を切るための道具だ。

 再認識して、ごめんねロムスと呟いた。するとギョッとしたようにジーナが見つめてきたので、こっちはレムス、ともう一本の短刀の名を紹介する。

 ジーナは首を振ってまだ酔いが残ってるぜとぶつぶつ言いながら食事を片付け始めた。私はとっくに済ませてある。ーーあまり食べなかったのもあるが。

「ーーそれで、『袋』って?」

 お互い落ち着いたところで、尋ねる。ジーナはつまらなそうな顔だ。

「……大体予想はついてるだろ?」

 ーー私がウルフとかいう青年に言われた状況と『資源』の条件を合致させて考えるとーー

「産まれて一日以内に生きたまま食われる事になる赤ん坊を産ませるための『資源』の女性」

「ご名答」

「……よく、そんなことができるわね」

 怒気をはらんだ私の声音にジーナはゴメン!と叫んで首を縮めた。

 その反応を見ていると彼女に怒るのがバカらしくなるがーー

「ーー私たち村の人間のことをなんと思ってるの?」

 ジーナはうなだれて蚊の鳴くような声でごめんなさい……とつぶやく。

 彼女が悪いのではない。わかっている、わかってはいるが、どうにもこの胸の中で渦巻くものは抑えられない。轟々と静かに渦を巻く感情。手はぶるぶると震える。それを悟って、あぁ、私はまだ怒りを抑えられるほど大人になれていないのだと思ったらハッと乾いたわらいが口からもれた。

「……ごめん」

「いや、こちらこそ、というか……何というか……何言って良いのかわかんねぇけどさ、その、ーーなんで神様はこういうことすんのかな?」

 ぼうっと揺れる火を見つめていたジーナが急に知らない言葉を使う。

「……神様?」

「あぁ、この世界をつくった、王よりもずっとずっとすごい存在さ。そいつはどんな魔術も使えて、なんでもできるんだ。そんな万能な奴が、どうしてこんなつまんねぇことすんだろってな……」

 急に規模の大きい話をされてもわからない。

 だから主張する。

「私たちは親から生まれて、この世界は先祖がつくった。それだけじゃないの?」

「合理的なこって。けど……アイツも神様の存在を信じないと、やっていけなかったんだろうな……」

 ぶつぶつ言うジーナの目を火ごしに睨むようにして見た。彼女は目を伏せてしまう。

「ーーいい、ジーナ。覚えておいて欲しいんだけどーー私たちは家畜じゃない。人間だ。動物じゃない」

「……わかってる」

「ーーそれなら、どうして私を王国に連れて行く?」

「……」

「『袋』にするためなら、ーー今、ここでーー」

 短刀を両手に握った私が構えたのを知ってか知らずか、ジーナはただ目をつぶっている。

 構えながらも私はわかっている。もし本気で彼女がそう考えているなら私が手綱を握っていたときに首でも絞めて気絶させ、縛り上げれば良いはずだ。資源を大切にするとは言ってもここまで自由にさせておく理由はない。さっき森の中に入ったときも追いかけてきたりはしなかった。

 ーージーナは優しい女性だ。その優しさを、武器を向けて己の存在を主張することで、試す。

 ジーナは目を閉じたまま動かない。

「……」

 ……動かない。

「……」

 ……にしても、長い。

 ……まさか、寝てるのか? 

 右手のロムスが言う。そうだよ、寝てるんだよ、こいつはエルゼ姉さんのことなんてなんとも思っちゃいないんだ! そんな度胸はないとなめきってるんだ! やれ! この僕をあいつの腹にブスっと!

 左手のレムスが言う。違うわよ、彼女は優しい女性よ、エルゼ姉さんのことだって認めてる! ただ、今はちょっと疲れて寝てるだけよ!

 いや、結局寝てるんかい。

 と、ジーナが急に大声で叫んだ。

「あーーーー!!」

 ドサリと後ろに倒れて大の字になる。

「やめだやめだ、こんなの。向いてなかったんだ、アタシには」

「……急に大声出さないでよ」

 ……心臓に悪い。

「ごめん、ぶっちゃけ言うとアタシはエルゼを王国に連れて行って、それで、アンタが『袋』にされるのを傍観するつもりだった。……でも、やめだ。なんか、ダメになっちゃった」

 むくりと身体を起こして私と視線を合わせてニッと笑った。

「いいよ、何処にでも行けよ。アンタの好きなように生きるんだ、エルゼ。それはこの世に生まれた全員が、生まれた瞬間から持ってる当然の権利だ。ーーその権利を使うんだよ、思う存分な」

「……いや……随分あっさりだけど……いいの?」

 拍子抜けして戸惑う私に近づき、肩をガシリと掴む。レムスとロムスのことも気にしない。

「いいも悪いもあるか! あーあ、白虎に叱られる……ってか、クビかなぁ、これ」

 アタシには両親がいないんだけど、弟が一人いてさ、生活のために暗部に入ったんだ。報酬は良かったんだけど、やっぱり最後までスッキリしなかったな、この仕事。ジーナはそう言って屈託なく笑った。

 それは何か、ずっと背負っていた重荷を降ろした旅人のようでーーそして、これまで見たどんな笑顔よりも清々しい笑顔だった。

「……私を殺そうとは思わなかったの?」

 ふぅと息を吐いて尋ねる。ジーナは肩をすくめる。

「やだよ、んなこと。怖いこと言うねぇ」

「あー……でもまぁ、腐っちゃったり……するのかな」

 死体って。そう言うとジーナは難しい顔をして首を横に振った。

「普通の死体はそうなんだけど、『村』の人間ーー『資源』の死体は、腐らないんだーーなんでだろうな?」

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バラバラ木箱 雨川風太 @gofine193

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