第20話

 『鑑定会』の会場は、誰もいないかのように静まり返っている。

 しかし寒々とはしておらず、むしろ熱気に満ちていた。


 そしてこの場にいたすべての人間が、あるひとり人物に注目する。

 まるで、一挙手一投足すら見逃さないとしているかのように。


 それが、プリシラ、オネスコ、ママベルならまだ理解もできる。

 彼女たちは、街を歩けば衆目を自然と集めるほどに美しいからだ。


 しかし、いまこの場で視線を独り占めしていたのは、ただの中年男。

 それも、ほろよい気分で赤ら顔の、酔っ払いのオッサンであった。


 周囲に緊張の糸が張り巡らされ、誰もがそれに触れないようにと身を固くしているのに、彼だけは身体をフラフラさせている。

 その様はまるで、赤外線センサーの張り巡らされた美術館を悠々と歩く、伝説の怪盗のよう。


 だが今の彼の立場は真逆であった。

 ジャックは小悪党を追いつめた名探偵のように、悠然と口を開く。


 その矛先はまず、かつての弟子に向けられた。


「おい、ポイテル。この火打ち石は、どこで手に入れたものなんだ?」


 ポイテルは一瞬警戒の色を見せたが、「ウィサー森林っぽい」と答える。

 「ぽい、じゃなくてちゃんと答えろ」と凄まれ、「ウィサー森林です」と言い直す。


「そうか、ってことは、お前はモエルドリと戦うのは……いや、見るのも初めてだったんだな。

 っていうか、ロクに見てもなかったんだろう。

 教えてたよな? 初めて実物を見たモンスターは、戦う前に隅々まで確認して、特徴を覚えなきゃ駄目だって」


 「な、なにを言って……?」とうろたえるポイテル。

 焦れたように、鑑定人が口を挟む。


「あなた、さっきからなにを言っているのですか!?

 私の鑑定がおかしいことを証明してくれるのではなかったのですか!?」


 すると、ジャックは酔いが一気に覚めたような表情を鑑定人に向けた。


「おいおい、お前、マジで気付いてないのかよ?

 ポイテルはともかく、お前はわざととぼけてるのかと思ってたのに」


 「はぁ?」と眉を吊り上げる鑑定人。


「わざととぼける? この私がなにを?

 この石がどこで採取されたかとか、モエルドリの特徴を、この私がとぼけていたとでも……!

 ……ううっ!?」


 鑑定人は言葉の途中で、心臓を貫かれたように胸を押える。

 これ以上ないくらいにわかりやすい、『図星』のリアクションであった。


「やっと気付いたか、オールグリードの石は、ウィサー森林で採取されたものではないことを」


 鑑定人は一気に大人しくなったが、かわりに「なにっ!?」とポイテルがいきり立つ。


「その石は、まぎれもなくウィサー森林で、このポイが採取した石っぽいのに!

 なにを証拠に、そんなデタラメっぽいことを……!」


 ジャックは肩をすくめ、鑑定人に水を向ける。


「はぁ、あまりにも基本的すぎてバカバカしいから、お前さんのほうから教えてやってくれ」


 すると、鑑定人は胸を押えたまま、呻くような声を絞り出した。


「……森林にいるモエルドリの身体は、緑色をしていて……。

 翼の先にある火打ち石も、それに近い色をしているのです……」


「なっ……なにぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーっ!?!?」


 衝撃の真実が発露し、見物人たちはひっくり返らんばかりに仰天していた。


「どういうことなんだ!? オールグリードの石は、薄茶色をしているぞ!?」


「そういえば聞いたことがある! モエルドリは棲息場所によって、身体の色が違うって!」


「森林種と荒野種ってやつよね!? 森林種は緑色で、荒野種は白色だそうね!」


「って、ことは……あの石は、荒野で採取されたもの……!?」


 見物人たちの視線は、ポイテルに集まる。

 ポイテルの頭皮からは、滝のような汗が溢れ出していた。


「かっ……勘違い、してたっぽい……!

 この石はウィサー森林じゃなくて、どこか別の荒野で……!」


 「そうかい」とジャック。


「まあ、それはどこだっていいさ。それよりも、これでわかっただろう?」


 彼は壇上の真ん中で、主役のように両手を広げ、客席に向き直る。


「ここにいる鑑定人は、そんな基本的なことも見抜けなかった……!

 忘れてたのか、それともわざとなのか……。

 どっちにしたって、フシアナ鑑定人なのは間違いない。

 そんなヤツの鑑定結果が、果たしてアテになるのかねぇ……!?」


 鑑定人は汗を撒き散らしながら、ヒステリックに叫び返す。


「そ、そんなことはないっ!

 私は最初から気付いていて、言わなかっただけだ!

 だって、この石がどこで採られたものなのかなんて、依頼人にはどうだっていいことなのだから!」


 「そうだそうだ!」とポイテルも加勢する。

 彼らの真上にだけ雨雲があるかのように、ふたりとも汗でびっちょびちょだった。


 それに対してジャックは、初夏のカラッとした気候のリゾート地にいるかのように、涼しげな顔のまま。


「そうかい、それじゃあ今あったことを、鑑定人協会に伝えるとするか。

 そしたら間違いなく再鑑定の判断が下るだろうな。誤鑑定は、協会の面子にかかわるからな。

 きっと立派な鑑定人がやって来て、隅々まで明らかにしてくれるだろうさ。

 この石が、どこから手に入れたものかまでをな。

 ……今のうちだと思うぞ、正直になるのは」


 すると、共同戦線として寄り添っていたふたりは、反発する磁石のように、びよんっ! と離れた。

 先手必勝とばかりに、ポイテルが指さし叫ぶ。


「こっ、コイツがポイをそそのかしたっぽい! いや、そそのかしたんだ!

 3000万エンダーを払えば、闇ルートで石を回してやるって!

 それだけじゃなくて、鑑定会でも便宜を図ってやるって!」


 鑑定人は鑑定台のほうに移動していた。


「よく見たら、フォーチュンクッキーの石は本物ではないですか! しかも未使用とは!

 これはまさに、奇跡の逸品です! 文句なしで、SSSランクと認定しましょう!

 この勝負、フォーチュンクッキーの、勝ち! 勝ち! 勝ちぃぃぃーーーーっ!!」


 罪のなすりつけ勝負のほうは、鑑定人のほうが一枚上手であった。

 彼はフォーチュンクッキーの石に太鼓判を押したあと、ジャックに向かってシュバッと五体を投げ出す。


「偉大なるジャック様! このとおり、正しく鑑定をやりなおしました!

 ですからお願いです! どうかこのことは、鑑定人協会にはご内密に!

 あと、ポイテルは頭のおかしい男ですから、アイツの言ってることを信じてはいけませんよ!」


「なんだとっ、このぉーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 鑑定人に掴みかかるポイテル。

 『鑑定会』の壇上では、世にも醜いキャットファイトの幕が、切って落とされていた。


「ギャフベロハギャベバブジョハバ !!」

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