スギさん

めぐ

第1話

「大物が釣れましたねえ。」

スギさんとの出会いは突然でした。私が初めてヒラメを釣り上げ、心躍らせながら浜から上がってきたところに声をかけられたのが始まりです。私が釣り上げるところを海岸の展望台から見ていたそうです。

「えへへ、実はまだ道具を揃えたばかりで、ヒラメ釣りは今日が初めてなんですよ。」

「そうなんですか!初めたばかりで大物なんてすごいじゃないですか!私なんて何年も前からヒラメ釣りしてますけど、そんな簡単には釣れないですよ~。」

スギさんは初めて会った時からなんだか古い友人のような気がする、とても気さくな、あたたかい笑顔の人でした。

「よかったら今度、一緒にまたここで釣りませんか。」

「ええ、ぜひいろいろ教えてください。」

その日からスギさんとの楽しい付き合いが始まりました。週末になると連絡を取り合い、一緒に浜へ繰り出しました。私はこれまで他の釣りもしてきましたが、釣りに行った先々で知り合った人と話をすることはあっても、連絡先を聞き、付き合いをした人はいませんでした。

ある時、隣で釣りをしていたスギさんの糸と私の糸が絡んでしまったことがありました。慌ててほどこうしましたが、なかなかほどけず、苦戦している私を見て

「大丈夫。大丈夫。一つ一つゆっくりやればいいんですよ。」

とスギさんは言ってくれました。その優しい話し方に惹かれ糸をほどきながら私は仕事の悩みを打ち明けました。すると

「そうですか。大変ですね。でも困難な出来事も、落ち着いて、できることから一つ一つゆっくりやればこの絡まった糸がほどけたように必ず解決できますよ。」

と、暖かい眼差しで語りかけてくれました。私はその言葉に大きな安心を覚え、心の中で霧が晴れていくのを感じました。そしてふと、聞き覚えのあるような言葉だなと思いました。それは母が、亡くなった祖父がよく 「大丈夫、大丈夫。一つ一つゆっくりやればいい。」と口癖のように言っていたと話していたことを思い出したからです。


妻は私からスギさんの話を聞くたびに、

「そんなに気が合って、親切にしてくれる人なんてなかなかいないわよ。大切にしなくちゃね。」と言っていました。山の木々が色づき、秋が深まると共に、スギさんと私の付き合いも深まっていきました。


スギさんは私の息子にもとても親切にしてくれ、

「クリスマスプレゼント。ずっと使ってなくて、しまい込んであったやつだけど、良かったら使ってみて。」

「え!かっこいい釣竿!いいの⁈」

息子は兄のようにスギさんを慕うようになりました。


そして出会いも突然でしたが、別れはもっと突然でした。

年が明け、その日は釣りをしながら浜で何度か話をし、スギさんは別の場所に釣りに行くと言って別れました。そして翌日は息子を連れ再び釣りに出かけました。

「お父さん!引いてる!」

「よーし、慌てるな。これは大きいぞ。ゆっくり引くんだ!」

息子は大物のヒラメを釣り上げました。

「早速スギさんに画像を送ろう。」

いつもなら直ぐに「すごいね!」といった返信が来るのに、夜になっても返信はありません。

「スギさん 忙しいのかな~。」

「…うーん、確かお正月休みは釣り三昧だって言ってたんだけどなぁ。」

何日経っても返信はありません。いったいどうしたのかと心配していた頃、ようやくスギさんから返信がきました。

「弟と仲良くしていただいていたようですが、弟は先日亡くなりました。」

それはスギさんのお姉さんが書いたものでした。


スギさんは私と一緒に釣りをした翌日亡くなったという信じられない内容でした。あまりに突然のことで、しばらくは半信半疑で一緒に釣りをした浜に行くと、 またあの気さくな笑顔に会えるような気がしてなりませんでした。しかしスギさんとは、お姉さんが書いたメール以来いっさい連絡は途絶えてしまい、私は信じるしかありませんでした。そして遺骨の一部が散布されているという海に向かってそっと手を合わせ、スギさんとの楽しかった日々に別れを告げました。記憶を辿ると出会って数ヶ月での別れでした。スギさんとは急激に親しくなり、とても楽しい付き合いをしていたので、長い時間を共に過ごしたような気がしていました。

妻とスギさんの思い出話をしていた時、あることに気がつきました。それは、私はスギさんと同じ空気を持つ人とこれまでにも何人かと出会っているということです。スギさんに初めて会った時、古い友人のような気がしたのは気のせいではなかったのです。


ある日、実家で母とタンスの整理をしていると、写真が1枚出てきました。

「ん?これは誰だろう?…どこかで見たことがあるような…。」

私はその写真の人を見たことがないのに、何故か知っているような気がしてなりませんでした。そしてじっと写真に写るあたたかい笑顔の男性を見ているうちに、不思議とスギさんを思い出していました。

「ああ、それはあなたのおじいちゃんよ。おじいちゃんあなたが生まれた時大喜びだったのよ。それまで寝たきりのような状態だったのに、生まれて間もないあなたを抱きかかえ、『ワシの孫が生まれた!』と近所の人に見せて歩いたのよ。もう母さんオロオロしながらついていったわ~。」

祖父はその後、しばらくして亡くなったそうです。なぜだかその時

「大丈夫。大丈夫。一つ一つゆっくりやればいいんですよ。」とスギさんの言葉が聞こえたような気がしました。


私が生まれたことをとても喜んでいたという祖父。亡くなった人は誰かや何かに姿を借りて会いに来ると聞いたことがあります。思い返してみるとスギさんと同じ空気を持つ人と出会ったのも人生の大きな壁にぶち当たりどうしたらいいのかと途方にくれていたときでした。優しく私を導いてくれ、その時はどうしてこれほどまでに、親切にしてくれるのだろうかと思っていましたが、もしかしたら祖父が私を心配して会いに来てくれていたのでしょうか。

スギさん、いえ、おじいちゃん、私に会いに来てくれてありがとう。あまり心配かけたくないけど、また会いたいと思ってしまう私は、まったく困った孫です。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スギさん めぐ @me-gu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る