後日談 ③

「はい。これ飲んで」


 ねこに出された、わざと熱々にされた紅茶を、あつっと言いながら飲むいぬ。

 それを見ながら机の向かいに座り、自分もため息をつきつつこちらは普通の温度の紅茶を飲む。


「あんたねぇ、こんな夜中に大声出して何してるのよ……いくらたことえびに乗せられたからって」

「そ、それは」

「全部飲むまでしゃべらない」


 ねこが睨むと、いぬは顔を顰めたがいつものように反発はせず黙って熱々の紅茶との格闘に戻った。


「サギとヒトデは、ちょっとしたすれ違いがあって、私とわにさんが橋渡しをしてたの。最後に仲良くなれそうなアイテムを贈っといた結果が、あの返答だったわけ」


 ねこの説明に、いぬはすれ違い? と思ったが、兄貴の事だから大丈夫だろうとすぐに流した。全然大丈夫ではなく、危うくラファトリシアに全力で向かおうとしていた事など露知らず。

 いぬが紅茶を飲み終わるまで、ただ静かな時が流れ、苦戦しながらもなんとか飲み終えたいぬはカップを叩きつける勢いで机に置いた。それを見て全然落ち着いてないわコレと思うねこ。


「俺は!」

「声を落とす。今夜中。何度も言わせないで」


 言いかけたいぬに、半ばドスの聞いた声を出すねこ。

 うっといぬは一瞬怯み、だが折れずに続けた。


「俺は、別に乗せられてたわけじゃないぞ」

「あらそうなの。あんなところで言うなんて乗せられているとしか思えなかったわ」

「うぐっ……それは……悪かった……」


 珍しく素直に謝るいぬに、ちょっと意外に思うねこ。もっとごねるかと思っていた。


「でも俺は、冗談で言ったつもりはないぞ」


 睨むように言われ、だから全然そういう雰囲気じゃないんだけど? と思うねこ。これで落とされる女がいたら見てみたいと呆れる。


「そんな気配は微塵もなかったんだけれど? 急に言われてもね」

「………エラントス」

「エラントス?」

「エラントスに行った時、サギに会ってわかった」

「サギに?」


 なんでここでサギ? と首を傾げるねこ。

 いぬは真面目な顔で頷き、わけを話した。


「俺はあの部屋のみんなは、大事な仲間だと思ってる。困ってたら助けてやりたいし、たぶん俺が困ってたら助けてくれるんだろうなって、そう思ってる」

「それは……ええ。そうだと思うわ」


 それぞれ特殊な環境で育ち、苦労し、そして出会った仲間だ。今のように平穏な生活を送れるのもあの仲間がいたからだとねこも思う。


「だから、いつもねこがあいつらに嫁にしたいだの、色っぽいだの言われてるの聞いても、仲間の事を言われてイライラしてると思ってた」

「あいつら?」

「軍のやつら」

「あ、そう」


 一応自分の容姿は理解しているつもりなので、そういう見られ方をしているのも承知しているねこ。今更だ。


「だけど、ラファトリシアに一緒に行った奴がサギの事を言ってても、別にイライラしなかった。兄貴に殺されるんじゃないかとは思ったけど」

「それ比較対象が悪すぎない?」

「俺は!」


 ねこの鋭い突っ込みに、いぬは一瞬声を大きくしたが、はっと気づいてすぐに抑えた。


「俺は、それからずっとそれが引っかかってて、いろいろ見ていたんだ。あの部屋以外にも大事な仲間はいるし、だけどそういう奴が言われてても心配はしたけど、イライラはしなかった」


 いぬはずっと真っ直ぐにねこを見つめて話す。

 ねこは平然とした風を装いながら参ったわねと困っていた。


「何でねこだけなんだろうってわからなくて、もやもやしてて、えびやたこが偶々こっちに来てた時があって、相談してたらなんとなくわかって。

 それからお前を見てるとどうしていいかわからなくなって、俺はどうせ嫌われてるだろうし、いっつも喧嘩してるし、でも気になって……ごめん」


 ずこっとコケそうになるねこ。何故そこで謝るのか。今の流れは告白する流れではないのかと突っ込みそうになる。

 ずっとねこを見つめていたいぬは、視線を落として肩まで落としていた。


「えびとたこは、俺がずっとうじうじ悩んでいるのを見かねてああ言ってくれたんだ。だからえびとたこを怒らないでほしい」


 ねこはため息をついて紅茶のカップを机に置いた。


「あのねぇ……たことえびはこの際置いとくとして。

 私、あんたからちゃんと聞いてないんだけど?」

「へ?」

 

 顔を上げたいぬに、ねこは笑った。


「だから言ったでしょ。私、あんたの事嫌いじゃないわよ?」

「っ……ねこ! 好きだ! 結婚しよう!」


 いきなり机を飛び越え抱き着き叫ぶいぬに、ぎょっとするねこ。


「ちょっと! わかったから今夜中!」


 と、制したがなぜか部屋の外から拍手の音が聞こえてきた。

 まさかとドアを見ていれば、開いたそこにはえびに加えてたこまでが、にこやかな顔で拍手をしていた。

 一瞬にして羞恥に赤く染まるねこに、えびとたこの他に控えていた侍女や兵士たちも、おやおやまぁまぁと笑顔になった。最近紅の魔導士の周りをいつになくうろつく暁の将軍の噂は、城にいる者はみな知っている話だった。

 そんな事は知らないねこは、必死にいぬを引き剥がそうとしていたが、脳筋を引き剥がせるわけもなく、そのまま幸せそうないぬに抱っこされて騒ぎに集まった人々に祝われるはめになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シンデレラ?はポイント制(仮 うまうま @uma23

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ