☆Encore☆
俺の名前は『瀬良 柳』
“セラ リュウ”って読む。
よく「変わった字だね」って言われる。
俺は市内の普通レベルの公立高校に通う高校2年。
身長174cm。体重は61kg。痩せすぎず、太りすぎずってとこかな…
血液型はAB型。天才肌とか言われるけど別に何の特技もないし、成績も普通だ。
最近…軽音楽部に入った。
小学生の頃サッカークラブに通ってたことがあるけど学校の部活に入るのは人生初だ。
実は本屋のアルバイトも始めた。
今度はお母さんとよく話し合った。
軽音楽部でドラムをすることになって、そのためのアイテムも自分で買いたいと思ったし…
お母さんにそう言ったらすごく嬉しそうな顔で笑って「一生懸命頑張っといで」って言ってもらえた。
とはいえ、ほんと普通の人間だ。
いや…普通の人間だとしたら無気力すぎるかもしれない。
だけど…最近は前より少し人と話すようになった。
っというよりはよく話しかけてもらえるようになった。
いつものように廊下を歩いていると
「セーラ!青春スピーチ最高だったぜ」
「瀬良くん!ドラム、すごいかっこよかった!応援してるから!が、がんばってね!」
なんて声をかけてもらえることが増えた。
バレちまった…さよなら俺の平和な高校生活…
っていうショックは大きいがちょっと嬉しくもある。
顔に出てしまっていたのか佐々木に「柳、嬉しそうだな。」って笑われてしまう始末だ。
でも、まぁ、そう言って笑ってくれる佐々木の存在も嬉しかったりする。
あれから…
俺たちが屋上で鶴じぃとひと揉めして屋上でライブをしたあの日。
あの日のことを野次馬どもが屋上軽音部の“青春事件”と名付けた。
あの青春事件のあとすぐに俺たち3人は教頭先生と近隣住民への謝罪方法について話し合った。
仕事のできる教頭先生はすでに謝罪文を作成してくれていた。
とはいえ、文章は吹奏楽部のときと同じものをアレンジしただけらしいが
それでもすぐに準備してもらえたことはとてもありがたい。
翌日の放課後からその手紙を持って、鶴じぃと一緒に挨拶回りを始めた。
挨拶回りといってもポストに投函するだけだったから俺、ケン、ムネヨシ、鶴じぃの4人だと一日で終わらせることができた。
ケンは意外と足が速いし、ムネヨシは要領よく淡々とこなすし、俺も負けてられないと必死に投函した。
鶴じぃは体力の有り余る俺たちのペースについてくるので精一杯でヘトヘトになってたけど、
まぁ…ちょっとだけ清々した。
俺、実は性格曲がってたんだなって思った。
ポストへ投函をしている途中、何人かの住人に会った。
会ったときはもちろん直接挨拶をした。
「頑張ってね」と声をかけてくれる人もいたが、
「あの騒音はお前らだったのか。音楽室でやるならいいけど、窓はしっかり閉めてやってくれよ」と言われたり、何も言わずに嫌な顔をされたりもした。
言われた瞬間はすごく嫌な気持ちになったけど、校長先生の言葉を思い出して少し反省した。
俺たちの行動ひとつで軽音のイメージを悪くする可能性だってあるんだなって直に実感した。
俺たちのせいで軽音楽のイメージ全体を悪くしたくはない。
とくにドラムは音が大きくてボリュームの操作もできないから、これからは気を付けようと思った。
その翌日の放課後から与えてもらった第2音楽室の掃除を始めた。
それはさすがに鶴じぃも手伝ってはくれなかったから3人でやった。
教頭先生は教室のカギと一緒に雑巾とマスクもくれた。
それを受け取って俺たちは浮足立つ足を速足に変えて第2音楽室へ向かった。
扉を開けた瞬間に目に飛び込んできた想像以上の物置具合とかなりの埃っぽさが俺たちのやる気を削ってきたけど。
でもまぁ、創部の許可だけでなく、活動場所まで与えてもらっておいて文句を言ってられない俺たちは気合を入れて掃除を始めた。
教頭先生が一緒にくれたマスクの意味を理解して俺たちは与えられたマスクを装着し、埃まみれの教室に足を踏み入れた。
まずは窓を全開にして、それから物を運び出した。
物を運び出すのがこれまた大変で小さな備品や楽器はそうでもないのにサイズの大きな楽器が行く手を阻んできた。
教室の奥に鎮座していたオルガンが意外と重くて俺とムネヨシふたりで少し持ち上げるのがやっとだった。
最後はケンも手伝って運ぶことにしたけど教室の入り口が狭くてケンが外に出られないってなって急に離そうとするもんだから俺とムネヨシは離すなって必死に大声をあげ、ケンは「無理だってー!」と大声で叫んだ。
3人で大騒ぎしながらケンが一瞬、オルガンと教室の扉に挟まったけどなんとか外に運び出した。
運び出してオルガンを廊下に置いた瞬間、3人で爆笑した。
そのあとは3人で、っていうか主にケンが大声で叫びながら壁や床を掃除した。
掃除中も窓の外から「屋上軽音部がんばれよー!」っていう部活中の外周をする生徒の声援が聞こえた。
俺とムネヨシは少しひっこむが、ケンはやはり窓に身を乗り出して「ありがとーう!」と叫んだ。
音楽室の掃除は2日かかった。
2日目の放課後には吹奏楽部の顧問と同じく吹奏楽部の男子生徒数名が部活の合間に運び出した備品のさらなる運び出しを手伝ってくれた。
最後のひとつの運び出しが終わったあと「応援してるからな」「青春事件めっちゃかっこよかったっす!」「これから楽しみにしてます」ってそれぞれ言ってくれた。
やっぱり、すごく嬉しかった。
そしてさらに翌日の放課後。
俺たちはついに…
屋上の片付けを終わらせた。
「終わったぁぁぁー…」
「今週長かったぁ…」
「そして濃かった…」
俺たちは誰からともなく何にもなくなった真っ新な屋上に寝っ転がった。
あの日と同じ、ひんやりと気持ちいいコンクリートの地面に背を預けると真っ青な青空が広がっているのが目に入った。
「始まったね。」
ケンが静かにつぶやく。
「始まったな。」
ムネヨシがそれに答える。
「うん。始まった。」
俺もふたりに答える。
二人と出会ったのはほんの2週間ほど前のこと。
いつも通り無気力に屋上で寝そべっていたら聞こえてきたヘタクソなギター。
勢いに任せて飛び込んだ屋上。
言われるがまま流された先で出会ったドラム。
ヘタクソなギター。優しいベース。惹かれる歌声。
『ビビッ!!』と来た感覚。
それを知って
ただ、ただ、生きている。ただ、ただ、日々を過ごしている。
時間が過ぎるのを待つだけだったあの日々があっという間に変わった。
心の底から湧き上がるあらゆる感情。
自分で決めて一生懸命になるって
こんなに気持ちいいんだな。
俺は笑って空に手を伸ばす。
お父さん、みてくれてる?
太陽に手のひらを向けた時、空を見上げたままケンが問いかけてきた。
「ねぇねぇ、バンド名なににする?」
「バンド名?俺たちの?」
「うん!俺、バンド組むことしか考えてなかったからさ、名前まで考えてなかったよ。」
「あー…そうだな。俺も考えてなかったわ。」
「うーん、何がいいかな?やっぱカッコいいのがいいよね!」
「当然だな。あとは、俺たちっぽいやつ。」
「ババーって!勢いある感じの一言がいいよね?」
「1単語のことか?うん。悪くないな。英語だとカッコいいな。」
「俺はカタカナも好きだなー!英語だと読みにくかったりするし。」
「あー…それはちょっとわかるかも。」
「何がいいかな?俺とムネニクとセーラだからぁ…あ!こんなのは?」
「ムネヨシ、な。いいかげんこのやりとりも飽きてきたわ。」
「えーじゃあムネニクでいいよ。」
「よくないわ。この流れであんま聞きたくないけど、どんな名前だ?」
「えー!えーっとね、俺たちの名前の頭文字を並べて『ケム…「却下だ。」えー!!!」
「俺もそれは嫌だ。」
「だよな。」
「えー!!」
太陽に手のひらを向けたまま二人の会話を黙って聞いていたが、ケンの史上最強に悪いネーミングセンスが俺たちのバンド名にまでなるのは嫌できちんと全力で否定した。
いつもみたいに頬を膨らませているであろうケンを感じ取り、俺とムネヨシはおかしくて笑う。
「セーラずっと黙って聞いてくれてたのに否定だけするなんてずるーい!」
「そうだな。却下に同意してくれたのは嬉しいがセーラの意見も聞きたい。お前はどんなのがいいと思う?」
「え?俺?」
今度はケンとムネヨシが団結して俺を攻めてきた。まさかの事態に二人と同じように空を見上げたままたじろぐ。
「うん!聞きたい!」
「俺も。」
「あーうーん…そうだな…俺たちっぽい1単語な。うーん…」
考え始めて最初に脳裏に浮かんだのはあのガラクタ置き場。
「ガラクタ…」
「え?ガラクタ?」
「ガラクタ?」
「え!あ!いや!悪い意味じゃなくて!俺的にはいい意味なんだ!」
役立たずで、存在している意義すらない、世界から取り残されたみたいなガラクタ。
それがなんだか不器用な俺たちと重なった。
それをどううまく伝えようか、言葉を選ぶ前にケンが勢いよく起き上がって大声を上げた。
「えー!!めっちゃいいじゃん!!『ガラクタ』!!うん!超気に入った!!」
「うん。なんかすげぇしっくりくるな。響きもカッコいいし。俺も『ガラクタ』気に入った。」
続いてムネヨシも起き上がった。大声、とまではいかずともいつもよりもはっきりした声。ムネヨシからも今までにない興奮が感じられた。
「え、ちょっと、待って!ちゃんと考えようぜ!」
俺も慌てて起き上がって二人をなだめる。
「いや!もう絶対『ガラクタ』がいい!!俺たちガラクタでーす!!ジャガジャーン!!って超カッコいいじゃん!!」
「うん。俺も『ガラクタ』がいい。2対1だ。いや、3対0だな。訂正は認めないぞ。」
「え、ちょ、まじかよ…」
どうしたもんかな。
ケンだけならなんとかできそうだけど、ムネヨシも一緒となると俺には太刀打ちできない。
この名前が良いとか悪いとかじゃなくて、俺の意見が通るのはなんだかむず痒く、単純に恥ずかしい。
なんとか考え直してもらえないものか真剣に悩んでいる俺を無視して、これまた珍しくムネヨシから質問が始まった。
「なんでガラクタなんだ?」
「うん!それ!俺も聞きたい!」
もちろん、ケンも前のめりで聞く。
二人分の純粋な圧に押し負けて恥ずかしいけど、話すことにした。
「あーうん。昔な…」
【キーンコーンカーンコーン】
あのガラクタ置き場の話を二人にしようとしたところでいつものチャイムが鳴り響く。
「あー!!もうこんな時間!!今日俺たちバイトなんだよね!」
「今週は軽音部の事情言って休ませてもらってたんだけど週末はさすがにバイトだ。」
「あ、そっか。俺はまだちょっと時間余裕あるけど。」
「本屋さんだっけ?セーラも一緒にライブハウスでバイトすればよかったのにー!」
「気持ちはありがたいけど、あんまり遅くなるバイトは避けたかったんだ。お母さんとの時間も大事にしたいしね。」
「そうか。瀬良さんにもよろしくな。また、3人ともバイト休みの日にでもアイス買いに行こう。」
「うん。行こう。」
「ガラクタの理由気になるけどまた来週教えてね!」
「そうだな。俺も気になるから頼む。」
「あ、やっぱ話さなきゃだめか。」
「あたりまえだよー!」
「お前も話したいんだろ?」
例のチャイムのおかげで話さなくて済んだ。っと思ったけど。
ムネヨシの言う通り、本当は少し二人には聞いてもらいたいなって思ってた。
例のチャイムはもう俺たちの間をぶった切ることはない。
『また今度』って約束できることが嬉しい。
俺は少し笑って答える。
「うまく話せるかわかんないけど俺もふたりに聞いてほしいから。
来週の放課後も楽しみにしてる。」
「うん!」
「おう。」
二人も笑って答えてくれた。
俺たちはそれぞれカバンを抱えて屋上の扉へと向かう。
扉を入る直前、俺たちはもう一度屋上を振り返る。
「今日で屋上ともお別れだね。
俺、屋上軽音部好きだったからやっぱちょっと残念だなー」
「野外で演奏気持ちよかったもんな」
「確かに。ちょっとだけ寂しいな。」
それぞれに思いをつぶやく。
「屋上さん!ありがとう!!」
「…」
「…」
ほんとにな、俺とケンとムネヨシを出会わせてくれて、
ありがとう。
そして、俺たちは屋上の鍵を閉め、始まりの場所を後にした。
俺は…俺たちはそれぞれが不良品で、集団になじめず
ガラクタみたいにただそこにあるだけの存在だった。
ガラクタは粗大ごみとも呼ばれるけれど
ガラクタは必要とされる人の元へ行けば、宝物に生まれ変われる。
必要とされるために歩みを止めないように必死で動いている。
必要とされるためにも一生懸命に生きるとか、この世に必要不要とかってことではなくて。
ただ…ただ、ただ、
ガラクタみたいな俺たちも今日を必死に生きている。
これから楽しみだ。自分で決めて自分の足で歩く。
まだまだ未熟な俺の、
最高のガラクタ人生。
「あ…」
「あれ?」
「あ、佐々木」
「おう!柳!お、噂の青春軽音部がそろってるってことは部活か?」
体育館下の廊下で部活中の佐々木とばったり会った。
いつもの心地いいローテンションで話しかけるといつもの心地いいハイテンションで返してくる。
「うん。今終わったとこ。」
「そっか。」
そういってくれた佐々木はとっても柔らかく笑っていた。
ムネヨシと一緒に黙って俺たちのやり取りを見守っていたケンが佐々木に声をかける。
「君は確かセーラの…」
俺は至極当然のように答える。
「うん。親友だよ。」
ほら、もう始まっている。
ガラクタ☆ROCK 燐 @st-rin
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