第18話

 フォーチュンクッキーの持ち込んだ『モエルドリの火打ち石』は、純白の布に包まれていた。

 それはおろしたてのような、まばゆい白さであったのだが……。


 その中から現れたものは、目もくらむような輝きを持つ石であった。

 それが白日の元に晒された途端、


「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!?!?」


 その場にいるフォーチュンクッキーの関係者以外全員が、アゴが外れんばかりに絶叫する。


「す……すげえ! あんなに美しい状態の火打ち石は初めて見た!」


「滑らかな光沢で、傷ひとつついてないぞ!」


「アレと同じものを、ワシはオークションで何度か見たことがあるぞ!

 未使用の火打ち石だったんだ!」


「未使用だって!? マジかよっ!?」


「未使用だと、あんなにきれいなのね……! まるで、おおきな真珠みたい……!」


「未使用の火打ち石は、高位の即死魔法でもなきゃ無理だってされてるのに……!


「それだけじゃないぞ!

 たとえ火打ち石を使わせずに倒せたとしても、石を傷付けずに剥ぎ取るのが難しいんだ!」


「なに!? じゃああの石は間違いなく、SSSランクじゃないか!」


 そのとき、壇上にいた者の反応は様々。


 オネスコはエッヘンと得意満面、依頼者は大興奮、鑑定人はワナワナと震えている。

 そしてポイテルは、絶望の淵に立たされたような顔をしていた。


 しかしポイテルは、額に汗を浮かべながらも、すぐに忍び笑いを浮かべる。



 ――ま、まさか、フォーチュンクッキーのような弱小ギルドが、SSSランクの火打ち石を持ってくるっぽいだなんて……!

 ヤツらはいったい、アレをどうやって手に入れたっぽいんだ!?


 でも、危なかったっぽい……!

 もうひとつの保険をかけておいて、良かったっぽい……!



 彼はニヤリと鑑定人を見る。

 鑑定人は戸惑っている様子だったが、ポイテルに視線で「やれ」と命じられ、覚悟を決めた様子で咳払いをすると、


「お……おっほん! 見た目は悪くないようですが、これは真っ赤なニセ物ですな!」


「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!?!?」


 今度は、フォーチュンクッキーの関係者全員が、アゴが外れんばかりに絶叫していた。

 すぐさまオネスコが食ってかかる。


「そんな! それは正真正銘の、モエルドリから剥ぎ取った火打ち石です!」


「いいえ、ベテラン鑑定人であるこの私の目は誤魔化せませんよ。

 これは丸い石を研磨して、ツヤを出しているだけです」


「違います! もっとちゃんと確かめてください! わたくしたちはたしかにモエルドリを倒して……!」


「いい加減にしなさいっ! ニセモノの納品をしたギルドがどうなるか、知らないわけではないでしょう!?

 今回だけは見逃してあげますから、この石ころをもって、さっさと出て行きなさいっ!」


 「なんだ……」と見物人たちから溜息が漏れる。


「アレはニセモノだったのか……。どうりでおかしいと思ったんだよ」


「ああ、木片級のギルドがSSSランクの剥ぎ取りなんてできるわけがないからな」


「うわぁ、最低! 姫巫女様のギルドだから、清く正しいギルドだと思ってたのに……!」


 なんとか反論しようと、言葉を探すオネスコ。

 ポイテルが彼女の前に移動し、目の前で煽りたてるように反復横跳びをはじめる。


「ふぅーん、いくら勝てないからって、ニセモノを出してくるっぽいとはねぇ。

 万年最下位ギルドだったフォーチュンクッキーっぽいねぇ。

 あ、わかった、きっとキングリザーダッグの胆石もニセモノだったっぽい?

 だってあのレアアイテムを3つもいっぺんに納品できるなんて、ありえないっぽいもん。

 それとも、剥ぎ取り師に騙されちゃったっぽい?

 だから今、ここにいないっぽいんだよ。

 ねぇ、騙されてどんな気持ちっぽい? ねぇ、今どんな気持ちっぽい? ぽい? ぽいぽい?」


 「ぐっ……!」と歯噛みをするオネスコ。

 爪が食い込むほどに拳を握りしめていた。


 彼女は……いや、フォーチュンクッキー自体が、『鑑定会』に出るのは初めてである。

 そのため誰しもが、クエストにおいて全力を尽して獲得した納品物を、持ち込めばそれだけで良いと思い込んでいた。


 たとえお互いの納品物がどんなものだったとしても、それらは正しく鑑定されると信じていた。

 そしてどちらが勝ったとしても、冒険者どうし、恨みっこなしで健闘を讃え合うものだと思っていた。


 だが、現実は違った。

 鑑定人は買収されており、その鑑定眼は曇りきっていたのだ。


 『鑑定会』において、鑑定士の判断はなによりも優先される。

 鑑定結果に意義を唱える場合は、それだけの論拠を示さねばならぬのだ。


 しかし、まだ若いオネスコには、純粋無垢な少女には……。

 汚れた大人に立ち向かうだけの、したたかさは持ち合わせていなかった……!


 彼女は自分でも無意識のうちに、ある人物の名を、心の中で叫んでいた。



 ――じゃ、ジャックさん……!

 こういうときは、どうすればいいの……!?


 どうすればこの石を、本物だって証明できるの……!?


 お願い……!

 助けて……! 助けて、ジャックさんっ……!!



 参加者席にいるフォーチュンクッキーの仲間たちは、誰もが消沈していた。

 どうしようもないと、誰もがあきらめていた。


 プリシラはママベルの胸に顔を埋めている。

 きっと、泣いているのだろう。


 彼らは打ちひしがれていた。


 自分たちはどうあがいても、絶対勇者のギルドには勝てないのだと……!


 そこに、空気の読めない声が割り込んできた。


「おいおい、どうしちまったんだ? どいつもこいつも、葬式みてぇな顔しちまって」


 「はっ!?」と会場の入口に、視線が集まる。

 そこには扉にもたれかかるようにして、小瓶をあおる、ひとりのオッサンの姿が。


「じゃっ……ジャックさぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」

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