最終話


「後輩君はどう思う?」


「どう思うと言われてもね。死刑に賛成とも反対とも、どちらがいいとか選べない」


「では死刑執行人の問題は?」


「刑務官にいつまでもやらせるのはおかしい、というのは解った。だけど、人権軽視の日本は司法がおかしいことが当たり前みたいなものだろ。変わりはしないと思うよ」


「ずいぶんと酷いね、後輩君は」


 僕先輩がため息を吐く。溜め込んだものを吐き出して、少し気が抜けたようになっている。


「これからも、刑務官に職務の本分を違えることをやらせ続けると? 非道な話だ」


「結局のところ、人はスッキリしたいだけなんだ。凶悪犯が死刑になったらスッキリする、というのに慣れてしまった。自分の知らない誰かが死刑執行してくれたらそれでいい。誰が実行してるかは知りたくない。知らないままに、あいつを殺せ、と言うのが気持ちいいわけだ」


 誰が死刑執行しているかなんて、べつに知らなくてもいい。知りたくも無い。これまで死刑制度があったからこれからもあるべきだ。だけど自分が手を汚したくは無い。そのための金も払いたくは無い。知らないところで知らない人が知らない内にやってくれたらそれでいい。

 何も知らないままに被害者に同情して、犯人を吊るせと言うのが気持ちいい。だけど面倒なことはしたくない。

 それが大多数の人達の本音というものだろう。


「良くも悪くもこれまでそれでやってきた。だったらこれからもそれでいい、となるだろ」


「制度としてあるのなら、誰かがやらなければならない。そこには現場で働く人がいるのに。しかも刑務官の本分とは真逆だというのに。刑務官のパラドクスはどうなる?」


「刑務官以外に死刑執行人を公務員として雇えたなら、先輩は納得するのか?」


「そうだね。そっちの方が理が通る。裁判官か裁判員、死刑を求刑した者がその手を汚すのなら納得できる」


「なら国民の代表として、総理大臣か国会議員にやってもらうといいかもな。国民に必要な制度なら国民の代表にやってもらうのがいい。もっとも死刑執行人をやった直後に、人殺しと石を投げられるようになって、再選は無理かもな」


「社会に必要とされる仕事ほど、薄給で社会からの扱いは酷いからね。でも、総理大臣にやってもらうのはいいね。くふふ、国民の選んだ国民の代表が、国民に必要な業務を率先して行う、か。それはいい。是非とも総理大臣に手ずから死刑囚の首に縄をかけてもらいたいね」


 僕先輩の顔にニヤニヤ笑いが戻る。


「しかし、百年と変わらなかったものは、やはり変わりはしないのかな?」


「そこは先輩、誰もが幸せに生きるコツを掴んでいるってことなんじゃないか?」


「幸せに生きるコツ? 後輩君は知っているのかい?」


「簡単なことだろ。死ぬまでずっと騙されたまま、気がつかないことだ」


 死刑制度に問題があると知らなければいい。誰が死刑執行しているか知らなければいい。死刑の執行に際し、人をその手にかけたことに、そこで気を病み、狂ってしまう人がいると知らなければいい。自殺するほどに悩んでいると知らなければいい。首吊りの縄を思い出して、自転車のハンドルが握れなくなった人がいると知らなければいい。

 何も問題は無いのだと、騙されていればそれでいい。誰もが騙されていれば、問題は無い。

 

「誰もが騙されていれば、問題があると気がつかない。自分の知らない誰かが、知らないうちにやってくれたらそれでいい。だから死刑は人に見られないようにコソコソとやっているんだろ? あぁ、その問題を隠す為に死刑在廃論が盛り上がるのかもな。本当に解決しなきゃいけないことから目を逸らして、覆い隠した外見の見映えだけを気にして、どっちにしようかと主張して、言い合う方が人は楽しいわけだ。どちらももっともらしいから、そのうち本当に解決しなきゃいけないことが見えなくなる。そして人は、死ぬまで騙されたもん勝ち、なんだろうよ」


 そうで無ければ、こんなイカれた世の中にはなってはいないだろう。

 俺の言葉を聞いた僕先輩が薄く笑う。だけど、その目は少し悲しそうに俺を見る。


「後輩君。君の言うことは気にくわないが一理あるのだろう。死ぬまで騙されていれば幸せ。ある意味、真理だろうさ。だけどね、後輩君」


 僕先輩の目は、同情するように、同類を見るように、同病哀れむように、同罪だと言うように。


「だけど、それを口にする人は、自分で自分を騙せない人だよ。後輩君は自分を騙すことはできない。後輩君の言う幸せに、後輩君は一生なれないことだろう」


「この先一生の不幸が約束されてしまった」


 実際にそうなのだろう。幸せにしてる奴らを見ると阿呆だと思う。そして俺は阿呆が嫌いだ。つまり幸せにしてる奴らが嫌いだ。

 自分達のしていることに気がつかないまま、ヘラヘラ笑っている奴らが気にくわない。視界に入ると気分が悪い。幸せというものが気にくわない。

 だったら俺は一生不幸でいい。


 どうせこの世界は巨大な刑場で、俺たちは死ぬまで釈放されない終身刑囚だ。死ぬまで苦しみ続けて、どうか死刑にしてくださいとお願いするだけだ。生きていくのは拷問だ。人生とは牢獄だ。

 気がつかなければ幸せになれたことだろうよ。罪外の罪、というものに。


「先輩、そろそろ下校時間だ」


「そうか、ではそろそろ帰ろうか」


「先輩、死刑執行人の話で何かおもしろいのはないか? 世界の死刑執行人の自伝とか」


「集めた資料の中にあるよ。コピーして持って来よう」


 今日の息抜きが終わる。

 俺と僕先輩の論理学部。

 僕先輩が話したい事を話し。

 俺がそれを聞いて楽しむ。

 ときには俺がネタを出すこともあるが、だいたいは僕先輩のお喋りを楽しむところだ。

 少し甘い紅茶を飲みながら。


 この世界が巨大な刑場であるのなら、この廃校舎の俺と僕先輩の論理学部は。

 俺にとっては気休めになる、刑務所の面会室のようなものになるのだろうか?

 まったく、僕先輩に捕まらなければ俺はとっくに死んでいるのに。もうこの世に生きるのにも飽きているから、自殺してたとこなんだがな。


「後輩君、フランスの死刑執行人でありながら、死刑に反対し続けた男が主役のマンガもあるのだよ。絵が綺麗でストーリーもなかなかいい」


「それはおもしろそうだ」


 カバンを持って校舎を出る。本日の学校生活はここまで。今日の部活動は終わり。夕日に染まる校舎の外に出る。

 おかしなことだ。俺はとっくに自殺して死んでる予定なのに、まだ生きてて僕先輩と話をしてる。まだ先輩のお喋りを聞きたいと思っている。

 もう少し、話を聞いてみたいと、もう少しこの生活を続けてみようかと、もう少し生きていてもいいかもと、考えてしまっている。


 死刑になるというのは、羨ましくもある。

 だが、死刑執行人の苦労を聞くと、彼らに手間をかけさせて悩ませ苦しませるのは、申し訳なく思える。


 それにしても、人をその手で殺す覚悟も無いくせに、死刑になればいいと言う奴が多過ぎるんじゃないか? 希望者に死刑執行人をやらせた方がまだマシかもな。ところがなぜかそれは許されない。

 今もまだ、人を殺したくないという人に人を殺させている。

 やはり、この世界は正常に狂っている。


「どうしたんだい? 後輩君?」


「いや、べつに」


 僕先輩は、俺が初めて見たマトモな人だ。たぶんマトモ過ぎて、この先、イカれた世界で生きていくのは辛いことだろう。


「ん?」


 校舎の外に出ると僕先輩は表情を消す。前髪で片方の目を隠した顔は、論理学部の部室を出ると無表情になる。

 あのニヤニヤ笑いが見れるのは廃校舎の空き教室の中だけで。

 あの猫のような悪魔のよう死神のような笑顔を見ると、ホッとする俺がいる。


「先輩、ちょっと思ったんだが」


「なんだい? 後輩君?」


「例え死刑制度が無くなっても、死刑も私刑もこの世から無くならないんじゃないか?」


「……それもまた、真理だろうさ」



『死刑執行をお願いします』


 こんな手紙が来たらどうする?


 そんな手紙がやってこないから、刑務官のパラドクスは百年以上もそのままだ。

 社会正義の為にその手を汚してきた者を尊敬する。

 それは逆に、彼らにそれを押しつけて幸せに生きてる輩を侮蔑することと同じ。

 そして俺も下衆と侮蔑されるべき、その中のひとりだ。



 ――終――


 BGM『つじつま合わせに生まれた僕等』amazarashi



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『あなたに死刑執行をしてもらいます』僕先輩の論理学部 八重垣ケイシ @NOMAR

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