第22話 虫のしらせ

 メロとキーファは研究所の扉に鍵をかけ、門の前で警備をしてくれている警官に挨拶を済ませた後、馬車に乗りこんだ。

「ホワイトラン中央通りまで」

 メロが馭者に行き先を告げる。鞭を入れられた馬は一ついなないて走り出した。

「博士、どこへ行くんですか?」

 彼の隣に座るキーファが訊ねた。

「市役所だ。昨日、僕は出かけていただろう?市からある調査を依頼されていたんだ」

「なるほど……その依頼のせいで私は殴られたんですね」

 キーファが意地悪な笑みを浮かべる。

「んー、まあ……そうなる」

 メロが歯切れ悪く返した。

「役所に治療費の請求が出来ますね!」

 彼女は無邪気に笑った。



 馬車から降りた二人は、荘厳な趣の建築形式が外観に存在感を与える、ホワイトランの市役所へ入った。

 入り口からすぐのホールは、天井からシャンデリアが吊られていて、貴族の屋敷と見紛うような絢爛さの施設だ。受付に用件を伝えると、二人は奥の応接室に通された。

 広くはないが、格調高い調度品に彩られた室内のソファに腰掛ける。キーファはどこか落ち着かない様子だった。

「どうしたんだい?」

 メロがちらりと彼女の顔を覗く。

「いや。私の母がですね、ここで働いてるんです。そう思うとなんだかそわそわしちゃって……」

 

 コン、コン。

 ノックの音がする。丁寧でやわらかい。

「来たみたいだね」

 扉が開く。二人は立ち上がり、そして入ってきた人物の顔を認めたキーファの表情は、一気にぐちゃぐちゃになった。

「――おおぉおおおお母さん?????」

 現れたスーツの女性は、うすい微笑みを浮かべていた。

「あらキーファ、今朝振りね。ごきげんよう、アンダーソン博士」

「お早うございます、エルル・グリーンウッドさん」

 メロが頭を下げる。混乱する娘をよそに、母エルルは涼し気な顔をしていた。



 低いテーブルを挟んで、メロとキーファ、そしてエルルは向かい合っていた。

「とりあえず、お茶をどうぞ」

 給仕がテーブルにカップを並べ、エルルは二人を促した。

「いただきます」

 メロがお茶をすする。「おいしいです」と感想を述べる彼にエルルは微笑んでいたが、キーファは彼女を睨んだまま、ずるずると音を立ててお茶をすすった。

「こらキーファ、品がない。もう、だいたいあなた、色気がないのに品までなかったら――」

「よ・け・い・な・お・世・話!」

 キーファは勢いよくカップを置いた。水面が大きく揺れて波が跳ね上がる。

「ていうか、何でおか――母さんがここにいるのよ」

「私がメロニック博士に仕事を依頼したからに決まってるでしょう」

 「ね、博士?」とエルルはメロに微笑む。メロもまんざらではない顔で――、

「あたし、暴漢に殴られてケガしたんですけど?請求しますから、治・療・費!」

 鬼気迫るキーファだったが、母は笑って、

「あなた、丸腰の相手に対して、銃を持っていたんでしょう?そんな状況で殴られるなんて、あなたの不注意じゃないの」

 キーファは「うっ」と言葉に詰まり、

「その銃だって、メロニックさんが『あなたの護身用のために』、ってわざわざ買って置いといてくれたものじゃない。違う?」

 何も言い返せないまま「う~」と唸るキーファ。市役所の応接間で朝から親子喧嘩を繰り広げる二人を尻目に、メロは気まずそうにお茶をすすっていた。

「それに、何?あの新聞の見出し」

 キーファは、はっとして朝の光景――メロとのやりとりを思い出す。

「『襲われた美女!』ですって。ふふふ」

 キーファは席から立ち上がり、カーッと顔じゅうを真っ赤に染めて部屋の中を動き回りだした。

「グリーンウッドさん、そろそろ――」

 こほん、と咳をはさむメロ。

「エルルでいいわ、博士」

 エルルはにこりと微笑む。

「――そうですね……ではエルルさん、本題に入りましょう」



「害虫駆除?」

「そう、害虫駆除」

 しばらくして落ち着いたキーファは、依頼内容が書かれた契約書を母から受け取り、目を通していた。

「このホワイトラン市役所の向こう側――五番街で立て続けに害虫被害の届け出があってね」

 エルルはテーブルの上にホワイトランの全体地図を広げた。

「最初に被害が発生したのがここ、五番街の外れ。それがここ一週間で、五番街全体にどんどん拡大しているの」

 エルルが地図上にペンで印をつけていくと、五番街はたちまち真っ赤に染まってしまった。

「すごい繁殖能力……」

「そう、市民は困り果てている。だから、専門家に依頼したの」

 メロは塗りつぶされた地図をじっと観察していた。

「害虫駆除業者に頼めばよかったんじゃないの?」

「一番初めにそうしたわ。けど、ホワイトランの業者の装備じゃ、対象に効果がなかった」

「ふーん。で、どんな虫なの?」

 キーファが書面から顔を上げると、エルルはにやりと笑って身を乗り出した。

「それがすっごく……」

「すっごく……?」

「すっごく――クサいの」

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メロニック博士と結晶昆虫 そうま @soma21

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