第21話

 フォーチュンクッキーが納品した『モエルドリの火打ち石』は、後日、鑑定人協会から派遣された鑑定人によって再鑑定がなされる。

 そこでもやっぱり、SSSランク判定を受けた。


 よってフォーチュンクッキーは、いままでさんざん苦しめられてきたオールグリードに初めての白星を飾る。

 世界一のギルドであるオールグリードを相手にクエストで競合し、勝利したというのも初めてのことであった。


 この事実は新聞で報じられ、瞬く間に世界中に知れ渡る。

 それだけではない。


 オールグリード以外からSSSランクの部位が納品されるのは実に百年ぶりのこと。

 しかも木片級という下位ギルドからとあって、これも大いに話題となった。


 SSSランクの『モエルドリの火打ち石』は、とんでもない額の報酬が上乗せされる。


 なんと、1億エンダーっ……!


 依頼人からこのことを知らされたギルドメンバーたちは、ジャック以外、もれなく失神したという。

 彼らはいままで、50万エンダー以上の報酬を受け取ったことがなかったのだ。


 おかげで、フォーチュンクッキーが抱えていた借金はきれいさっぱり返却できた。

 この借金は裏からオールグリードが背負わせていたものでフォーチュンクッキーを潰すための作戦のひとつだったのだが、オールグリードはその手も失ってしまう。


 ポイテルは村の全焼という失態だけでなく、購入したものを納品しようとしたことがバレ、さらに鑑定人を買収していたことが明るみに出た。

 彼は多額の賠償と借金を背負わされたため、絶対勇者デザイアンの処刑こそ免れたものの、オールグリードが通じている強制労働所で働かされているという。


 そこは、「あそこに行くくらいなら死んだ方がマシだ」と言わしめるほどの場所だという。


 インチキ鑑定人は、今回のことで余罪を追及され、ボロボロとホコリが飛び出す。

 闇ルートで稼いだ金は没収され、鑑定人協会からは永久追放を言い渡される。


 追放された鑑定人に未来はない。

 彼は生活のために借金を余儀なくされ、最後はポイテルと同じ強制労働所送りになった。


 そこでは、『鑑定会』の最後にふたりが披露していた、醜いキャットファイトが再び繰り広げられているという。


 そして今日、ギルド『フォーチュンクッキー』の庭では、祝勝会が行なわれていた。


「ちりんちりーん。焼き鳥が焼けましたよぉ、まだまだいっぱい焼いてますから、どんどん召し上がってくださいねぇ」


「こちらはカラアゲです。おじさまから最高級の油を頂きましたので、それで揚げてみました」


 モエルドリの部位をメインディッシュとしたパーティ。

 あたりには香ばしい香りがただよい、笑顔があふれていた。


 なかでもいちばんご機嫌だったのは、


「ははっ、酒のアテといえばやっぱりコレだよな! ぷはーっ! ビールが進む進む!」


 上機嫌で焼き鳥とカラアゲを頬張り、ジョッキを傾けるジャックであった。


「ちょっと、ジャックさん! 飲み過ぎよ! 明日もクエストがあるんだから、ほどほどにして!」


「堅いこと言うなよオネスコ、お前も一杯どうだ?」


「わたしは未成年よ! 未成年にお酒を飲ませようとするんだなんて、なにを考えてるの!?」


「おじさま、お待たせいたしました。焼き鳥のタレ味のフォーチュンクッキーです」


「おお、塩味もいけるから、焼き鳥のタレでもいけると思ったが、これもうまいな!

 これも、じゃんじゃんもってきてくれ!」


「くすっ。はい、かしこまりました」


「って、神聖なるフォーチュンクッキーになんてことを!?

 塩味はミスの延長のようなものだからいいものの、焼き鳥のタレで味付けするだなんて!?

 しかもそれを、プリシラ様に作らせるだなんて!

 あなたって人はっ! あなたって人はぁぁぁぁぁ~~~~っ!!」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 時は少しだけ戻る。


「……んじゃあプリシラ、モエルドリとの戦闘を楽にするためのクッションを作ってくれるか?」


「はい、かしこまりました。それで、どのようなものをお作りすればよろしいでしょうか?」


「モエルドリってのは翼のとこにある石を打ち鳴らして火を起こすんだ。

 その石に緩衝材のようなものをくっつけてやれば、石を使えなくできるんだ」


「なるほど、そのためのクッションというわけですね」


「大きさとしてはそうだなぁ、50センチくらいあればいいかな。

 厚みは20センチもあればいいかな。それを左右の翼に付けるから、ふたつ頼む」


「かしこまりました。表面のデザインはどのようにすればよろしいでしょうか?」


「それは任せるよ、動物でも花でもなんでも好きにしてくれ。

 ただ、キラキラ光るようなものだけは付けないでくれるか?」


「はい、おじさま」


 ……それからプリシラは、ちくちくと針仕事を開始する。



 ――このクッションを上手に作ったら、おじさま、喜んでくださるでしょうか?

 そのためにはデザインも、素敵なものにしないと……。


 おじさまはお酒がお好きみたいですから、お酒の瓶の形をしたクッションなんてどうでしょう?

 でもクエスト中はお酒を我慢されるでしょうから、目の毒になってしまうかもしれません。


 う~ん……。



 気付くとプリシラは花畑にいた。

 そこに白馬に乗ったジャック現れ、彼女に手を差し伸べる。


 抱き寄せられるようにして、馬に乗るプリシラ。

 そしてふたりはそのまま……幸せなキスを……!


「……はっ!?」


 唇が触れる直前、我に返るプリシラ。



 ――お、おじさまと、接……!

 いくらボーッとしていたとはいえ、そんなはしたないことを考えてしまうだなんて……!



 人知れず、カーッと赤くなってしまう。

 そしていつの間にか仕上がっていたクッションのデザインに、彼女は総毛立つほどに驚いていた。


 それはなんと、デフォルメされたジャックと、プリシラのクッション……!

 プリシラはとんでもないものを作ってしまったと、わたわたと慌てる。



 ――わっ、わっ、わっ、わわっ!? わたしったら、なんてクッションを……!


 このクッションどうしはモエルドリさんの火打ち石に付けられるものなのですよ!

 それなのに、こんなデザインにしてしまったら……!


 モエルドリさんが火打ち石を打ち合わせるたびに、おじさまとわたしが、接……!


 そ、そんなこと、とんでもありませんっ!

 ギルドのみなさんが見ている中で、おじさまと接……! だなんて……!



 別にクッションどうしがくっついてもキスしたことにはならないのだが……。

 箱入り娘だったプリシラはちょっと感覚がズレていて、超がつくほど純情。


 もはや彼女のなかでは、路チューのような絵面が溢れ、止まらなくなっていた。

 エルフ独特の細長い耳が、まるで不死鳥の翼のように、カッカと赤熱している。


 そこに、例のおじさまが通りかかった。


「おっ、もうできたのか、早いな。さっそく貰ってくぜ、サンキューな」


 プリシラの手からひょいと、ふたつのクッションを取るジャック。


「えっ、あっ、ちょ、おじっ」


 プリシラはパニックに陥り、目をグルグルと回していたせいで、止めることができなかった。


 ……そう、これがプリシラが、モエルドリ討伐クエストの最中、留守番をしていた時に感じていた『杞憂』の正体。



 ――ああっ、みなさんの前でおじさまと、何度も何度も接……! することになるだなんて……!

 みなさんが帰ってきたときに、わたしはどんな顔でお出迎えをすればよいのでしょうか……!?



 ……ちなみにではあるが、そのクッションはクエスト後にも持ち帰られ、繕いなおされてギルドにある神棚に飾られている。


 仲間たちは女の子のクッションのほうは、モデルがプリシラであることにすぐに気付いた。

 しかし男の子のほうはあまりにも美化されていたので、モデルがジャックであることを知らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『物欲センサー無視』の剥ぎ取り師。SSS級のレアアイテムを取り放題で、姫巫女のギルドで慕わるように。俺を追放した勇者ギルドでは、剥ぎ取れるのはゴミばかり? でも実にお似合いなので、そのまま埋もれてろ。 佐藤謙羊 @Humble_Sheep

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ