博士による最後の闘病レポート

ちびまるフォイ

あなたはステージいくつ?

コードック博士が到着すると部屋には死体が寝かされていた。


「どうしてこんなになるまで……」


「博士、例の病気でしょうか?」


「おそらくな……。今度こそ、原因を突き止めてみせる」


博士は死体を解剖して病気の原因や痕跡をくまなく探した。

けれど、今回もなにひとつ見つけることができなかった。


「なんでだ! なんで見つからない! 病気である人はすぐに特定できるのに!!」


その謎の病気にかかったと診断するのはすぐにできる。

熱がどうとか、そういう検診すら不要なほどあからさま。


それなのに死体をこうして解剖しても患者に聞いても、病気のことはちっともわからない。


「コードック先生、私は例の病気なんだと思います。薬をください」


「薬……。謎の病気は原因を特定中です。原因がわからなくては薬も出せないんですよ」


「そんな! それじゃ私は体に穴が空いたようなこの感覚を永遠に続けろと!?」


「そうは言っていません! 病気を直す薬がないという話を……」


「私は無価値で早く死んだほうがみんなのためだと、そうおっしゃりたいんですね!?」


「話を聞いてくださいって!」


患者は足早に去っていった。

別室で作業していた助手が気遣ってきてくれた。


「先生……さっきの患者さん」


「ああ、間違いなく謎の病気に感染している」


「感染源はなんなんでしょうか」


「あの患者は以前まで無菌室で長いこと過ごしていた。

 空気感染もなにもありえない。なのにどうして……くそっ!」


「先生、もうずっと寝ていません。今日は無理をせずに……」


「わかってる!! だが今無理せずにどうするんだ!!」


博士は机のうえに広げられていた資料をいらだちまぎれに撒き散らした。

ハッとしたときにはもう遅く、小動物のように怯えた助手が目の前に立っていた。


「きょっ、今日は失礼しますっ……」


脱兎のごとく逃げてしまった助手にかける言葉もなかった。


「……それよりも病気だ。みんなを苦しめている謎の病気を早くなんとかしないと」


博士はひとり部屋にこもって必死に謎の病気の研究を進めた。


街でのこの謎の病気の感染者は60%に自覚症状があり、

ひとたび病気に感染するとふいに喪失感にも似た"発作"が訪れる。


それ自体には殺傷能力もないのに、発作が何度も何度も起こり始めるとしだいに体に悪影響を与えてゆく。

ストレスを与えて病気の崖へといざなっていく。


男女差はなく、貧富の差も関係ない。

やせていても太っていても関係ない。


誰もが病気になるのに、いつ病気になったかを答えられる人は誰もいない。


「くそ!! いったいこの病気はなんなんだ!!」


こうしている間にも謎の病気は街の人をむしばんでいく。

博士は食事も睡眠もそっちのけで、病院にも顔を出さなくなり平日も週日も研究に明け暮れた。


やがて気づいたのはこの病気にはいくつかのステージがあるということだった。



ステージ1:排他期


無自覚である感染者も多い初期状態で、感染者は常に自衛的な行動を取るようになる。

他人を避けるような行動を多く取っているので、自覚はなくても他人からの検知はしやすい。

おそらく体の免疫系がそうさせていると考えているが原因はわからない。


ステージ2:疑心期


他人の行動や考えが読み取りにくくなり、意図や解釈の一致が難しくなる。

相手の冗談を本気に受け取ったり、そんなつもりもないのに悪く受け取ったりする。


ステージ2まで来ると絶望的で、あとは坂道を転がるように病気は進行する。



ステージ3:絶望期

あらゆる体の変調が引き起こされる時期。

ここまで進行した場合には死ぬケースが非常に多い。



「や、やったぞ……ここまで調査することができた」


コードック博士は調査レポートをまとめ終わった。


調査レポートは医療において大きな一歩だと

自分の功績に嬉しさを感じた瞬間、博士の心臓がぎゅっと苦しくなった。


「ぐっ……! な、なんだこの胸の痛み……! ま、まさか……!?」


誰よりも研究している博士だからこそ、誰よりも自覚するのが早かった。


「なぜだ! いつどこで感染した!?」


部屋でひとり研究に没頭していたにも関わらず感染するなんて予想外だった。

胸が苦しくなって、体にはすさまじい空虚感が押し寄せる。


まぎれもない謎の病気の発作だった。


「苦しい……なんだこれは……!!」


初めて病気に感染したことで博士は自覚した。

病気に感染したことで、人との接触欲求が襲ってくることに。


「はっ……そうか、だから感染者は病院に押し寄せてきたのか。

 彼らは病気にコントロールされて人への接触回数を増やすために……!!」


なんて恐ろしい病気なのか。

まるで病気自身が意思を持って寄生した体をコントロールしてくるようだ。


けれど博士は病気に屈することはなかった。


「この病気を私で最後にしてやる!!」


博士はあえて治療せずに病気の侵攻をただ受け入れた。


欲求にあらがい、こくめいに病気を書き留め続けた。


ステージ1になり人間が嫌になり、日常に変化を求めなくなる。

ステージ2になり人が笑っている理由を理解できなくなる。


そして、ステージ3へと至った。




数日後、助手は音信不通になった博士の自宅を訪れた。


「は、博士!?」


博士は自宅で死んでいて、死後数日経過していた。

死因はすぐに病院にいけば治る軽い心臓発作だった。


いつもの博士ならなんてことない病気だったのに、

謎の病気のせいで助けも呼べずにただこの部屋でひとり力尽きたのだろう。


「これは……博士の調査レポート……!」


助手は部屋に残された詳細な闘病レポートを見つけた。

そこには病気に向き合う博士の魂が込められていた。


「博士、この研究はけして無駄にしません!

 この病気で苦しんでいる多くの人を私が救ってみせます!!」



やがてその原因不明の病気は助手によって研究が進められた。

病名は博士の名前にちなみ「孤独」と名付けられた。

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