第19話

 『鑑定会』はもはや決着ムードに包まれつつあった。

 フォーチュンクッキーの参加者席は、すでにお葬式ムードだったのだが……。


 しかし、たったひとりのオッサンの出現によって、流れは大きく変わる。

 フォーチュンクッキーのメンバーたちは、ジャックの姿を見た途端、まるで神が降り立ったかのような表情になった。


「じゃっ……ジャックさぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」


 誰もが椅子から立ち上がり、ジャックのまわりに集まる。


「ちょ……ジャックさん! こんな大切なときに、どこに行ってたのよ!?

 まったく、あなたって人はぁぁぁぁぁ~~~~っ!!」


 壇上にいたオネスコも、いつもの自分を取り戻した様子で階段を駆け下りていた。

 そして会場のなかで、誰よりも驚いていたのは……。


「なっ……!? ジャック……!? 生きていたのかっ!?」


 かつての弟子であった、ポイテルであった。

 彼の表情はさながら、葬式の最中に死者が棺を破って飛び出したのを目の当たりにした、参列者さながら。


 しかしその、親を殺した子供のような驚愕は、ジャックには届いていない。

 オッサンは半泣きの仲間たちに囲まれ、わぁわぁとすがられていたからだ。


 これまでのだいたいの事情を聞いたジャックは、仲間たちをなだめたあと壇上へと向かう。

 それが結構な千鳥足だったので、見物人たちは「なんだ、アイツ……!?」とざわめいた。


 ジャックはその途中、ある人物の存在に気付く。


「おや、ポイテルじゃないか、元気してたか?」


 ポイテルは「あっ……ああ……!」と、掠れた声でなんとか返事をする。


「おいおい、なんでそんなにブルってるんだ? 顔も、まるで死人みたいに真っ青だぞ」


 そう言われ、ポイテルは足がひとりでに震えていることに気付き、ガッと押える。

 そのただなら狼狽っぷりに、見物人はいぶかしがった。


「おい、なんでオールグリードの代表者は、なんで怯えてるんだ?」


「相手はただの酔っ払いのオッサンだってのに、あんなに震えて……」


「さっきまで勝ち誇った顔をしてたのに、今じゃシッポを巻いて逃げそうになってるじゃないか」


「ただ現れるだけで、世界一のギルドの人間を負け犬みたいにしちまうだなんて……」


「あのオッサン、いったい何者なんだ……?」


 見物人たちの興味も、すっかり謎のオッサンに移っていた。

 ジャックは周囲の視線など気にも止めず、フラフラと壇上の真ん中に歩いていく。


 鑑定台にならべられたふたつの火打ち石に一瞥をくれただけで、鼻で笑った。


「へっ、これでオールグリードの石のほうに軍配を上げるとは、鑑定人はフシアナのあいたデクノボウかなんかか?」


 鑑定人はタチの悪い酔っ払いに絡まれたかのように、顔をしかめる。


「なんだねキミは、いきなり出てきて無礼ではないか。

 この鑑定人歴20年のこの私を、デクノボウ呼ばわりするとは。

 『鑑定会』における鑑定人の侮辱は、ギルドに重いペナルティが科せられることを知らないのかね」


「へぇ、いちおうの知識はあるんだな。

 じゃあ『鑑定会』において、鑑定人が虚偽の鑑定を行なった場合は、どうなるかも知ってるだろうに」


「キミは、この私が虚偽の鑑定をしたと言いたいのかね」


 鑑定人はあからさまに不機嫌そうな表情を作ると、


「ならばそれを証明してみせてもらおうか!

 もしそれができなれば、キミを……!

 いや、フォーチュンクッキーを鑑定人侮辱罪として、冒険者ギルド協会に告発させてもらう!」


 「ざわっ……!」と会場全体がざわめいた。

 鑑定人はニタリ、と顔を歪める。


「だが、今ならその無礼、許してやってもかまわん……!

 この場で私に土下座するのだ! そうしたら、告発は取り下げてやってもいいぞぉ……!?」


「そうやって脅せば、俺が引き下がると思ってるのか?」


 ジャックが表情ひとつ変えずに言ってのけたので、鑑定人はぐっ、と奥歯を噛みしめる。

 ならばと、鑑定人は参加者席にいるフォーチュンクッキーの面々に呼びかけた。


「よろしいのですか!? このまま鑑定人侮辱罪で訴えられたら、あなたたちのギルドはおしまいですよ!?

 ギルドがそんな理由で解散となったら、姫巫女であるプリシラ様の面目も丸つぶれでしょうなぁ!」


 この時、プリシラはうつむいていた。

 誰もが、暗く沈んだ彼女の顔を思い浮かべていた。


 きっと顔をあげた彼女は、泣きながらこう言うだろう。

 「それだけはどうか、お許しください……!」と。


 しかし深い海のような色の髪が、割れる波のように翻ったかと思うと、


「わたしは、おじさまを信じますっ……!」


 そこには、いつも楚々としている彼女からは、想像もつかないほどに凜々しい表情があった。

 見物客から「おおっ……!」と驚きの声が漏れる。


 思いも寄らぬ反撃に、鑑定人は、ぐぬっ! となった。


「お……おやおや、聡明なるプリシラ様ともあろう方が、なにを乱心なさっているのですか?

 お付きの聖騎士殿と大聖女殿、早くプリシラ様を止めたほうがよいのではないですかな?」


 プリシラの傍らに付き従っていたふたりの従者、その表情はもはや、主と同じくらい迷いがない。


「ママも、ジャックちゃんを信じるわ!」


「わたくしも、ジャックさんを信じる!

 ジャックさんがそう言っているのであれば、あなたはインチキ鑑定人よっ!」


 直後、彼女の背後にいたメンバーたちが、声を揃えた。


「お前は、インチキ鑑定人だぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 ギルドメンバー全員からインチキ呼ばわりされ、鑑定人はもはや人目もはばからず歯ぎしりする。


「ぐぎぎぎぎっ……! こんな酔っ払いに命を預けるとは、あなたたちは狂っている……!

 でもそこまで言うなら、証明してもらいましょうか!」


 脅しが効かないとわかった鑑定人は、ひん剥いた目をジャックに戻す。


「さぁ! この私の鑑定が間違っているという証拠を、今すぐこの場で示してもらいましょうか!

 できなければ、私はこの足で即刻、冒険者ギルド協会へと向かいます!

 さぁ示しなさい、さぁお出しなさい!

 さぁ、さぁ、さぁ! さぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 鑑定人は確信していた。

 「そんな証明は、絶対にできない」と。


 まず大前提として、鑑定人の鑑定知識が間違っていることを証明しなくてはならないからだ。


 たとえどんな指摘をされたところで、ありあまる鑑定知識で覆してしまえばいい。

 なんだったら、ウソの鑑定知識をでっちあげ、さらに貶めてしまってもいい。


 『鑑定会』において、鑑定人の発言こそがなによりも重んじられるというルールがある。

 この絶対不変のルールがある以上、鑑定人に意見するということは、神に逆らうも等しい行為であった。


 人間は絶対に、神には勝てない。

 なぜならば人間は、神を怖れているから。


 しかし、彼は知らなかった。

 いま目の前にいるオッサンは、この世界の唯一神ともいえる、女神すらも呼び捨てにしていることを。


 人間は絶対に、神には勝てない……。

 しかし神を怖れぬ人間は、時として……。


 ……神をも殺すっ……!

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