道中ーージーナ 一
ジーナに連れられた私はダヤナ(馬車)に乗っている。揺られながら二本の短剣を膝の上で握りしめてその感触を確かめる。大丈夫。何があっても、誰に襲われてもちゃんと抵抗は出来る。
自分で身を守る手段を持つのと、何もしないで誰かに守られるのは大きな違いだった。
私たちの住む場所ーージーナたちは『村』と呼んでいたがーーは王国と皇国の狭間にある。山に囲まれ、ちょうど窪んだようになっていて、雨がよく降る土地だ。
皇国のようにタイルや漆喰で造られた建物はない。全て木造。どうしてかは知らないが、おそらくそこまでの費用がないこと、火事がおきにくい湿度の高い土地だからということ、この二つが要因だと私は思っている。
「私をーー故郷に返して」
「……そいつはできねぇ相談だぜ、エルゼ。『村』は迂回して行く」
「どうして?」
「危険だからだ。今『龍』ガーナのお仲間と王国軍が戦ってる。言うなればちょっとした戦場だ。そんなところにーー」
「危険なら王国だってそうでしょ? 私は何をされるかわからない」
ガタガタと公道を進んでいく。地面が土ではないことに不快感を覚える。隣のジーナをチラリと見た。機を見て逃げ出すことも考えていた。ーー何より、母さんの無事を確かめたかった。
と、ジーナはついと立ち上がって御者に呼びかけた。値引き交渉ーーではなく、アタシにこのダヤナ(馬車)を貸してくれと言っている。
御者ははじめはなかなか首を縦にふらなかったが、出された金貨を見て顔をほころばせた。
「……別に、脅しても良かったんだが、こっちの方がいいさ。こじれても情報が広まってもよくねぇ」
「ーー彼が金貨をもらったと吹聴してまわる可能性は?」
「低いな。人間ってのは自分だけの利益は自分だけのもんにしたいと思うモンだぜ」
よっしょと御者の席に乗り手綱を握るジーナ。その私より広い背中を見つめる。
「……一時間たったら、変わる」
「お? ーーいや、いいぜ、エルゼ。客人なんだからよ」
「ーー貸し借りはつくりたくない」
ジーナはそれを聞いて、私を振り返ってニヤッと笑った。
「素直じゃねぇなぁ、お姫様?」
夜。ダヤナを人気のない街の外れに止めて火をたく。ポン(火をつける道具)はジーナが持ってきていた。
「いろいろ教えてほしいことがあるんだけど……」
心なしか楽しそうに食事の準備をしていたジーナに呼びかけた。今彼女はコルク(酒のような飲み物)の瓶と睨み合って唸っている。一杯……いや、こんな時にそれは……けど、今なら誰も見てない……と辺りを見渡す。そして私がじっと(ジトっと?)見ていることに気づいてビクッとした。
「あ、いや、えーと、これはだな……」
しどろもどろの彼女を真正面から見つめる。手を伸ばして土の地面に触れる。少しの安心感。
「な、なんだよ……?」
たじろぐジーナに咳払いを一つして、
「私が知りたいことを教えてくれるのなら、任務中にコルクを飲むことを許可する」
告げた。
聞いたジーナはパァッと顔を輝かせて、
「うしっ! りょーかい!」
コルクの瓶を嬉々として抜き始めた。
私は食事に取り掛かりながら思う。
ーーコルクを飲ませて酔わせて、口を軽くしようと思ったけどーー
ニッコニッコのジーナを眺めてため息。
ーー彼女をだますのは、流石の私でも罪悪感を覚える。
「えーと、そうだな……まずは葬式のことだな。葬式ってのは、死んだ人の遺体を、生前関わりのあった人たちが囲んで、悲しんだりして、最後に遺体を埋めたり燃やしたり沈めたりして、その魂を天に送り届ける儀式のことだ」
「魂?」
「命……というか意識のことさ。アタシらの身体と
魂は別って考えるんだ。ほら、何か嫌なことがあったり、衝撃的な出来事に出くわしたとき、胸の奥がギュッて痛くなるだろ? あれは魂が傷つけられて、血が出てるんだ。目には見えねぇけどな。だから死ってのは、魂の器だった肉体から、魂が出て行くことなんだよ」
「ふーん……」
「わかりづらかったか?」
「いや……」
そもそも人が死んで、その死体がどうなるかなんて考えたこともなかった。役人に知らせて、引き取ってもらって、終わり。もういなくなったものとして生きていく。誰かがいなくなっても誰かの人生は続いていく。死んだなら、それで全部終わりだ。それが普通で、当たり前だと思っていた。
それをジーナに伝えると、
「淡白だなぁ」
コルクで顔が少し赤くなった彼女は呆れたが、すぐにガシガシと頭をかいて俯き、ため息をつく。
「でも、まぁ、仕方ないか……そういうふうにされたんだから」
「された……?」
ジーナは火をじっと見つめたまま黙り込んだ。まだ顔は赤いが、その瞳は真剣そのものだ。燃やしている草木からパチパチと火花が散る。静かなものだ。遥か遠くに街の灯りが見える。
「……いいか、エルゼ。今から聞くことをよく聞いてほしい」
「……うん。口は挟まない」
「そうしてくれたら、助かる。ーーあのな、前に、魔法使いの魔法と儀式によって、動物と一緒に人肉を喰ったら、その力が使えるようになるって言っただろ。あれは嘘じゃないがーーどんな人肉でも良いわけじゃない。ーーアンタたち『村』の人肉じゃないとダメなんだ。その人肉のことをアタシたちは『資源』って呼んでる」
そして、と指を二本たてる。彼女の影から二本の突起が突き出る。
「『資源』になる条件は二つ。一つ目は『村』の人間の死体。二つ目は、産まれて一日以内の生きた赤子。ーーおっと、まだだぜーーアンタの宿屋にやってきた男たちや、アタシーー動物の力を使ってる奴らはみんな前者だ。暗部の幹部、それ以上の能力を使う奴らはみんな後者ーーやっぱこの話は夕飯の前にしとくべきだったか」
ジーナは口を抑えた私に申し訳なさそうな顔を向ける。
「大丈夫か? 顔が青い……というか白い」
「ーーいや、大丈夫」
「そんな顔で言われても、信じられるわけねぇだろ……」
ジーナは後ろに身体を倒し、両手を地につけ支えにした。顔を上に向ける。彼女の白い首が赤い火に照らし出される。満天の星空。街から離れているからだろうか、星はとてもはっきりと見える。
「……なんでかはわかってねぇし、アタシだって理不尽なことだと思うぜ。けど、それは事実なんだ。資源を取り込めば、強くなる。そういう事実が存在していて、なら浅ましい人間が、一体全体どうするかはわかるだろ? ーーそういう事実の、話なんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます