☆7th Song☆

「柳なんかあった?」

「え?」

「今日ずっと百面相してる。」

いつも能天気に自分の話ばかりしている佐々木にまでこういわれるほど今日の俺は表情が豊かなようだ。

昨日は本当に濃い一日だった。一気に固く閉ざしていた思い出の蓋が開いて心がくたびれるほどに満たされる一日だった。

そんなきっかけもあり、決めてきたはいいがそれを伝えるべきかまだ悩んでいる。

ムネヨシとはうまくやっていけるだろうが、ケンとうまくやっていけるだろうかと考えてしまう。

確かに俺の言い方も悪かったがそもそもあんなにマイペースで空気を読まないやつと一緒にやっていけるかどうか考えるとじわっと苛立ちがよみがえる感覚があった。もう少しこの怒りやもやもやが落ち着いてからでもいいのではないかと思う。

それに、シンプルに派手なことはしたくない。冷静になって思い返せば屋上軽音部なんて今やもっぱらこの学校の話題の中心だ。今、入れば間違いなく有名人だ。それは絶対に嫌だ。

悪名轟かせるのは“一生懸命だ”とか“自分で決める”なんて次元の話ではない。高校2年生になったばかりのこの大切な時期に問題を起こせば進路に響く。絶対にできない。

他の生徒にはばれないようにこっそりフェードインしていくのが理想だ。

確か、今日が鶴じぃとの約束の期限だとか言ってたけど入部はするから軽音部の存続は大丈夫だろ。

よし、入部はするけど行くのはちょっと先になるってことにしよう。そうすればケンと距離をおく時間もできるし、他の生徒たちが屋上軽音部の話題に飽きるのも待てる。よし、そうしよう。


今日は一日そんなことを考えて過ごしていたから冒頭のやりとりへとつながったのだ。


そして、午後の最後の授業に差し掛かった頃、この結論をどうやって伝えようかという悩みに変わっていた。

こんなことならムネヨシに連絡先を聞いておくべきだった。後悔をするが知らないものは仕方がない。他の方法を考えるしかない。一番シンプルなのは2組へ行くことだ。だがあいつらのクラスに行くのは目立つ。そもそもムネヨシとケンはいつも一緒だ。ムネヨシに話かけるには必然的にケンと顔を合わせることになる。ムネヨシと会うのも目立つだろうがケンに会うのはもっと目立つ。この案はなしだ。

伝言を頼むのはどうだろうか?いや、2組に知り合いはいない。そもそもそんな秘密の伝言を頼めるような知り合いはいない。少しだけ自分のコミュニケーション能力のなさを恨んだ。

どうしたもんかな…少なくとも今カバンに隠し持っているドラムスティックは隠し通さなければな…おそらくムネヨシが仕込んだであろうドラムスティック。あいつもあんなこと言っておきながら靴箱に仕込んでおくとか、やっぱ性格悪いよな。

靴箱…?

そうか!靴箱だ!靴箱にメモでも入れておこう!

靴箱置き場なら多少うろついてても不自然じゃないし、俺がひとりでもできる!

靴箱に置手紙とか目撃されたら変な勘違いされそうだけど手紙を仕込むのは一瞬のことだし、その一瞬周りの目がないことに気をつければ大丈夫だろ!あと10分で授業も終わる。ばれないようにメモを書くのは何か書いていても不自然じゃなく、且つ佐々木がいない授業中が一番最適だ。

よし、そうと決まれば準備だ。

現在、授業で使っているページとは反対側の新しいページにこっそりと文章をしたためる。

文章はシンプルな方がいい。


【ムネヨシへ

昨日はありがとう

軽音楽部に入部はするけど

しばらく行けそうにないので部活は休みます。

行けるようになったらまた連絡します。

俺のアドレス書いておくので連絡ください。

その方が何かと便利だと思うので

よろしく。

瀬良より】


何度か読み返しているうちになんか不自然な気もしたが授業の終了を知らせるチャイムが鳴った。

チャイムとともに口々に喋りだす教室の雑踏に合わせて俺は慌てて手紙メモをちぎった。

準備は整った。

さっとメモをポケットに忍ばせ、授業終了の起立と礼をしたあと、何事もなかったかのように帰り支度を始める。担任が終わりのホームルームのために教室に現れる頃にはクラス中が机の上にカバンを並べて談笑していた。そして、ホームルーム終了。

ほかの生徒たちと靴箱へ行く時間をずらすためにあえてゆっくりと動く。

カバンの中身を整理するふりをしてうつむいたまま頭の中でシミュレーションをする。

集中していたためすぐ隣に人が来ていることに気づいていなかった。

「うわっ!!」

珍しく静かに俺をのぞき込む存在に気づいて肩を飛び上がらせた。佐々木だ。

そんな俺を気にすることなく佐々木は言う。

「じゃあな柳。なんかあったら言えよ。」

珍しく不安げな表情の佐々木に戸惑いつつも少しほほ笑んで素直に礼を言う。

「うん。ありがとう」

少し驚いていたように見えたけどそれ以上は何も言わず俺に手を振って部活へと向かった。

佐々木には余計な心配をかけたかもしれない。

あいつにだけは軽音部のこと言わなきゃな。

そう決心してできるだけ自然にゆっくりと靴箱置き場へと向かった。


靴箱置き場はちらほらと帰る生徒の姿はあったが幸運なことに同じクラスの奴はいなかった。

時々、人は通りがかるが自分の靴箱のふりをして自然に開けて自然にメモを忍ばせれば不自然には見えないだろう。

緊張をできるだけ押し殺しながら2年2組の靴箱へと向かった。

靴箱は出席番号順であるため探しやすかった。ちょうど真ん中あたりに“鷹里”の名前を見つけた。

靴箱に掲げられる名前は名字だけであるが“鷹里”なんて名字は珍しく、少なくとも同学年にはムネヨシしかいないため迷うことなく靴箱を開けた。

靴箱にはスニーカーが入っていた。ということはまだ、校内にいるということだろう。

つまりは今日中にこのメモの内容は伝わるということだ。鶴じぃの期限には間に合いそうだ。よかった。

そっと靴箱を閉じてほっと一息ついた。

「さて、帰るか。」

ミッションを成功させた安心感から小さく独り言をこぼしてうきうきした気分で一歩踏み出した。


「おい!やばいぜ!」

「え?まじで?早く行こう!」

突然聞こえてきた声。廊下を走り抜けていく生徒たち。

みんな少し笑みを浮かべながら同じ方向へと走っていく。

なんかあるのか?

走り抜けていく生徒たちの行き先に目を向けながらそっと会話に耳を澄ませる。

「やばいぜ。屋上で鶴じぃともめてるんだって」

「校舎の下からちょっと見えるらしいぜ!」

「まじで?絶対面白いじゃん!行こう行こう!」


え…


胸騒ぎがする。心臓が早鐘を打つ。頭が真っ白になる。

さっきまでの高揚感が嘘のように心臓が一気に冷える。

屋上?鶴じぃ?もめてる?

走り抜けていった生徒たちの口から発せられたキーワードをつなげる。

ひとつの可能性が浮かぶ頃には俺は野次馬たちと同じ方向へと走り出していた。


いつもの校舎の下にはすでに人だかりができていた。みんな面白そうに屋上を見上げている。

制服姿がほとんどであったが部活中であろう専用ユニフォームやジャージの生徒も混ざっている。

俺はその人だかりに飛び込んで同じように屋上を見上げる。

なんとか屋上の様子を見ようとつま先立ちをしたり、身体をのけぞらすなどして背を伸ばすが何も見えない。


くそっ…!


苛立ちを感じ、あきらめかけたとき人だかりの中心で誰かが声をあげる。

「しっ!!みんな静かに!ちょっとだけ聞こえるぞ!」

名前も学年も知らない男子生徒の声に人だかりが静かになる。

そしてかすかに聞こえてきた声。今、俺が一番会いたくない聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「だーかーらー!本当だってば!」

「そういってお前ら以外誰も来ないじゃないか!」

よく通るケンの声。そして鶴じぃの声。明らかに何かもめている。

あの二人がもめること自体は珍しいことではないが状況が状況だ。

きっと他人事ではない内容だろう。

俺は生唾を飲み込んで、人だかりの生徒たちと同じように屋上に耳を澄ませた。

「だから!絶対来るんだってば!」

「さっきからそればっかり言いおって!お前ら以外だれも来ないじゃないか!いい加減あきらめて片づけろ!それから、約束通り明日からの活動はなしだ!」

「もー!だからもうひとりいるんだってば!三人いればバンド組めんの!バンド組めるんだから約束は守ったことになるでしょー!」

マイクがONになっているのか、かすかに聞こえていた声がどんどんと大きくなるのがわかった。

「この声、三沢だよな?」

「相手は鶴じぃか?やっぱ屋上軽音部の噂本当だったんだな。」

「しっ!もうひとり誰かの声聞こえる!」

野次馬たちが小声で口々に話を広げる。

平凡な高校生活に飽き飽きしている生徒たちは非日常的な刺激に浮足立っているのが伝わってきた。

そんな浮足立つ野次馬の中でひとり、俺はどんどんと苛立ってきているのがわかった。

「鷹里!おおかたお前もこいつに巻き込まれただけだろう?こいつを止めるの手伝え!」

「むー!!ムネニクは巻き込まれてないよ!自分で選んでここに来たんだ!勝手に決めつけるな!」

「ムネヨシ、な。鶴岡先生すいません。とてもじゃないけどボクにはこいつ止められないです。力業とかそうゆうのボク苦手なので。」

ケンと鶴じぃの声に混ざってムネヨシの声も聞こえる。

かなり真面目いい子ぶっているがあのツッコミにあの策士めいた話し方、間違いなくムネヨシだろう。

「あれ?今の鷹里の声か?やっぱあいつ巻き込まれてただけなんだな。」

「そうだよね。鷹里くんみたいな真面目な人が屋上軽音部なんてするはずないもんね。」

「やっぱり三沢くんに巻き込まれてたんだ。」

さらに野次馬の憶測合戦はヒートアップする。

何が巻き込まれただ。今の会話のどこに巻き込まれたって情報があるんだよ。なんにも知らないくせに勝手なこと言うなよ。

俺は静かに拳を握る。

「えーい!!いい加減にしろ!!教師に対して敬語は使わない。ルールは守らない。人の話は聞かない。他人は巻き込む。そのくせ自分の要求だけは通そうとする。

この期に及んで嘘か?こんな小太鼓並べやがって誰も来ないじゃないか!鷹里もお前の勝手に巻き込んだんだろ!!」

奥歯をかみしめる。拳を握りしめる。爪が手のひらに食い込むのを感じた。

でも…今、あそこへ行けば絶対にばれる。この騒ぎが落ち着いてからでもいいじゃないか。この騒ぎが落ち着いてからこっそり二人の元へ行って鶴じぃに申請しに行けばいいじゃないか。

そうだ、そうだよ。今は自分を守らなくちゃ。


自分を…


「やべーな、鶴じぃ。でも鶴じぃの気持ちもわかるわー。三沢って目立ちたがり屋で自己チューだもんな。」

「わかる。たまにマジで空気読まなくてうざいときあるしな。」

「ドラムがいるって話も嘘じゃね?」

「あー、かもな!だってあんな馬鹿に付き合う奴なんかいねぇだろ?」

「だよなー!鷹里もいつも付き合わされてかわいそうだよなー」

「まぁ鷹里も暗くて何考えてるかわかんないし、落ちこぼれ同士お似合いじゃね?」

「わかるわー!あはははは」


守るのは自分だけでいいのか?


「この嘘つきがっ!!お前みたいなクズに付き合うバカはいないんだよ!!」

「っ…嘘なんかついてない!!俺に付き合ってくれるムネヨシもセーラもバカなんかじゃないっ!!!」

「なに?」

「セーラはくるんだ!俺たちと約束したんだ!

あいつは根暗で頑固でひねくれてて自分の気持ち話さないくせに全部顔に出てるし、超短気で意地っ張りで素直じゃないけど!

セーラは約束を破ったりなんかしない!あいつのことなんも知らないくせに勝手に決めつけるな!!」

「…っ!!」


『じゃあ一緒にサッカーしようぜ!』


コータ…俺に夢中になることを教えてくれてありがとう。

俺、あのときの夢中になる幸せを知ってるから今また必死になれてる。

今度こそ絶対に離したくないんだ。



『自分で決めて何かを始めて一生懸命になることはわがままじゃないよ。』


杉本さん…素敵なライブをみせてくださってありがとうございます。

今の俺のこの気持ちもわがままじゃないですか?



『俺とお前は似てるから。お前だってできるよ。』


ムネヨシ…信じてくれてありがとう。俺、自分で決めたよ。



『これからヨロシクな、セーラ!!』

ケン…お前はさ、わがままで人の話を聞かない自分勝手なやつだけど。

自分の気持ちに正直でまっすぐなやつだよ。

それが、俺はちょっとだけうらやましい。

お前の…心底うれしそうなまっすぐで素直な笑顔をみながらつかんだ右手のことが忘れられないんだ。


あのときの音が

へたくそなギターが

淡々と鳴るベースが

必死に叩きならしたドラムが

あの歌声が

あのときの胸の高鳴りが


―――ビビッときた――


あの感覚が…

俺の身体から、脳みそから離れないんだ。



『自分で決めたことだ。一生懸命やれよ。』

お父さん…俺、お父さんみたいになれるかな?



「あーもぉぉぉぉぉ!!セーラあああ!!!」


【ギャギャガーン】


俺は走り出す。

野次馬を押しのけて無我夢中で走り出す。

向かう場所は一つ。


鶴じぃの怒鳴り声がへたくそなギターにかき消される。

ギターに合わせてなり始めるベース。

それに気づくことなく俺は必死に階段を駆け上がる。

一生懸命に自分の決めたものをつかむために走り出す。


少しずつ、ケンのギターとムネヨシのベースの音が耳に届く。

どんどんと高鳴る鼓動。頭の中でガンガンとビートが鳴り響く。

この曲にはこのリズムがいい。

ここでこの音を入れて、こう叩くのはどうだろうか。

早く。早く試したい。早く叩きたい。早く…早く…!

カバンの中のドラムスティックを握りしめた。


早く!早く!!早く!!!

早くあいつらと演奏したい!!


屋上はもう目の前だ。扉の前で戸惑う鶴じぃが見えた。

きっとふたりにうまく押し出されたのだろう。

屋上の入り口の向こうに二つの影がみえる。

そんなこと気にせず俺は屋上の入り口前の踊り場へと飛び込んだ。

「なんだ!!お前あのときの!!あぁもうこうなったら誰でもいい!!あいつら引きずり出すの手伝え!!」

鶴じぃは俺に話しかけた。藁をもすがる思いなのだろう。

でも、こんなところで止まっている暇はない。

俺ははやくふたりのところへ行きたいんだ!


「セーラ!?」

その声とともに扉をふさいでいた影が動いた。

二人が俺を招き入れようとしていることを察して、今だと思い

俺を呼び止めようとする鶴じぃを無視して俺は屋上へと飛び込んだ。

「おいぃ!」

俺はそのままドラム前の椅子へと走り込む。


ケンのヘタクソなギター

ムネヨシの心地よいベース

俺のぎこちないドラム


頭に浮かべたリズムをビートを自由に叩く。

思いのままにドラムを叩く。


そして、ケンの清々しく自由な歌声が響く。


あのときのように

三人の音と歌声が溶けてひとつになる。

それぞれが楽しんでひとつの音楽に集まる。


ケンが笑う。

ムネヨシも笑う。

俺も…笑う。


あぁ…やばい…やっぱスゲェ楽しい。


【ジャーン】

【ベーン】

【シャァン】


三人が最後の一音を奏で切る。


しばしの沈黙。

俺は笑顔のまま、笑顔のままのケンとしっかりと目を合わせる。


「ヘタクソ!」

「お前こそヘタクソ!」

ケンはニッと笑う。

「でも、最高だった!」

俺もニッと笑う。

「お前も、最高だった!」

ムネヨシがケンの肩を組んで俺とケンをみて少し笑って言う。

「安心しろ。二人とも俺が叩き直してもっと最高にしてやる。」


【おおおおー!!!!】


突然の歓声に俺たちはそろって飛び上がる。


「やべー!!!超やばかった!!!」

「おう!まじやべー!!俺、生でバンド聞くの初めてだったけどめっちゃ興奮した!」

「え、待って!今の声って三沢くんだよね?」

「え!?あの三沢くん?めっちゃ歌うまかったんだけど!」

「ってかドラムも粗削りだけどうまかったよな!?え、これから超楽しみなんだけど!」

「わかるわー!最近創部したってことは始まったばっかってことだろ?どうなってくかマジで楽しみ!」

野次馬たちの歓声や感想は屋上にいる俺たちの元へも届いた。

その反応を受けて俺たちは顔を見合わせて最高に笑った。


やばい…超興奮してる。超満たされてる。

選んでよかった。こいつらに会えてよかった。


そんな幸せをかみしめるのもつかの間。

一瞬で忘れ去っていた現実の声がした。


「おーまーえーらぁぁぁ!!」

聞いたことがないほど怒りがこもった鶴じぃの声。


「あ…」

「やばい…」

「あぁ…やばいな」

俺はついにやってしまった…!

でも…

でも…!


「あの!!」

俺は勢いに任せて立ち上がり大声をあげる。

鶴じぃだけでなく、ケンとムネヨシも突然大声をあげた俺に驚いて振り返る。

俺は三人に一気に見られた圧に少しだけひるんだが鶴じぃの無言のプレッシャーにも踏ん張って耐え声を発した。

「あ…あの…俺、自分で何かを決めることができなかったんです。」

「セーラ?」

「…」

「今まで何かに夢中になったこととかなくて、あ…いや…1回だけ夢中になったことがあったけど

続ける勇気がなくて自分で決めたことの責任をとるのも怖くて人のせいにしちゃって…

それから夢中になることが怖くて

ただ…ただ時間が過ぎるのを待つだけの毎日でした。」

「…」

「…」

「自分で決めたことを始めることはわがままと思われるかもしれないけど、それはわがままではなくて…

っていうか、ただのわがままではなくならせることもできるって教えてもらって。」

「…」

「…」

「んん?お前は何を言いたいんだ?」

「え…あ、あの!つまりは!

俺!自分で決めたことで一生懸命になりたいんです!」

「セーラ…」

「お前…」

「俺!こいつらと一緒に軽音部がやりたいんです!

これはケンのためでもない!ムネヨシのためでもない!

俺が、俺自身が自分で決めたことなんです!

だから俺からも!お願いします!!」

俺は思いっきり頭をさげる。

こんなにも熱くなったのは人生で初めてだ。

心臓が爆発しそうなくらいバクバクなっている。頭がくらくらする。

でも、なんだかとっても清々しい。

「セーラ…

先生!俺からもお願いします!!」

「…

ボクからもお願いします。」

「ケン…ムネヨシ…」

俺に続いて二人も思いっきり頭を下げる。

俺は頭を下げたまま二人をみる。

心強い…

俺は一層深く頭を下げる。


「言いたいことはそれだけか!?」

清々しい気持ちが訪れたのは一瞬だった。

頭上から聞いたことのないほどの怒りを感じる鶴じぃの声が聞こえた。

緊迫した空気。サッと血の気がひくのを感じた。

でも後悔はしていない。


さよなら。平和な俺の高校生活。退学にだけはなりませんように…!


「鶴岡先生。怒鳴るのはそこまでにしましょう。」

覚悟を決めてギュッと目をつむった瞬間、緊迫した屋上に突然、凛とした声が響いた。

「校長!?」

その声を聞くなり鶴じぃの裏返った声が聞こえた。

俺たちは慌てて頭を上げた。

「え…」

「校長先生だぁー!」

「校長先生こんにちは。」

「はい、こんにちは。」

それぞれに反応する俺たちに校長先生はにっこりとほほ笑んで答えてくれた。

「鶴岡先生、これはどういう騒ぎですか?」

「あ、これはですね!三沢が軽音部の活動を止めないから止めていたところでして…」

いつもの勢いはどこへやら、鶴じぃのこんな姿は初めてみた。

この人も委縮することあるんだな。

「軽音楽部の事情については教頭先生から聞いてます。鶴岡先生が教頭先生にも相談することもなく生徒と勝手に約束したとか。ね?教頭先生。」

「そうですね。私は事後報告で生徒との約束を受けました。」

校長の後ろからひょっこりと教頭先生も姿を現した。

「それはどういうことですか?」

「それは…その…指導の一環としてといいますか…」

「鶴岡先生。教育に熱心なのはいいことですが、軽音楽がどういったものかわからないままひとりで決めてしまうのはいかがなものかと思いますよ。現に、教頭先生から屋上で演奏なんかするもんだから近隣の方から苦情がきたと聞いていますよ。」

「そうですね。軽音楽部の騒音に関して数件の苦情を受けています。吹奏楽部の部活動に関しても事前にお知らせをしているから受け入れてくださっているので軽音楽部の部活動に関しても事前にお知らせが必要だったと思います。」

「え…あの…その…」

「軽音楽は機材を使ったりボリュームの大きな楽器を思いっきり演奏するものなので中にはそれを不快に感じる方もいらっしゃいます。生徒のためにも軽音楽のイメージのためにも近隣住民の方のご理解とご協力を求める必要があると思いますよ。それもわからない、わかろうとしない人が軽音楽をどうこう言うのはいただけないですね。実に不愉快です。

鶴岡先生。今一度、ご自身のなさった行動を振り返って反省してください。」

「はい。申し訳ございませんでした。」

鶴じぃは小さくなって校長に深々と頭を下げた。

俺たち三人は茫然とその様子を見守っていた。

「さて、確か…三沢くん、鷹里くん。それから…瀬良くんだったね。」

「そうだよー!」

「はい。そうです。」

「え!?あ!はい!」

ケンとムネヨシは直談判に行っているので名前を知っていても不思議ではなかったが今まで必死で隠していた俺のことを知っていることに驚いた。

その答えにたどり着く前に校長先生は話をつづけた。

「君たちの行動力は実に素晴らしい。

だけど、誰かに迷惑をかけてしまうのは違う。

君たちも音楽をする以上、まずはマナーについて知っていく必要がある。

音楽は人を幸せにするものだ。少なくとも嫌われないように行動しなければいけない。」

「はーい」

「以後気を付けます。」

「すいませんでした。」

「うん。素直でよろしい。

よって、これから教頭先生と相談して一緒に近隣住民の方への謝罪をしなさい。」

「はーい」

「もちろんです。」

「わかりました。」

「それから、今後の軽音楽部の活動についてですが…」

三人は同時に息をのんだ。

ほんの一瞬がスローモーションに感じた。

ぐっと校長の言葉に耳を傾ける。

「正規の方法ではなかったにしても約束は約束です。

見事、1週間以内に素晴らしいバンドを組めたのでまずはサークルとしての活動を認めましょう。」

「ぃやったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

「え!?」

「うおぉっ!!」

ケンが勢いよく俺たちに飛びついた。俺たちは仲良くバランスを崩してその場にしりもちをついた。

「やった!!やったよぉぉ!!セーラぁぁあ!ムネヨシぃぃぃ!!ありがとーう!!」

「よっし!」

「え…まじで…」

俺たちはその場にしりもちをついたままそれぞれに喜びと驚きをかみしめた。

まさか…叶えたかった願いではあったけど…本当に叶っちまった…

やばい…嬉しい…

こんなに嬉しいの初めてだ…すごい…なんていうか…“生きてるー!”って感じる…

世の中に、俺の中に、こんな感情があったなんて…

俺は騒がしいケンとそれを少し楽しそうにあしらうムネヨシの隣で茫然とかみしめた。


「ただし条件があります!」

そんな俺たちを制するように校長の凛とした声が響く。

「条件?」

「なんですか?」

「…」

俺たちは再び息をのむ。

三人の意識が自分に集中したのを確認して校長は続けた。

「近隣住民の方へ謝罪と合わせて理解をしていただくための挨拶周りをしてきなさい。

鶴岡先生と一緒に。いいですね?鶴岡先生?」

「え!?教頭が行くんじゃないんですか?私ですか?」

「教頭先生とは謝罪方法を相談してもらうだけです。一緒に行くのは鶴岡先生ですよ?

いやですか?」

「あ、いえ!行ってきます!」

「うん。お願いしますよ。」

「は…はい」

どんどんと鶴じぃの声は小さくなって、最後はほとんど聞こえなくなった。

やれやれ、これで事件も収束かとほっと一息つこうとしたとき校長が再度俺たちの方へ向いて告げる。

「あ、でも屋上での活動はさすがに許可ができません。屋外での演奏はかなりうるさいですからね。」

「あ…」

「やっぱだめか。」

「えぇぇぇぇ!!屋上気に入ってたのにぃぃ!!」

安心したのもつかの間、次なる課題がすぐ目の前に現れた。

どうしたもんかな。

三人で話し合おうと顔を見合わせた瞬間、校長はにっこりと笑って続ける。

「安心してください。

今、第2音楽室が物置になっているのでそこを譲ってもらうように交渉済みです。

今度からはそこで活動しなさい。

もちろん。屋上の片づけと第2音楽室の片づけは自分たちですること。いいですね?」

「やったぁぁぁ!!校長先生ありがとう!!好きー!!!」

「ありがとうございます!」

「え、ありがとうございます!」

「いいえ。これくらいお安い御用ですよ。」

そういって校長と教頭は屋上を後にする。

ケンは飛び跳ね、ムネヨシは小さくガッツポーズをし、俺はやっぱり茫然とした。

「あぁ…そうそう!

僕、杉本くんの軽音部時代の先輩なんだ。

昔ライブハウスを持つことが夢だったんだ。それが君たちのおかげで今叶ったよ。これから楽しみにしてるよ。」

「へ?」

「え?」

「まじ?」

校長先生が屋上の扉からひょっこり顔を出して一言。

俺たちは三人とも情報の処理が追い付かずさすがのケンも黙り込んだ。


【うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!】


「!?」


俺たちが情報の処理を始めるよりも先に校舎の下から歓声が聞こえた。


「いえーい!屋上軽音部最高だぜー!」

「鶴じぃ打ち負かすとか気持ちいいー!」

「おめでとー!ライブ楽しみにしてるからな!」

「セーラ!誰か知らねぇけどお前の青春スピーチ最高だったぜー!」

「まじそれなー!応援してるからなー!」


先ほどの何倍もある大歓声。

それぞれの声援が俺たちの元へ届く。

それに答えるようにケンは校舎の下が見えるフェンス沿いへと走る。

その後ろをゆっくりとムネヨシが追いかける。

「あーりーがーとー!!」

ケンは一番の大声で大きく手を振る。

フェンス沿いに着いたムネヨシは静かにケンの横に立って校舎の下を見下ろした。

「はぁ…終わった…」


いや…始まった。


心の中でそうつぶやきながら俺はそのまま屋上のコンクリートの床に身体を投げた。

ひんやりしたコンクリートが気持ちいい。

見上げた空は真っ青で気持ちいいほどにまぶしくて

今までの人生で一番、全力で笑った。




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